第6話 胸元の空いたコスプレほど股間に来るものは無い

幾つか授業が終わり、今は4時間目の世界史の教師が黒板に項目を書き連ねている。


「えー、ですから無敵艦隊というのはですね」


最初は真面目に聞いていたが、やはり熟知している内容だと少し退屈してしまう。


俺は誰にも聞こえない程度に、小さく溜め息をついた。


まぁ、退屈なのはまだ良い。


改めて感じたのは、転校生の辛さ。


休み時間が訪れる度に沢山の生徒 (主に男子)が俺の周りを取り囲み、質問攻めや色んな話をしてくるのだ。


これがまた大変で、一度に多人数の話を処理するのには随分と苦戦させられた。


俺は聖徳太子じゃないんだ。むさ苦しいな、散れい散れい。


更には他のクラスからも生徒たちが押し寄せ、廊下の窓からもじっくりと観察してきなさった。まるで視姦でもされているような気分だ。


どうやら超美少女転校生が来たとかいう噂が学年に広まっているらしい。


中身を知ったらどうなることやら。契約違反になるのでバラしませんけどね。




さて、そんな感じで俺の転校初日は問題無く進んでいるワケだが、重要なことが一つ。 

 

この学園、ホントに美少女が多い。


俺を見に来ていた他のクラスの女子もそうだったが、この2年B組は格別だ。


冗談抜きで聞きたい。


これ何てエロゲ?


特に俺の左前方。自己紹介の時に、最初に手を挙げてくれた女の子が素晴らしい。


くるっとしたくせ毛の茶髪に、愛嬌と安らぎを感じさせる顔立ち。


胸は中の中ですな。だがそれが良い。


纏う雰囲気も実に清楚。


流石の俺もヨダレを垂らさずにはいられない。

 

「――という訳で、豊臣秀吉は見事に天下を統一したのです」


あれ?今世界史の話してなかったっけ。無敵艦隊どこいったし。


その時、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。ようやく昼休みか。


俺の腹もちょうど空腹を訴えている。


「それでは今日はここまで。次の授業で小テストをしますので、きちんと復習をしておくように」


最後にそう締め括って、先生は教室を出ていった。



「やっべ、すっかり寝てたよ」


「ご愁傷様。あさって小テストがあるんだって。今日の授業の範囲で」


「マジでか!?お願いします萌崎さん!あとでノート写させて!」


「あたし、今日のお昼はメロンパンが食べたいな~」


「よし分かった!今すぐ買ってくるから待って――」


「あ、じゃあ私はカレーパンで」


「私のハムチーズも忘れずにね」


「おにぎり二つ頼むわ。ダブルツナマヨでな」


「ウチぁ鯖缶がええのぅ」


「……トマトジュース……」


「蟹鍋を所望する」


「ちょっ、お前ら……!?」


パシリ出現と聞くや否や、皆が次々に乗っかっていく。


このクラス本当にノリが良いな。


最後のは不可能だと思うが。


「不洞さんは何か頼まないの?」


カレーパンを注文した後ろの女子が、俺の様子を覗き込んできた。


「あ、俺……じゃなくて私は弁当だから」


そう言って俺は鞄から弁当を取り出す。


ピンク色の可愛い柄をした包みがとても恥ずかしい。


あのオカンめ、こういうところは妙に気を回すんだから。

 

二段重ねの小さな弁当で、中身も肉成分は少なく野菜類が多い。


随分とヘルシーな献立だ。確かに女子らしいといえば女子らしいが、元男の俺としてはどこか物足りない気がする。


男ならこう、飯はがっつり食べたいよな。


さっきのパシリ君にパンの一つでも頼めば良かったと後悔しながら、料理を箸でつつく。



「美味しそうなお弁当だね!」


ふと顔を上げると、俺イチオシのカワイコちゃんが前の席に移動してきていた。


間近で見る可愛さに、一瞬言葉を失う。社長もビックリのふつくしさである。


ちなみに前の席の女子は食堂に行ったらしく、今はご不在。昼休みはフリーダムに席を移動していいみたいだ。


「おれ……私が作ったんじゃないけどね」


「お母さん、お料理が上手なの?」


「うん。料理の腕は確かだね」


格闘技の腕も確かだが。


そんな風に言葉を交わす俺と彼女。名前は、えっと……。


俺が困惑していることに気付いてか、彼女の方から名乗り出てくれた。


ええ子や。


「私は姫野ひめの 紫子ゆかりこ。これからよろしくね、不洞さん」


そう言って、姫野さんは俺に微笑んでみせる。


紫子……ゆかりこ、か。なら呼び名はもう決まったようなもんだな。


「ゆかりん、って呼んでもいい?」


「ゆ、ゆかりん?」


紫と名が付くのなら、もはやそれ以外に呼び名はあるまい。


もちろん妖怪BBAには内緒だ。


良い子と俺との約束である。

 

「ゆかりん……か。そんな風に呼ばれるのは初めてかも」


そう言って、姫野さん改めゆかりんは軽く頬を染めた。


俺もこんな風に呼ぶのは初めてですよ。


「もしかして嫌だった?」


「ううん、そんなことないよ。早速仲良くなれた感じがしてちょっと嬉しい」


しかしまぁ、何を隠そう俺もすごく嬉しい。


こうして女子とまともな会話をすること自体、もう何年ぶりなのだ(あの愚姉は女子とカウントしていない。したくない)。


しかもその相手がクンカクンカしたくなるほどの美少女ときた。


勝ち組フラグキタコレ。


「えっと、それで私に何の用だい?」


「あ、そうそう。自己紹介の時に『超能力者募集』って言ってたでしょ?だから詳しい話を聞いてみようかと思って」


冷や汗が流れる。まさかそこに言及してくるとは思わなかった。


確かにゆかりんは手を挙げてくれた。率先して俺をフォローしてくれたのはとても嬉しかったんだけど、まだ続いていたんですかそれ。


「他にも色々と募集してたし……不洞さん、何かチームでも組もうとか考えてるの?」


S○S団ですね、分かります。


むしろこの状況、俺がSOSを発信したいくらいだ。下手をすれば俺の趣味がバレてしまう。


「いや、あれはね。なんていうか、ユニークな紹介をしようと思っての妄言なんだ。だから忘れてもらえると助かります。すごく」

 

「そうなんだ……」


必死の言い訳は、ゆかりんを落胆させたみたいだった。


なじぇ?


「わ、私何か悪いこと言った!?」


地雷を踏んだ覚えは無い。


「ううん、そうじゃなくて。ちょっとだけ残念だなぁって」


「残念?」


俺が首を傾げると、ゆかりんはさっきまでの表情に戻って口を開いた。


「私ね。チームとか仲間とか、そういうのに昔から憧れがあるの」


ということは、入団希望者として考えてもいいんだろうか?


いや、あれは本当に不可思議な人間しか集まれない団体だ。ゆかりんには悪いが、とても現実に作れるようなものではない。


仮に作ったとしても、それはただ痛いだけの集団だ。キモいと言われ死ねと罵られるのがオチだろう。


「だったら部活とかに入ればいいんじゃない?テニス部とかバドミントン部とか。こんなにデカイ学園なんだから、部活の設備も充実してると思うけど」


「それじゃ駄目なの。ああいうのって、結局はただのスポーツ止まりだし」


こやつ……全国のスポーツ選手を敵に回しよったぞ。


大した度胸だと言わざるを得ない。


可愛いフリしてあの子~割とやるもんだけ~ど~。なんて、あみんの歌詞が脳裏を過ぎる。


昭和臭乙。

 

しかしなるほど、ゆかりんってば意外とチャレンジャーなようだ。


まさに羊の皮を被った狼ですね。


「そういえば不洞さんって、午後の準備はもう出来てるの?」


少し無理矢理気味にゆかりんが話題を変える。


そして、それは俺も気になっていたことだ。


今日の時間割。その内容が俺にはどうしても理解し難い。



1時間目 英語

2時間目 物理

3時間目 数学B

4時間目 世界史


5、6時間目 訓練



この午後からの“訓練”というのが非常に気になって仕方ない。


高校の授業科目にそんなものがあるなんて聞いたことがない。まさか入試に使う訳でもあるまいし。


一体何を訓練するのだろうか。


ひょっとしてボイストレーニング?声優学校かここは。


「今日は予告が出てて、担当はここのクラスになるみたい。転校初日から大変だと思うけど――」


ゆかりんの言葉を遮るようにして、教室の扉を開ける音が響いた。


ちょっと待て、今何て言いかけたんだ。予告って何だよ。めちゃくちゃ気になるじゃないか。


「え~っと、ピンクの髪の美少女は……」


廊下から顔を覗かせたのは緑の帽子を被った、運送業っぽい風貌のおっさん。虎猫ヤマトのマークが制服に刺繍されている。


俺と目が合うと、おっさんは「いたいた」と呟きながら近付いてきた。


何やら大きな荷物を抱えているが。


「不洞新菜さんですか?」


「はい、そうですけど」


「お届け物です。判子が無ければ拇印ぼいんでも何でも良いんで、こちらにサインをお願いします」


「ボイン?」


拇印ぼいんよ、不洞さん」


隣からゆかりんのツッコミ。いやぁ、思春期全開で恥ずかしい。

 

朱肉に親指を付けるのは後処理が面倒なので、手軽にペンでサインをしておく。


「毎度ありがとうございました」


おっさんは何食わぬ顔で教室から出て行った。


当の俺は困惑だらけだ。生徒に直接配達が来るってどういうことだよ。普通は家の方に送るだろ。


ほら、教室中の皆が俺に注目してるし。


全く以って居心地が悪い。


「何だろうね、これ」


ゆかりんも興味津々らしく、物珍しそうに配達物を眺めている。


配達物は二つ。


一つは50センチ四方くらいの厚みの少ない箱で、それはまぁ普通な感じがする。お中元でも入っていそうなサイズだ。


異様なのはもう一つの方。


俺が両手を目一杯伸ばしてやっと両端が掴めるんじゃないかという、細く長い棒のような何である。


うちのオカンがニンバス2000でも頼んだのかもしれん。


ハリポタの観すぎだ。


「家の方から送られてきたの?」


それはないだろう、と俺は差出人の名を確認する。





黒若亮介。





「黒若ェ……」


もう“嫌な予感”どころじゃない。確実に嫌なことが起こるだろ、これ。


さっきのおっさんに頼んで送り返してもらえばよかった。後悔が止まらない。


今度は一体何だ。レ○ジングハートでも送ってきたか。


それはそれでテンション上がるけどさ。

 

とりあえず握って持ち上げてみる。


感触は硬く、意外と重い。ずっしりとくる重量感から、魔法の箒やレイ○ングハートではないことが分かる。


いや、レイハの重量なんて知らんが。


「ねねっ、何それ?早く開けてみてよ」


先ほどパシリ君にカレーパンを注文していた後ろの席の女子が、待ち切れないといった様子で促してきた。


どうしよう、開封したくない。


「この学園に焼却炉ってある?ゴミ処理場とかでもいいんだけど」


こういう訳の分からん危険物は投棄するに限る。


「あはっ、不洞さんってば面白いこと言うね~。ナイスジョーク!」


本音です。


畜生、開けずにはいられない雰囲気になってきた。



……仕方ない。



こういうのはハードルの少ない方からやって耐性を付けるのが大切。まずは小さい箱の方から開けることに決めた。


「こりゃあ一体何なんじゃろな?ウチぁわくわくが止まらんぞい」


しかしそれよりも先に、ネコミミ少女が棒を掴んで俺に差し出してくる。


輝くその無邪気な瞳が語っていた。


こっちから開けろ、と。


「いやその、私にも心の準備というものがありまして」


「ほれ」


「楽しみってさ、後にとっておくからこそ味が増すじゃん?」


「ほれほれ」


「私って、ケーキの苺は最後に食べる派なんだ」


「ほれほれほれ」


だぁああああああ鬱陶しい!!分かったから頬に先端を押し付けるのは止めろ!!


誠に不本意ながらそれを受け取り、梱包を解いていく。


周囲が期待に胸踊らせている中、俺はその中身を取り出した。



ジャキッ。



金属と金属が小さくぶつかるような、そんな音が漏れる。


全体的に黒色をした筒から“それ”を抜くと、銀の光が眩しく反射された。






どう見ても日本刀です、本当にありがとうございました。






 

「…………」


筆箱から消しゴムを取り出し、そっと刃面に沿えてみる。


スルッと、まるで豆腐のように簡単に切れ込みが入った。


つまり、本物。


なるほど、本物。


そうかそうか。


本物ね。


ふぅ……。







(黒若ァあああああああああああああああああアアアあああああああああアアアああああああああああああゥェィア゙ッ!!)


思わず頭を抱える。危うく奇声が口から飛び出してしまうところだった。


なに!?なんでこんな物騒なモン送りつけてくんの!?本物の刀を!学校に!直接!ぶるぁああああああああああああああッ!!


死ねばいいのに。死ねばいいのに。大切なことなので2回言いま死ねばいいのに。


もはや非常識という範疇を超えている。世界に誇る日本の治安は果たして何処に行ったのだろうか。


銃刀法違反も清々しいところだ。


奴の意図が微塵も理解できない。誰か分かりやすいように説明してくれ。3文字以内で。


警察にバレたら豚小屋行きは確実。シラを切ろうにも、この光景はクラスに居る全員に目撃されている。


言い訳……できるかな。


そんな風に俺が一人で悶えていると、




「へぇ、日本刀かぁ……不洞さんって結構渋い武器を使うんだね」




感心したような口調で、ゆかりんがあっけらかんと言ってのけた。


…………ゑ?

 

「さすが不洞さん、日本の撫子に相応しい武器だな」


自称陰陽師の男子からも、楽しそうな声が飛ぶ。


「いよっ、ジャパニーズサムライ!私ゃ惚れたよ!なんつって」


後ろのカレーパン女子が囃し立ててくる。こいつの名前もうカレーパンでいいや。


「ふんっ、そんな矮小な武器では私の足元にも及びませんわ。出直してらっしゃいな」


と、話しかけてもいないのに守護者やら何やらよく分からない女子が高笑いをしていた。その動きに合わせて、腰ほどまで伸びた巨大な縦ロールの銀髪がゆっさゆっさと揺れる。


あと一応念を押しておくが、これは武器じゃなくて凶器だ。そこんとこ間違えないように。


「はぁ、はぁ……みんな買ってきたぞ……悪いけど、蟹鍋は、勘弁してくれマジで……どこ探しても無ぇよ……ん?日本刀じゃん?俺久しぶりに見たわ」


息を切らして帰ってきたパシられ小僧は、まるで新品のテニスラケットでも見るかのような目。


律儀に蟹鍋まで探してきたらしい。君の無駄な努力に乾杯。


「というか、そもそも実体剣を持ってる人って少ないよね」


ネクロマンサーとか言ってた女子が呟く。待て、聞き捨てならん。他にも凶器を所有しているキチガイがいるということだろうか。


「…………俺のマグナムの方が……強い…………」


性的な意味でですか?


しかし、これは一体どういうことだろうか。


本物の凶器を目の当たりにして、この反応。


ここまでくれば俺にだって分かる。こいつら、ノリやフォローなんかで言ってるんじゃない。

 

今更ながらに後悔する。


もしかして俺、とんでもないクラスに転校してしまったんじゃないだろうか。


見た目こそ普通だが、その実体は数々の罪を犯してきた犯罪者集団とか……、


「うっひゃあ、カッコええのう!ちょいと貸してくんろ♪」


「あッ――!?」


そんなことを考えていると、ひょいっとネコミミ少女に刀を引ったくられた。


まずい。よりによって一番厄介そうなヤツに凶器が渡ってしまった。


「斬り捨て、ごめぇーん!」


刀を抜き放ち、ネコミミは軽いノリでそれを振り回す。


まるで買ってもらったばかりの玩具ではしゃぐ子供のようだが、彼女の手に握られているのは高い殺傷力を誇る日本の伝統。


その斬新な光景に俺は戦慄が止まらない。


「か、カレーパン!あれ何とかして!!」


「え?なんでそんな呼ばれ方してんの私?」


仕様です。


「私の名前は神楽坂かぐらざか 満子みちこだってば。満月の満に子供の子で満子。ちゃんと覚えてといてね」


なんと!?前の字を音読みにしたらトンデモナイ名前になってしまうじゃないか。


本人に言ったら死ぬまで殴られそうなので黙っておくが。


いや、そうじゃなくて。


「そんなことはいいから、早くあのネコミミを止めて!」


「そんなことって何よ。これからクラスメイトなんだから名前くらい覚えてくれてもいいじゃない。。ほら、リピートアフタミー。か ぐ ら ざ か み ち こ」


「カ レ ー 坂 パ ン 子」


「…………泣くわよ?」


なんていうかスマン。

 

俺も気が気じゃないんだ。それくらいの間違いは許してほしい。


「あの……大丈夫、不洞さん?なんだかさっきから様子がおかしいけど」


心配そうな顔でゆかりんが覗き込んできた。


むしろなんで皆は調子が乱れないのか、っていうか楽しそうに笑っていられるのか、俺は切実に問いたい。その気になれば人を殺せるネコミミが、隣で激しくトチ狂っているというのに。


あれか、新手のヤンデレか。


「必殺!猫又流ふらいんぐ――――あっ」



すぽっ。



そんな擬音が聞こえた気がした。


全身を悪寒が襲う。


鳥肌がぶわっと自己主張を始める。


次の瞬間、俺の目の前に落ちてきたのは、長い銀色の刃だった。


サクッ。


ほぼ真上から鼻先を掠め、股の間を縫うような形で椅子の端に突き刺さっている。


もし俺の息子が居たら間違いなくサヨナラしていたことだろう。今この瞬間ばかりは女の体でよかったと心底思う。


「ば……ばたんきゅぅ……」


恐怖で体が動かない。


刀は胸の谷間の部分を綺麗に通り過ぎ、スカートを貫通していた。少しでもズレていたら大怪我は免れなかっただろう。


奇跡だ。奇跡が起きた。現人神さまに感謝せねば。


「あちゃあ、スマンのぅ。つい手が滑ってしもうた」


と、全く悪びれた様子もなくネコミミが謝ってきた。


軽い。殺人未遂の割には謝罪がとても軽いです。


緊張を解いたら今すぐにでも漏らしそうな勢いなんだぞ、こっちは。

 

「もう……危ないでしょヨシツネちゃん。人に向かって物を投げちゃダメ」


「だから謝っとろうに。相変わらず紫子はしつこいのじゃ」


などと、文房具でも投げたかのような感覚で話が進んでいる。


どうやらこのクラスでは日本刀とシャーペンの危険度が同列で扱われているらしい。まさか国内でこれ程のカルチャーショックを受けるとは想像もつかなかった。


そういえば現人神さまもおっしゃっていたな。『常識に囚われてはいけない』と。


だが敢えて言わせてもらおう。“常識に囚われない”のと“非常識”は別の話だ。


「あやや、すかーとが斬れてしもうたのぅ。学園に頼んで新しいのを用意してもらうから、それまでちょいと我慢しとくれ」


「ブフォッ……不洞さんのスカートが!」


「眼福、眼福」


「は、破廉恥ですわ!!」


そういうとこはマトモなのな、お前ら。





そんな感じで、ネコミミの殺人未遂は何故か皆の笑いと共に空虚の彼方へと流されていった。


机の上に横たわっているのは、今しがた俺を殺しかけた日本刀。幸か不幸か、銃刀法違反について俺を咎める者は誰もいない。


今なら隠蔽する絶好のチャンス。どこかテキトーな場所に埋めとけば大丈夫だろう。


もう一つの箱の中身もどうせ馬鹿げた物に違いない。一緒に処理するのが吉というもの。


またネコミミが絡んでくる前に早く――――、


「はーいみんな、昼食中に悪いけどもう時間よ。早く出撃の準備をしてくださいね」


俺が刀と箱を処理すべく立ち上がろうとした瞬間、田中先生が手を鳴らしながらそんなことを言ってきた。


先生……タイミングが悪いです……。

 

先生は辺りを見渡し、俺の姿を見て笑顔を浮かべる。


日本刀を抱えた猟奇的な俺を前に、そんな態度を取れる貴女の度胸は素晴らしい。


やはり先生もそっち側の人間ということか。


「良かった、ちゃんと届いてたのね」


どうやら、さっきの配達のおっちゃんに俺の居場所を教えたのは先生らしい。


余計な真似を。


「不洞さんは初陣になるけど……2年生で転入してくるぐらいだから実力は問題無いわね。それじゃみんな、今から3分後に校庭に集合よ」


気になる単語が幾つか出てきたが、それよりも不思議なことが一つ。時間が短いのはどういうワケなのだろう。


確か、昼休みはまだ15分くらいはあったはずだけど……。


「やっべ、早く準備しねぇと!」


「ほらほら、男子は早く出てってよねー。着替える子もいるんだから」


昼食を素早く胃に流し混み、男子たちは慌てて教室から出て行った。


「あれ?何で不洞さんも出て行こうとするの?」


しまった、今の俺は男子じゃないんだった。つい条件反射で。


呼び止められて振り返り、そして吹き出す。




そこにあった光景はパラダイス。言い換えると桃源郷。まさにこの世の楽園。




「えっと……私の顔に何か付いてるかな?」


キョトンとした表情で首を傾げるゆかりんは、制服の裾を捲り上げ……いわゆる“半脱ぎ”の状態だった。


地味ながらも綺麗なブラジャーが、シャツの隙間から顔を覗かせている。


俺は押した。全身全霊で押した。心のカメラのシャッターを。


何重にもコピーして脳内フォルダに保存しますた。

 

「あの、不洞さん?そんなにじっと見られれると、ちょっと恥ずかしいかな」


おっとイカンイカン。つい見入ってしまったでゲソ。


それにしてもゆかりん、少し無防備すぎじゃなイカ?


あぁなるほど、俺は女の子だからか。


今更ながらに気付く。この体、実はかなり使い道あるのではないか。


更衣室とか覗き放題じゃん。


まぁ某ムッツリーニばりに、俺は今にも鼻血を噴き出しそうなワケだが。


ピュアッピュアだな、俺。


「不洞さんに見られてると、なんか自信無くすよねー」


と、自分の胸を掴みながらカレーパン。俺の胸と見比べては溜め息をついている。


そう悲観するな、カレーパン。この巨乳は変態医師がチート使ってるから仕方ないのさ。


カップでいえばGくらいのデカさ。


もちろん俺も男だ。昨日の晩に風呂に入った時には、この体をイロイロと観察しましたのよ。


しかしその時感じたのは“虚しさ”だけ。


揉みながら一人で「アハン」と言ってみた時の虚無感は半端じゃなかった。


二度とやるまい。


いや、そんなことを思い出してる場合じゃなかった。俺は急いで廊下側を向いた。


やっぱり今の俺にはリアル女子の裸体を直視するのはハードルが高い。徐々に慣れていくとしよう。


「なんで目を逸らすの?」


「気にしたら負けです。それより、次って体育だっけ?」


だったら俺も着替えなければ。

 

しかし困った。今日は体操服を持ってきていない。


誰かに貸してもらうか。でも女子から服を借りるのってキツイな。


「体育……か。まぁ言いようによっちゃそうなるかもねー」


背後からカレーパンの声。


なんでこの学園の奴らは妙な言い回しばかりするのかね。


「ほいじゃ、ウチぁお先に行くのじゃ」


隣からネコミミが出ていく。


体操服にブルマ。頭にネコミミでお尻には尻尾。まさにレイヤーの鏡だ。


そして背後からも衣擦れの音が消えた。どうやら着替えは終わったようだ。


一息ついて振り返った俺は、またも絶句することになる。








ゆかりんは朝の幼女向けアニメに出てきそうな、プリティでキュアッキュアなコスチュームを身に纏い。


西部劇に使うようなホルダーに2丁の拳銃を挿し、露出の激しい衣装から腰のくびれとヘソを覗かせているのはカレーパン。


白銀に輝くゴツイ騎士甲冑を全身に装着、ロングソードを背中に背負う。そんな巨大銀髪縦ロールの自称守護者が不敵に笑う。


ブレザーもスカートも普通の制服少女は、しかし身長ほどもある狙撃用らしきライフルを隣に携えている。


黒く襟の長いコートを着た女子はどう見てもロリータ系バンパイア。


その他も、奇妙奇天烈な様子のメンツが揃ってやる気を見せていた。


お前ら、コミケにでも行くつもりか。


制服を着てる奴らはまだ良い。色々と物騒な凶器を所持しているが、百歩譲ってそこは黙認するとしよう。


だが他の連中、取り分け濃い衣装の奴らはどう見てもコスプレだ。しかも本職の俺にすら元ネタが分からないコアなコスチュームときた。


「では皆の衆、行きますわよ!」


銀髪巨大ロールを筆頭に続々と走り出す女子たち。その勢いはまるで、電車を降りてコミケ会場へと向かう情熱的な(暑苦しい)オタクの集団だ。


どうしよう……俺が言うのも何だが、このクラス本気で怖い。


「不洞さんも行きましょ」


「ぁうちっ!?」


ゆかりんに腕を掴まれ、そのまま強制的に連行された。見かけによらず力の強いこと強いこと。


「頑張ってよ!」


「あんなやつら、やっつけちゃいなさい!」


「俺の分まで戦ってきてくれ!」


全員で廊下を駆けていると、色んな教室から声援が投げ掛けられた。


この雰囲気と今までの情報から察するに、これから行われるのはきっとコスプレイベントだろう。


勝てば何かしらの賞品が出るのかもしれない。なるほど、それならこいつらの異様なやる気も頷ける。


でも、問題が一つ。


そんなイベントを授業科目の中に入れて良いのだろうか、この学園。

 

長い廊下を走り続け、言われていた3分ぎりぎりで俺たちは校庭に辿り着いた。


女子の割にみんな足が速い。あと今さら気付いたが、俺たちの教室って校庭から近い場所にあるんだな。


校舎が複雑だから未だに構造を理解できない。


「遅いわよ、みんな。5分前集合は常識でしょう?」


3分前に催促してきたアンタがそれを言うか?


というのは冗談だったらしく、田中先生はお茶目な笑みを浮かべる。


畜生、不覚にも萌えた。


そんな先生の隣では、先に準備を済ませていた男子たちが揃っていた。


陰陽師、魔法使い、忍者、喧嘩番長、etc...


やはり男子らもコスプレ済み。何かのキャラではなく、どちらかというと役職を伺わせるような輩が多い。


元ネタの分からんコスに需要は無いぞ。


だが、俺の関心はもっと別の方にある。


先生の後ろ……校庭のど真ん中で鈍い金属光を放つ、やたらとデカい物体。


俺の推測が正しければ、あれは所謂“装甲車”。


長さはトラックを遥かに凌駕している。しかし幅はそれ程でもなく、公道を走るとしてもぎりぎり問題は無さそうだ。


コスプレ集団に、謎の装甲車。


異様の一言に尽きる。


「先生」


俺は先生の前に立った。


「何かしら、不洞さん?」


「帰っていいですか?」


「次の授業が終わったらね」


先生ェ……。

 

「はーい、それじゃ出発しまーす。早く乗り込んじゃって頂戴」


先生の号令で、皆がぞろぞろと装甲車に乗り始める。


さて、俺はどうしようか。今の俺が最も取るべき行動とは?


簡単だ。


過去の偉人は、かつてこう言った。


「三十六計、逃げるに如かず!」


「ほら、行こう?」


「なにやってんのよ、さっさと行くわよ」


「ちょっ、ら、らめぇぇえええええええええええええええええええええええええッ!!」


ゆかりんとカレーパンに両腕をホールドされ、俺はズルズルと引きずられていった。

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