第7話 I`ll carry on.

 計器の画面以外、白で埋め尽くされた船内で僕達は横一列に座っていた。

「何も今から行くところと同じ色にする必要はないんじゃないか、って俺はいつも思うんだが」

 隣に座る大男が身をよじりながらぼやく。狭い船内で窮屈かつ退屈なのは分かるが、こう何度も事あるごとに同じ話を繰り返されると辟易とする。カイルは気のいいやつだが、一度ウケた話を気に入って何度もするのだけが悪癖だ。

 僕はため息を一つ吐いて無視する事にする。しかし左隣の男は持ち前の神経質な性格からそうもいかなかったようだ。宇宙服の状態を改めて確認しながらカイルの無駄話に律儀に返答する。

「ならそれをデザイナーや整備班に言えばいいんじゃないか?」

「馬鹿言えリュウ、こいつにかけられた金額を見て同じ事言えるほど肝っ玉座ってねぇんだよ、俺は」

「分かっているならなぜその話をそう何度もする?」

 りゅうのヘルメットの中の眼鏡のツルが光を反射する。

 二人がすぐに収まる程度の口論をするのはいつも通りだが、何も今じゃなくていいだろう。僕はもう一度深く息を吐き、片手をあげて制止する。

「カイル、その話はまた後で、叶うなら計画が終わって全員が家に帰った後に一人でやってくれ。劉、この馬鹿にそう律儀につきあってるとお前が疲れるぞ」

「おいなんだよスバル、俺は馬鹿でこいつは律儀って。差別だぜ差別、人類の未来を輝かしいものにするための一歩であるロケットの中で差別が行われていやがる」

「そういう台詞はご自慢の馬鹿みたいな排気量の単車を売って、一度でも人類の未来を真剣に憂いてから言え」

 僕は前を向いたまま適当にいなす。さっきから船内に流れている管制塔の無線があらゆるチェックを終了した事を知らせる。

「けど気にならねぇか? なんだって真っ白まっさらの月に行くって言うのに、それと同じ色で船内を塗るんだよ。デザイナーは一体どんな神経してんだってな」

 どうも今日のカイルはいつも以上にしつこい。僕は適当にあしらい続けるよりはっきり答えて議論を終わらせた方がマシだと考えた。

「ならないよ、だって月はまだまだ途中なんだから」

 そうだ。僕は月だけじゃない。未知の惑星へ、太陽系の外へ行くんだ。

 ギュッと握りしめられた左手を開く。そこには赤いリボンがあった。

 先輩はかつて、吸血鬼は何も遺せないどん詰まりの種だと言ったけれど。

 僕の胸には、先輩が抱いた夢がしっかりと受け継がれている。

「宇宙はいまだ人外未知の、いまだ経験した事のない可能性に満ちた事象の宝庫だ。その事を想えば、退屈なんてしている暇はないよ」

 カイルは違いねぇ、と笑い、椅子に深く座りなおす。劉も唇の端を歪めていた。

 ──カウントダウンが始まる。

 あれから、十年と少しが経った。

 中々濃い体験をしてきたと自負しているけれど、それでも、今の僕は先輩と過ごしたあの数か月と一夜で出来ている。

 憧れに溺れていると、誰かが言うかもしれない。

 思い出にとりつかれていると、誰かが指摘するかもしれない。

 本当にそれでよかったのかと、誰かが糾弾するかもしれない。

 これまで、僕はそれにはっきりと答える事ができた。けれど少し、ほんの少しだけ、この瞬間に至っても僕はそう在れるかと、不安に思っていた事も事実だ。

 そして今、僕は胸を張って言える。

 僕は今、僕の、僕だけの思いを抱いてここにいる。

 ──カウントダウンが進む。

 先輩に月の形を教えてもらったあの日、僕はその向こう側に想いを馳せた。

 先輩に地上よりも少しだけ空に近い場所につれて行ってもらったあの日、僕はこの広い空を端から端まで旅したいと夢想した。

 先輩がロケットを打ち上げたあの日、僕は宇宙の果てのさらにその先を望んだ。

きっかけは先輩だったけれど、それでもここに至るまで諦めずにいられたのは、僕が僕を信じ続けたからだ。

 僕は僕で良いと、信じ続けたからだ。

 ──カウントダウンがゼロを告げる。

 それまで導としてきた三十八万四千四百㎞先の天体にたどり着いた人類がその先を目指すように。

 僕は先輩が照らしてくれた道を歩み、そこから先を全力で走っていく。

 ここまでは先輩の夢見た景色と一緒かもしれないけれど。

 ここからは、僕が紐解く世界だ。

 僕はこれから、月へ行く。未知の惑星に行く。太陽系の外に行く。世界の外に行く。そして、そしていつか。

「いつか、きっと」

 あの日風に吹かれて消えていった灰の辿り着いた場所へ。朝日の向こう側へ。

 出会いと別れの向こう側へ。

「辿り着いてみせるよ」

 僕達は想像以上の世界へ、飛び立っていく。

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LAY YOUR HANDS ON ME 茂木英世 @hy11032011

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