第2話 恋のアシスト

 そりゃあまったく期待していないかと言えば嘘になる。

 千に一つ、いや万に一つ、ひょっとすると偶然に偶然が重なってたまたま僕宛ての手紙が間違って開かずの下駄箱に、以前の僕の下駄箱だと思い込んでいる誰かが一縷の望みを託して入れたのかもしれないと思えばこそ、見て見ぬ振りをするわけにはいかなかったのだ。

 はは、どんな物好きだよと自嘲しながら厳重警戒で手紙を鞄にしまう。

 多くの生徒は電車やバス通学で時刻表に合わせて下校するのだが、たまたま家から通える距離にある高校だったため、時間に縛られることなく下校することが出来た。



 はは、そんな物好きは存在しなかったのだ。


 書かれている宛名は思いっきり別人だった。

 ちゃんと確認したらすぐわかったはずなのに気付かないなんて、よもやよもやだが浮かれていたのではなかろうか。

 否、そんな男子中学生でもあるまいし……などと言いつつどんどんテンションが下がっていく自分がいる。

 下校中の自分をぶん殴ってやりたい気分だ。

 何を呑気に鼻歌なんて歌いやがって。


 しかも残念なことに、その事実に気付いたのは封を開けた後の出来事だった。


 書いてある内容がどうにも自分には似つかわしくないと不審に思い、改めて宛名を見たら自分じゃない。

 他人宛てのラブレターを覗いてしまったという罪悪感と、それを自分に宛てたものだと勘違いして思い舞い上がってしまったという羞恥心が混ざり合って、一言で言えば死にたくなる。


 ああ、これ以上はもう駄目だ、差出人は誰かなんて見てはいけないぞと自制するのだが、残念なことにブレーキはすでに壊れている、うん壊れたことにしておこう。

 薄目でちらりと差出人の名前を確認する。

 他のクラスともほとんど関わりがなく、ましてや女子なんてクラスメイトでも普段は接点がないのにわかるわけがないだろうという、よくわからない自信があった。

 だが偶然は重なり、差出人の名前には覚えがあったのだ。

 さらに言えば受取人にも。



 僕は昔から書道教室に通っていた。

 多くは中学生になると塾に通ったり部活で忙しくなり辞めていくのだが、何となくで三年間通い続けた。

 流石に高校生になってからは勉強が忙しくて辞めてしまったのだが。


 そして僕の他に同級生が二人、どちらも女子だが同じ教室に通っていたのだ。

 ただ同級生というだけで、仲が良いどころかほぼ話すことすらなかった間柄だ。

 差出人はそのうちの一人。

 よく名前を覚えているなって?

 偶然は度重なるもので、僕含め三人とも同じ高校に入学していたからだ。


 そして受取人は他のクラスの男子。

 僕との関係性は友達の友達、といったところか。

 何度か遊んだことあるが、彼と連絡先を交換したり二人で遊んだりしたことはない、という仲。

 どんなやつかと一言で言い表せば、勉強もできてスポーツもできる文武両道のイケメンである。

 そして、こういういかにもモテそうな奴に限って案外彼女はいない。



 どういう縁だか知らないけれど、二人ともを知っている僕が手紙を見てしまったのだから、罪滅ぼしではないが恋のアシストくらいはしてやれないだろうかと考えた。

 改めて手紙を読み直すと、書道教室に通っていたとは思えないほど字がガタガタだと気付く。

 緊張していたという釈明は百歩譲っても、鉛筆で書いてあるのだから消して書き直せよと思ってしまう。

 さらに好きな音楽や食べ物の趣味も微妙にズレている。

 それなりに彼の好みはわかるので、書かれている中でも好きなアーティストとして推すべき存在は誰か、デートで行くならどのお店が良いかなどを的確に示すことが出来る……と思う。


 気がつけば僕は便箋の文字を丁寧に消し、同じ内容で新たに清書し直していた。

 少しだけ、彼好みの内容に修正した箇所はあるのだが基本的には彼女が描いた本文そのままで、一文字一文字丁寧に書き直した。

 一年のブランクがあるとは言え、それなりに綺麗な文字が書けたと自画自賛してしまいたくなるような出来栄えだった。

 書道教室と言っても筆だけでなく鉛筆を使ったいわゆるペン習字も行っていたし、個人的にはそちらの方が得意だったりした。

 

 よくよく考えれば他人のラブレターを勝手に書き直すという冒涜的な行為だったのだが、その時の僕は謎の達成感と高揚感ですっかり罪の意識など飛んでいた。



 さて、調べたところ彼の下駄箱は一つ隣の区画の同じ位置だったらしく、おそらく焦った彼女の入れ間違いだろうと推測される。

 正しい位置に入れ直し、恋が成就すれば良し。

 そんな軽い気持ちでいたのだが。


 数日後、二人は付き合い始めたという話を聞いた。

 それはおめでたい事だと、素知らぬ顔で祝福した。



 ある日、開かずの下駄箱には再び一通の手紙が入っていた。

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