第2話 舞い込んだ縁談


 ヴィル様は独り身。


 嫁はおろか、婚約者もいない。誰もが褒め称える戦略家であり、歴代に名を連ねる程の剣豪。見目は美しく所作も無駄な動きは一切なく、清流の如しと言われている。

 そんな人なのに、女性の影は一切ない。その理由は、ヴィル様は特別な人だから。


 特別と言われているのは、ヴィル様は老う事がなく、ずっと生き続けているからだった。言うなれば、不老不死と言うやつ。

 そんな人の元へ嫁ぎたいとは誰も思わないらしく、だからかヴィル様はずっと一人なの。


 そんな事は関係なく、私はヴィル様の嫁にしてもらいたいと思っているのだけれど、これも既に呆気なく断られている。いや、断られていると言うより、気にもしていないのか無視をされているに過ぎない。


 でも、不老不死とかじゃなくても、ヴィル様が特定の人を作らないのは理由がある。それはずっとヴィル様の心を占領している人がいるから。

 叶うことのない想いを、ヴィル様はずっと大切に胸にとどめていらっしゃる。いや、呪いのように雁字搦めにされている、と言った方が正しいかな。早く忘れちゃえばいいのに、と、私はいつも歯痒い思いでいる。



「サラサちゃん、どうしたの? 顔色が悪いわ」


「ヘレンさん、大丈夫! 私、元気だから!」


「そうかしら? 何だか疲れてそうよ? 少し休んだ方が良いんじゃない?」


「んー、じゃあ少しだけ休ませて貰うねー!」



 ヤバいヤバい。ヘレンは目敏い人だった。


 最近少し体調は思わしくないけれど、どうってことはない。それよりもヴィル様がお元気でいらっしゃる事の方が大切なんだ。


 ヴィル様が結婚しなくても、そして世継ぎを残さなくても、ずっと生きていらっしゃるからこの地は平和だ。脅威の存在と名高いヴィル様がここで守りを固めているから、隣国は迂闊に手が出せない。

 だからヴィル様がずっと元気でここにいる方が良い。ヴィル様がどう思っているのかは分からないけれど。


 今日は朝からヴィル様はお出掛けになる。一年に一度、国境沿いまで赴かれる。そこには誰も連れて行こうとなさらない。必ず一人で行かれるそうなの。


 勿論、近くまでは護衛の者や従者も行くんだけど、ある場所まで行くとそこから先は誰にも近寄らせない。真っ赤な薔薇の花束を持って、ヴィル様は一人そこで佇んでいるらしい。


 その日はヴィル様の心を占めている人の亡くなった日。命日ってやつ。その昔、そこで隣国と戦闘があって、その時に命を散らしたその人に、毎年真っ赤な薔薇を捧げているんだそうだ。


 もう何十年も前の事なのに、今もヴィル様はその時の想いに囚われている。そんなの忘れて、パーっと遊んじゃえば良いのに。いっぱい恋をして、子供もいっぱい作って、幸せに過ごせば良かったのに。


 でも、それに囚われているからヴィル様は、いつも誰も寄せ付けないような雰囲気を醸し出している。拗らせてるよねー?


 本当、不器用。真面目。でもそんなところも好き! 全部好き! 本当に大好き! あー、妾でも遊びでも何でも良いから、女として見てくれないかなぁー。そんなことばっかり考えちゃう。


 そんなある日、突如ヴィル様に縁談の話が持ち上がった。


 ビックリした。こんな辺鄙へんぴなところに嫁にやって来ようとする人がいるなんて思わなかった。

 どこかのお嬢様なんだって。貴族令嬢だってさ。ヴィル様が王様だかに呼び出されて王都にある王城に行った時に、見目麗しいヴィル様を見て一瞬で恋に落ちたんだって。うん、分かるよ、その気持ち。すっごく分かる!


 今までにない話に、邸中の使用人達は浮き足立った。そして情報収集に力を注いだ。こうなった時の団結力は半端なく、勿論私もそれに尽力したよ。


 お相手は伯爵家のご令嬢。次女らしいから、何処に嫁いでも良かったんだって。とは言え、貴族社会は政略結婚が主流。政治的に問題があったところに嫁には出せないみたいだけれど、その点ヴィル様には何も問題はなかったみたい。


 そのご令嬢がこんな辺鄙な片田舎で過ごすのが平気ならば、こちら側には何の問題もない。勿論私も、結婚をしてヴィル様が幸せになれるのならそれで良いと思っていた。

 好きだし、大好きだし、嫁にもなりたいと本気で思っていたけれど、それはやっぱり無理な話で。その伯爵令嬢が良い人でヴィル様も好感を持てるのなら、それで良いんじゃないかと思った。


 悲しいけど。すっごく悲しいけど!


 でも、ヴィル様の幸せを見届けられるのなら、もうそれで良いかなって思っちゃう。本当に幸せになって欲しい人だから。


 そんな感じで邸中が沸き立った10日後、伯爵令嬢はこの辺境の地までやって来た。



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