かぐわし姫

 今は昔。芋掘りの翁という者がいた。翁はメークインを栽培していたが、当時は男爵芋が主流であり、翁の芋はあまり売れなかった。


 あるとき、翁が芋を掘っていると、土のニオイに混じって芳しい香りが漂っていることに気がついた。


 香りが強いところを見つけた翁は素手で丁寧に土を掘り返した。


 すると驚いたことに衣に包まれた赤ん坊が埋まっていた。香りは衣からしていた。翁は腰を抜かしたが、連れて帰って育てることにした。


 赤ん坊は尋常ならざる早さで成長し、3か月ほどで成人女性とかわらない見た目になった。周囲の人間には気味悪がる者もいたが、翁は。


「芋畑でとれた芋娘なのだから芋ぐらい成長が早くて当然」


 といって気にしなかった。


 娘は美しく成長した。翁はイモ子と名付けていたが、そんな土臭い名で呼ぶものはおらず、一緒に埋まっていた衣にちなんで「かぐわし姫」とみな呼んだ。


 かぐわし姫はあるとき翁にカレーが食べたいと言った。翁がカレーなどという食べ物は聞いたことがない、というとかぐわし姫は。


「それでは私が作りますので、これからいう材料を集めてください」


 といった。翁はかぐわし姫に言われた通りカレーの材料を集めた。その中には翁の畑でとれたメークインも含まれていた。


 材料が集まるとかぐわし姫自ら厨房に立ち、カレーを作った。


 カレーとはなんなのか、なぜかぐわし姫はそんな料理を知っているのか、翁にはわからないことだらけであった。


 しかし完成したカレーを食べて翁はあまりのおいしさに飛び上がった。


 翁は村中を走り回ってかぐわし姫のカレーを人に食べさせた。


 すると翌日から翁の家の前には一口カレーを食べようという人によって長蛇の列ができるようになった。翁はやってきた人々から少しずつ金をとった。


 我が国最初のカレー屋の誕生であった。

 

 かぐわし姫のカレーが評判となったことに伴って、煮ても崩れにくいというメークインの特性が周知された。


 これまで男爵芋に押されてまったく売れなかった翁のメークインは飛ぶように売れはじめた。


 翁は芋が売れた金でカレー屋を大きくし、カレー屋の収益で芋畑を拡げた。こうして翁は巨万の富を得、地域の有力者となった。


 カレー屋とメークインの評判は野を越え山を越え広まった。


 そしてそれは同時にかぐわし姫という美しい女性の存在も世に知らしめることになった。


 多くの男がカレー屋に詰めかけたが、かぐわし姫が厨房から出てくることはなく、その姿を見ることは叶わなかった。彼らはただカレーを食べ、せめてもの思い出にとメークインを買わされて帰っていくばかりであった。


 熱狂的な男たちは次第に減っていったが、それでもかぐわし姫に近づきたいとカレー屋に通い続ける貴公子が5人残った。


 翁は熱心に店に通い続ける青年たちを不憫に思い、かぐわし姫にあの中の誰かと結婚してみる気はないか、と尋ねた。


 しかしかぐわし姫は取り合わない。


 翁が何日にもわたって説得すると、ついにかぐわし姫は折れた。


 だが、かぐわし姫は結婚するための条件を5人に提示した。


 その条件とはかぐわし姫が望む宝、すなわち、天竺の神が鍛えたという鍋、剥いても剥いてもなくならないという蓬莱の玉葱、決して燃えない火鼠の皮で作ったエプロン、竜の乳で作ったバター、トンビが産んだ鷹の卵を見つけてかぐわし姫のもとに持ってくることであった。


 鍋を手に入れることにした貴公子は天竺を目指し旅立ったが、道中で猿や河童や豚と出会って旅をしているうちに楽しくなってかぐわし姫のことを忘れてしまった。


 蓬莱の玉葱を手に入れることにした貴公子は、東の海の蓬莱山に行きつき玉葱を手に入れたが、帰りの船内で本物か確かめるために玉葱を向き続けていたら涙が止まらなくなって涙の重さで船が転覆してしまった。


 エプロンを手に入れることにした貴公子はそもそもエプロンがどういうものかを知らなかったので見つけられなかった。


 バターを手に入れることにした貴公子は、異国へと渡り竜を倒してその乳を得たが、ドラゴンスレイヤーとして祭り上げられ異国の王になった。


 トンビが産んだ鷹の卵を手に入れることにした貴公子は、「トンビが産んだ鷹の卵」というのは鷹が産まれる予定のトンビの卵のことなのか、それともトンビから産まれた鷹が産んだ卵を指すのか、そもそもトンビは鷹を産むのか、トンビから産まれた鷹は生殖能力があるのか、ないとするとトンビから産まれた鷹が産んだ卵というものはないからやはり探すべきなのはトンビの卵でかつ鷹の卵である卵か、しかしトンビから産まれた鷹に生殖能力があるとすると……などと考えているうちに発狂した。


 かぐわし姫のもとへ宝を持ってくることのできた貴公子はいなかった。


 貴公子たちに無理難題をふっかけたことが噂になり、かぐわし姫に求婚しようという男は現れなくなった。


 かぐわし姫はせいせいしたとでも言わんばかりにカレー作りにいそしむようになった。


 かぐわし姫がカレー作りに集中するようになったことでカレーのクオリティが上がり、カレー屋の評判は一層あがった。


 また都でもかぐわし姫のカレーは知られ、時に朝廷からカレーを献上するようにと命令されることもあった。


 時の帝までもかぐわし姫のカレーに魅了されたのである。


 翁とかぐわし姫はしばらくの間幸せに暮らしていたが、あるときからかぐわし姫は夜空の星を見ては物思いに沈むようになった。


 星を見て泣くかぐわし姫に対し、翁は理由を尋ねた。かぐわし姫は答えず、紙に何かを書き始め、書き終わると翁に紙の束を渡した。そこにはカレーの作り方が書かれていた。


「これはどういうことか」


 怪訝に思った翁は尋ねた。


「私はカレー星へ帰らねばなりません」


 かぐわし姫は泣きながら語った。


 かぐわし姫は実はカレー星から来たカレー星人であること。


 地球にやってきたのはカレーライスを食べるときにルウとライスをかき混ぜて食べた罪を償うためであったこと。


 地球にカレーをひろめた功績によって罪が許され、カレー星から迎えがやってくること。


 育ててくれた翁と離れ離れになるのは辛く、カレー屋が心配だが、地球にとどまることは許されないこと。


 翁は驚くばかりであったが、これまでの不思議な出来事の数々もかぐわし姫がカレー星人であったのなら納得できると思った。


 しかしみすみす金づる、もとい愛娘をとられるわけにはいかないので、翁は兵士を集め、かぐわし姫を守ることにした。


 かぐわし姫を守るため国中から勇士が集められた。しかし彼らの抵抗虚しく、カレー星人によってかぐわし姫は連れ去られた。


 あとにはカレーのレシピが残った。

 

 かぐわし姫が去ってから、翁は魂が抜けたようになってしまった。


 せっかくかぐわし姫が残してくれたレシピも活用することはできず、あっという間にカレー屋は潰れてしまった。


 カレーが献上されなくなったことで、帝はかぐわし姫の昇天を知った。


 かぐわし姫のカレーを愛した帝は、それがもう食べられないということを惜しんだ。


 そこで、国で最もカレー星に近い山の頂上、すなわち富士山の頂上で家臣に命じスパイスを炒めさせた。


 富士山でカレーを作っていれば、その匂いが届いて、いつか懐かしがったかぐわし姫が戻ってきてくれるのではないか、と帝は願ったのであった。

 

 現在でも富士山の山小屋でカレーが売られているのはこのためである。

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