彼女の手紙を書き直したら

いずも

第1話 開かずの下駄箱

 ある日、下駄箱に手紙が入っていた。


 普通の男子高校生なら心臓が飛び出るほど嬉しいだろう。

 人生の一大イベントキタコレと挙動不審になりながら家路につき、胸踊らせつつも冷静を装い、そっとラブレターと信じて疑わないそれを開けるだろう。


 先に言っておくと、もちろんそれはラブレターだった。

 古典的な、と思うかもしれないが、そういう古典的なものほど効果があるのだ。


 ただ、それは世間一般的な話だ。

 その手紙は、僕宛て

 そもそもここは、僕の下駄箱



 地元でも成績の良い優等生が進学する公立高校には少しだけ成績が足りず、それでも何とか良い大学に入れたいと思う親に勧められるがまま、地元でも進学校と名高い某私立高校に入学することになった。

 親の言いなりというのは別に構わなかったのだが、公立高校とは色々と勝手が違うということが公立高校に進学した友人たちとの会話で明らかになった。


 まず、クラス替えという概念が存在しない。

 三年間ずっと同じ顔ぶれ。

 教室すら三年間同じ場所なのだ。


 そもそも入学する時に成績によってクラスが振り分けられるのだ。

 東大や京大を始めとした国公立を目指すトップクラス、難関私立大学を目指すクラス、その下の偏差値50台の私立大学を目指すクラス、といった感じ。

 目指す先が固定されているので授業もそれに合わせたものになり、三年後の受験を見据えているので授業についていけず下のクラスに移動する、ということはあっても基本的にクラス替えを行う必要がないのだ。


 そしてクラス替えを行う必要がないため、下駄箱も三年間同じ場所になる。

 最初に自分たちの下駄箱をクラスごとの、出席番号順に決められてその場所をずっと使い続ける。

 一応名札プレートを挿せるようにはなっているが、誰も使っていない。

 なんせ一度覚えたら間違えようがないからだ。

 扉付きで中を開ければ一枚板によって上下が仕切られており、だいたい上には使用頻度の低い資料集などを置き、下に靴を入れている。



 普通の高校生なら華々しくも甘酸っぱい青春時代を送っていることだろうが、なんせ中途半端な成績の奴らが集まる進学校。

 とにかく日々勉強これ邁進せよといった具合に青春とは程遠い毎日を過ごしていた。


 さて、転機は高校二年生に進級してから間もない頃だった。


 新学期を迎えてすぐに、クラスから一人の退が出た。

 何かやらかしたわけではなく、勉強についていけないから、でも下のクラスに移動してまで勉強を続けるのも嫌だと教師の申し出を断り、自ら退学を決意したらしい。


 高校生にとってはクラスメイトが居なくなるというのはセンセーショナルな出来事で、もちろん教師もそれを感じ取っていた。

 だからできるだけいつも通りに振る舞おうとして、僕たちもまた呼応するように何事もなく普段通りの高校生を演じていた。


 その退学した生徒というのが、ちょうど僕の一つ前の出席番号だったのだ。

 だから下駄箱も一人分繰り上がって元々その生徒が使っていた下駄箱に移動したのだが、その次のやつが面倒臭がったのかセンセーショナルな感情に飲み込まれたのかはわからないが、下駄箱を変えなかったのだ。

 そいつが変えないから当然それ以降の生徒も動かせない。

 よって、僕の下の下駄箱は誰も使用しない、となったのだ。


 長年の、といっても一年ちょっとだが、習慣は変えられない。

 元々の位置にある開かずの下駄箱に靴を入れてしまったり、帰り際に間違えて開かずの下駄箱を開けてしまうことがたまにあった。

 そんな時は誰にも見られていないことを確認しつつ、苦笑しながら正しい下駄箱を開け直すのだ。



 ……さて、長い前フリだった。



 ――ある日、下駄箱に手紙が入っていた。

 ただし、開かずの下駄箱に。

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