12.耳って言うのは舐められるようには出来ていないんだよ。

 皆で風呂に入ったあと私は、何故かあざみの自室に招待されていた。


 自室、といってもその規模はホテルのスイートルームくらいはある。ベッドの大きさも含めても、一人で生活するための部屋とは思えないから、元々私と一緒に寝る算段だったんだろう。なんとも準備が良い。


 この屋敷のことだ。きっと他にもそれはそれは立派な部屋がいくつもあるんだと思う。だから、私がわがままを言って、そっちで寝る、というのも出来なくはない。


 だけど、それはしなかった。


 あまりに色々なことが起きすぎて、脳の処理が追い付かなかったって言い訳をすることもできるけど、多分それだけじゃない。


 だってなんだかんだいっても薊とは友達だし、久しぶりの再会だから。こんなことを言うと、また「妊娠してくれ」とか言い出しかねないから口には出さないけどね。


 その代わりに、


「はぁ……疲れた」


 ため息とともに、率直な、もう一つの感情を表に出す。すると薊は実にいい笑顔で、


「どうした。疲れたのか?なら私がマッサージしてやろう」


「いいです」


 全力で拒否する。だってこの場合のマッサージってどう考えてもただのマッサージで済まないでしょ。マッサージ(意味深)でしょ?そこ、手をわきわきさせない。いやらしいんだよ、動きが。


「ねえ、薊」


「なんだい?」


「薊はさ、私にそのほ、惚れたんだよね?」


「ああ、そうだね。大好きだ」


「っ……」


 私は視線を逸らして、


「なんで、その、好きになったの?そりゃ、私だって、薊のことは友達として好きだけど、でも、薊のそれは違うじゃん。完全にガチ恋でしょ?なんで?きっかけなんてあったっけ?」


「そうだね」


 薊はベッドの傍らに座って、隣をぽんぽんと叩き、


「おいで」


 おいで、じゃないよ。


 私はあんたのペットかなにかか。


 ただまあ、断る理由もないので、素直に隣に座る。すると薊はすすすっと距離を詰め、


「それで、話の続きなんだけど、」


「……あの、近いんですけど?」


「知ってるよ」


「知ってるなら離れてよ」


「ははは、それは出来ない」


「良い笑顔で言うんじゃないよ」


 薊は私の腰にするりと手を回し、抱き留めるようにして近寄せて、


「ほら、この方が顔が良く見えるだろう?」


「べ、別に顔が見たいわけじゃ」


「なら、」


「っ……」


 薊が急に耳元で囁く。


「声が、聴きたいのかな?」


「あ、いや……」


 間違っていない。


 薊の話を聞きたいのは確かだ。確かだけど、この距離感は絶対違うよね!?


「ふふ……耳が弱いのかな?」


「あ、ぅ……」


「好きだよ。大好きだ」


「う……知ってる、知ってる、から」


「さーちゃんは、どうなんだい?」


「そ、それは」


 更に近寄って、


「私のこと、好きかい?」


「ま、まあ、す、すき、だけど」


「どれくらい?」


「それ……は、」


「私はね、」


「ひゃっ!?」


「これくらい好きだよ」


 瞬間。


 薊が耳元にキスをしてくる。私はやや強引に彼女の手をほどいて、


「な、な、な、な……」


「どうしたんだい?ああ、直接が良かったかな?」


「そんなわけあるか!」


 私は耳を抑えながら、縮こまる。うう……キスなんて頬とか唇にされたこともないんだぞ。耳って……なんだよその変態プレイみたいなのは…………ちょっと、感じちゃったじゃないか…………


「まあ、冗談はこれくらいにしようか」


「冗談だったのかよ!?」


「おっと失礼。私の思いは本物さ。ただ、ちょっとからかいたくなってね」


「全く……」


 私は額に手を当てて、


「薊ってさ、いつからそんなキャラなのさ」


「そんなキャラ……というと?」


「その王子様みたいなキャラのこと。そりゃ薊は顔が良いし、そういうのは様になると思うよ?」


 そのタイミングで薊が「ありがとう。大好きだよ」とコメントをしたが、ばっさりと無視し、


「でも、昔はそうじゃなかったじゃない。なんていうかその……お嬢様?っていうか、そういう感じで」


 そう。


 私の脳内・観音寺かんのんじ薊はどっちかというと奥手な子だ。一緒に遊んでということも出来なければ、反論も出来ない。ちょっとすごまれたら泣きそうな顔になってしまう。そんな子だったはず。


 それが今はどうだ。むしろそんな泣きそうな顔の子を颯爽と助けに入って「お嬢様、お手を拝借」とか言いそうな感じがする。


 努力した、と彼女は言った。私をカッコいいと思い、その隣に並び立てる人間になりたいと思った、とも言った。そのきっかけや努力に難癖をつけるつもりはない。結果として薊が前向きに、日々を楽しく生きられているならばそれでいいと思う。


 けれど、


「私をカッコいいって思って、それで努力したって言ったよね。それっていつくらいからそうなったの?」


 薊が「それは……」とうつむく。やがて、何かを決心したかのように、


「私はね、五月さつき。人の上に立つ人間なんだよ」

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