10.お風呂って言うのはつまりそういう意味。

「そこに座って貰えるかな」


「ん、りょーかい」


 あざみの言うがままに洗面台の前に座る私。正直、一般ご家庭にはあまりないタイプの、具体的に言えば座面の真ん中が凹っと陥没している椅子が出てきても不思議はないと思ったし、もしそうなったら全力で逃げようと思っていたけど、意外や意外、洗面台まわりは割と普通だった。


 シャンプーにリンス、石鹸にボディーソープ。座るための椅子に大小のプラスチック製桶。私が今いる場所を含めてこれが複数ある時点で一般ご家庭とかけ離れていると言われるとその通りなんだけど、取り合えずいかがわしい感じのアイテムは置いてなかった。


「すまない。ちょっと待っててくれるか?」


「ん。いいよ」


 薊はそれだけ言って、隣の洗面台で何かをしていた。何かっていうのは洗面台ごとに仕切りがあって、隣の様子が見られない仕組みになっているからだ。


 多分、人をもてなすときのことも考えてのことなんじゃないかと思う。少なくとも家族で使うだけなら要らないもんね、この仕切り。


 やがて、「よし」という小さな声が聞こえたと思ったら、薊が私の背後に現れた、

 泡まみれ、という状態で。


「…………は?」


「さ、これで準備完了だ。それでは失礼して、


 薊は、私の思考が追い付かないうちに、背後に隣から拝借した椅子を置いたうえで、そこに座り、思い切り私に抱き着いてきた、


「ちょっとーーーー!?」


「なんだ?今から洗ってあげるからじっとしててくれ」


「いや、洗ってあげるって……」


 だってこれ、完全に“いかがわしい意味”のお風呂じゃないの!?いや、知らないけど!そもそもそういうところに行ったことないし。知識だってそんなないから!


 と、私の思考がぐちゃぐちゃになっている隙をつくようにして薊が身体をまさぐり始める。


「ちょ、っと……マジで?」


 そんな質問に薊は答えない。その代わりと言わんばかりに私の両胸を後ろから鷲掴みにして、


「あんなに女の子らしくない恰好をしていたけど、ここはしっかり女の子してるんじゃないか」


「ゃ……そりゃ……そう、ですけど……」


 ろくな抵抗も出来ないうちに、薊の手はゆっくりと胸を揉みしだいていく。


「形も良いし、張りもある。綺麗な胸だよ、さーちゃん」


「だか、ら……さーちゃん呼びはやめろって……」


 他に抵抗する事なんて山ほどあるはずなのに、真っ先に口に出せたのはそれだった。薊はそんな私の余裕のなさに付け入るようにして、手を動かし、


「ほら、どうだい?くーる……くーる……周りだけ触られていると、大事なところを触ってほしくならないかい?」


「なら……ないっ……」


 薊は揉みしだいていた手を離し、乳首の周りをくるくると縁を描くようにして人差し指でなぞりだす。時に近くを通り、時に遠くを通るその軌道は、絶対乳首そのものには触れてこない。だけど、それが逆に乳首を強く意識することになっちゃって、ずっと悶々とする。だけど、薊は絶対に触ってくれない。


  やがて指の動きをぴたりと止めて、


「さて、どうしようか?」


「なに…………が?」


「五月も苦しそうだし、ここからは普通に体を洗うか。それとも、ちゃんと最後まで“最後”までやるか。どっちがいいかと思ってね」


「あ…………」


言葉の意味なんて大して違わない。少なくとも表面上は。


だけど、前者を選んでしまったら、薊は二度と乳首には……いや、胸にすらさわってくれないと思う。それが“最後”の意味。


 どっちがいいかなんて考えるまでもない。正直凄く悔しいけど、ここで放置されるのはつらい。だけど、それを素直に認めるのはもっとしゃくだ。だから、


「まあ、別に?薊が最後までやりたいって言うなら?やるといいんじゃない?」


 と、なんとも煮え切らない返事をした。それを聞いた薊は優しく微笑み、


「ふっ……まあそれでよしとしよう」


 と言いきり、


「あっ……!」


 ずっと触れてこなかった箇所に触れてきた。散々存在だけは意識させられた挙句お預けを食らっていたそれはすっかり敏感になってしまっていた。薊は耳元で囁くようにして、


「ここ。完全に勃ってるね。意識しちゃってたのかな?」


「そ、そんなこと……んぁっ……」


 否定しようとすると、強めにつねられる。最早逃げ出すことなんてできやしない。


「良いんだよ。私に全部委ねてごらん。気持ちよくしてあげるからね……」


「身体……洗うだけ……だろ」


 言葉だけは必死に抵抗する。けれど身体はもう、抵抗する力など残っていない。薊の力が強いだけなのか、それとも私の意思が弱いのか。その両方か。それは分からない。だけど、


「大丈夫。身体“も”洗ってあげるからね……」


 そんな風に耳元で囁かれた私の頭は、そんなことを考えるほどの体力は残っていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る