第41話 絢斗と春夏冬と保健室

 昨日に続き、二日連続で寝付けなかった俺。

 フラフラの状態で学校へ向かう。

 

「おい、あいつ顔色ヤバくないか?」

「え……ゾンビ!?」


 通学路を歩く俺を見て酷いことを言う女子がいる。

 だがそんなことに反応する気力も湧いてこない。


 今は名前も知らない女子なんかより、春夏冬たちのことだ。


 水卜に続き春夏冬が俺のことが好きだということを知ってしまった。

 そしてその上、御手洗までもが……

 

 あ、もしかしてドッキリ企画とか? 

 俺はカメラを探すため、周囲に視線を向ける。


「ど、どうしたんだあいつ……顔色だけじゃなくてマジでヤバい気がすんだけど」

「放っておけ……危険な奴には近づかない方がいい」


 相変わらず周囲の連中が騒いでいるようだがどうでもいい。

 カメラが無いことを確認した俺は、再び学校へ向かって歩き出した。


 天気はよろしくなく、ポツリポツリと雨が降り出す。

 しかし俺は別段雨を気にすることなく、普通に歩いていた。

 正確に言えば走る気力がないというのが正しいのだけれど。

 

 学校に到着すると、俺はずぶ濡れになっていた。

 だが俺を気にする者は誰もいない。

 まぁぼっちだし、そうだろうさ。

 俺自身もそんなこと気にしていないしどうでもいいのだ。


 だが教室に入ると、一人の女子がギョッとして俺に駆け寄ってくる。


「お、おはよう高橋……メッチャ濡れてるじゃん」

「あ、ああ……おはよう」


 春夏冬が持っていたハンカチで俺の顔を拭いてくれる。

 そのハンカチからか、はたまた春夏冬からかどちらか分からないがいい香りがしていた。


「…………」

「あ、あのさ……その」

「え?」

「私の気持ち……分かってるんだよね」

「あ、ああ……」


 顔を赤くしている春夏冬の額から、ブワッと汗が噴き出す。


「…………」

「…………」


 また三人のことを思考しなければいけないのか……

 限界にきていた俺の頭が、とうとう煙を上げてしまう。

 フッと意識を失い、俺はその場に倒れてしまった。


「た、高橋!?」


 春夏冬の……アキちゃんの可愛い声が俺の名を呼ぶ。

 幸せだけどもう起き上がることもできそうにない。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇


「…………」


 気が付くと俺は保健室のベッドで横になっていた。

 外を見ると、すでに夕方になっているようだった。

 どれだけ寝てるんだよ俺……

 って、完徹二日となればそれぐらい寝てもおかしくはないか。


「目、覚めたみたいね」

「……春夏冬」


 春夏冬がベッドの横に置いてある椅子に座りながら携帯をいじっていた。


「御手洗ちゃんには連絡入れておいたから。今日休むって」

「……バイトを休むわけにはいかない」

「なんで?」

「なんでって……アキちゃんに投げ銭しなければいけないからだ」

「だったら休んで! そ、そんなことしなくていいから……」


 春夏冬は呆れた表情で続ける。


「ハ、ハイブリッヂさんとしての君にも言ったけれど……無茶はしないでよね。全額投資してるとか言ってたけど、今日から投げ銭は禁止」

「な、投げ銭禁止なんて……俺はこれから何を糧にバイトをすればいいんだ……」

「いや、投げ銭が糧ならバイト辞めたら?」

「…………」


 春夏冬の言う通りかもしれない。

 投げ銭をする必要がないのならバイトをする必要もない。

 だがしかし、そうなれば俺の存在意義も霞むという事実もある。

 となればどうすればいいのだろうか。


 そんな俺の思考を読んだのか、春夏冬は苦笑いを浮かべていた。


「そんなにアキちゃんにお金投資したかったらさ……私に何か奢ってよ。例えばネズミ―ランドとか、映画とかさ……お金の使い道は色々あるわけで」

「お金の使い道は色々あるが、アキちゃんに全額投資するのが俺の生き甲斐なんだよ」

「そのアキちゃんが……私なんだよ? だったら私を喜ばせてくれたらさ、それがアレキサンドロス・アキを喜ばすのと同意義じゃない」


 春夏冬は正しいことばかりを言う。

 俺は納得してばかりだった。


「そうだよな……それが一番なのかもしれないな」

「だからさ……その、一番嬉しいのはさ」

「うん」

「私と……付き合ってくれたら……ね。嬉しい。お金なんかよりよっぽど嬉しいよ」

「そうか……」


 そりゃそうだよな……好きってことはそういうことだよな。


「でも……俺にはまだ考えないことがいけないことがあるんだ」

「考えないといけないこと?」

「ああ。水卜のこともそうだし、御手洗のこともそうだ」

「み、御手洗ちゃんの気持ち知ってるの?」

「ああ。昨日聞いた。全く、驚きの連続だよ。まさか御手洗までもが俺に惚れてるなんてさ。でもお前もそうだけど、なんで俺なんだ? 俺なんてぼっちで何も良いところなんてないだろ?」


 春夏冬は照れた様子で語りだした。


「高橋ってさ……最初に会った時もそうだけど、優しいじゃん」

「優しい? 俺が?」


 そもそも春夏冬と初めて会ったのはいつだったのだろうか。

 全く記憶にないぞ。


「ほら、去年の夏にさ、私がここに転校して来て……どこに行けばいいのか困ってる時に全部説明してくれたし、案内してくれたじゃん?」

「ああ……そんなこともあったな」


 そう言えばそうだったような気がする。

 困っていた女子生徒を助けた記憶はあるが……あれって春夏冬だったんだな。

 今と印象が違って、もう少し暗い印象だったからあれが春夏冬だったとは知らなかった。


「それに何かあることに誰かを助けてさ……水卜ちゃんの時もそうだったでしょ? 自分の危険を顧みずに人を助けて……気が付いたらそういうところ好きになっててさ……って、何言わせんのよ!」


 赤面する春夏冬。

 俺はそんな彼女を見て、妙にときめいていた。

 これってどういう感情なのだろうか…… 

 嫌いってことは絶対無いが……アキちゃんに対しての感情なのかどうかが判別できない。


 彼女が俺のことを好きだって言ってくれて裏しいけれど……

 俺はいまだに答えを出せないでいた。


 夕焼け色に染まる春夏冬を見て、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになっていたのだ。

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