第42話 絢斗と御手洗と雨

 先日はよく寝たので体の調子は良くなっていた。

 翌日も雨模様で、傘をさしてバイト先に向かうもコンビニ前で立ち止まってしまう。


「…………」


 笑顔で接客をしている御手洗の姿。

 大勢の男性客が並んでいるのが見える。


 調子は良くなったが気分が重い。

 なんだか会いづらいな……

 だがバイトはしなければいけない。


 俺は自分の顔を叩いてコンビニへ入る。


「あ、お疲れ様っす!」

「お、お疲れ……」


 男性客に向けるよりもさらに笑顔を見せる御手洗。

 その愛らしさにドキッとする俺。

 俺はそそくさとバックヤードに入り着替えを済ませる。


「…………」


 あまり変化は見られない。

 もしかして、あの告白は俺の勘違いだったのか?

 こう、先輩として俺のことが好きだったとか……

 あ、そう考えたらなんだか恥ずかしくなってきたな。


 しかしそんなことないよな、なんて思いながらバイトを開始し、彼女の手伝いに回る。


「冷蔵庫の方頼む」

「はい。じゃあレジよろしくっす」


 御手洗とレジを変わると、男性客たちは舌打ちしたり、俺を睨んだりして店を出て行ってしまう。

 分かってはいたけど御手洗目当てだったんだな。

 普通に買い物しに来い、買い物をしに。


「いつもありがとうございます、先輩」

「ん……」


 冷蔵庫に入っていた御手洗は、体をさすりながら俺に礼を言ってくる。

 俺は少し気まずさを感じており、彼女を直視できないでいた。


「あ、もしかして気にしてるんすか、昨日のこと」

「そりゃ気にするだろ。お前みたいな可愛い奴に告白されて気にしない男なんているかよ」


 御手洗は顔を赤くして焦り気味で言う。


「せ、先輩……不意打ちズルいっす」

「いや、俺は事実を言っただけだ」


 御手洗は俺の隣に立ち、ホットショーケースの中にある商品を確認する。


「先輩ってvtuberオタクで無愛想で、女心を全く分かっていない鈍感野郎っすよね」

「う……」


 なんでそんなこと言うの?

 俺のこと好きだったんじゃないの?


「でも、いつも助けてくれてそうやって不意打ちもしてくるし、気が付いたら好きになってたんすよね」

「はぁ……」

「好きになったのは仕方ないっすよね。本当に好きなことに理由って必要無いじゃないっすか。だからなんで好きかって言われたら答えられないっすけど、とにかく先輩のことが好きなんすよ」


 御手洗は唐揚げを揚げ始めながら、真剣な顔で続ける。


「だから、春夏冬さんにも水卜さんにも負けたくないんす。自分は本気で先輩のことが好きっすから」

「御手洗……」


 彼女の真摯な気持ちに心が揺らぐ。

 まだ誰が好きか分からないけれど、御手洗でもいいかと思うぐらいに心が揺らいでいる。

 でも、そんな適当に選んだら彼女に悪い。皆に悪い。

 

 だから俺は悩まなければいけないんだ。

 どんな結末になろうとも、悩んで答えを出さなければいけない。

 だからこれだけ真剣に想いを向けてくれている御手洗……そして春夏冬と水卜に対して誠実さをもってあたらなければならないんだ。


「一応、期待しておきますね。負けるつもりは全然ないっすから」

「ああ。分かったよ」


 御手洗はとびっきりの笑顔を俺に向け、そしていつも通りの彼女に戻った。


 ◇◇◇◇◇◇◇ 


 バイトの時間が終わり外はもう真っ暗だった。

 雨は止んでいるが少し寂し気のある空。

 まるでぽつんと一人世界に取り残されたような感覚。


 だが振り向くとコンビニに人はいるし、車は走っているしそんなことは一切ないのだと認識できる。


 春夏冬と御手洗、そして水卜のことを考えながら夜道を歩く。

 

 御手洗は後輩でずっと笑顔で隣にいてくれて。

 気を使わないいい奴だ。


 水卜は中学の時の初恋の人。色々あったけど今は悪意もなにも感じていない。

 むしろ好意を抱いているほどだ。


 春夏冬は同じ高校の同級生で、周囲も明るくするほどでまさに陽キャの頂点に君臨するような奴。

 ギャルなんて嫌いだったからあまり意識することもなかったけれど……常に俺のことを気にしててくれて、優しいと思う……

 それに、彼女がアキちゃんで……


 ああ。

 考えれば考えるほどに難しい。

 全員良い奴だし全員と付き合ってもいいと思う。


 だけど全員とは付き合うわけにはいかない。

 だれか一人を選ばなければいけないんだ。


 あるいは……誰も選ばないという選択肢もある。

 それはそれで楽だろうけれど、しかしそんな選択をするつもりはない。

 そんなの逃げてるだけだ。

 これまでの自分と同じだ。


 寂しいなんて感じたことはないけれど、人は一人では生きていけない。

 一人で生きていたつもりだったけれど、いつも誰かに支えられたり力になってもらったりしているんだ。


 だからこれは俺の新しい一歩。

 他人の誰かと向き合うチャンスなんだ。

 

 俺は三人の中から選ばなければいけない。


 一番、一緒にいたい人を。

 一番、好きな人を。


 難しいかも知れないが、一番を選択しないといけないんだ。

 

 雨がまた降り出し、俺は傘をさして空を見つめる。

 世界に一人取り残されたように思えるけれど、俺は一人ではないのだ。

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