第19話 絢斗と絵麻と学校での時間③

 午後の授業は完全に眠っていた。

 夢の中でアキちゃんの歌が聞けたなら……そんな淡い願いを抱き俺は眠っていた。

 本当はただ眠たかっただけです、はい。


 授業の終わりを告げるチャイムの音を聞き、一気に覚醒する。

 あくびをしながら帰る準備をさっさと済ませ、さっさと教室を出て行く……はずだったのだが。


「ちょっと高橋。掃除当番っしょ」

「……そうだった」


 春夏冬に呼び止められ、俺は肩を落としてカバンを自分の机に置く。

 掃除用具を手に取り、怠い体で室内の掃除を始める。


 教室の中を掃除する人数は五人。

 もう一人廊下を掃除をする人がおり、計六人で掃除をしていた。

 できるなら廊下の掃除は俺がしたいんですが……

 だって俺以外はぼっちじゃないでしょ。

 そんな時は黙って廊下掃除を譲ってほしいものだ。

 廊下を担当している奴は、他の学友と半分遊びながら掃除をしている。

 そんな遊んでる暇があったら、教室の中まで掃除しろよ。

 そうしたら俺は掃除に参加しなくていいのに。

 なんて自分のことばかり考える俺がいる。


「ねえ、高橋って友達いないけど、普段は何してるのかな?」

「さ、さあ……」

「どうせ家で一人寂しく過ごしてんだよ。察してやれよ」


 春夏冬を中心に、陽キャグループが俺の陰口をしている……

 それで聞こえてないと思ってるのかよ。

 お前ら声がでかすぎるんだよ、筒抜けも筒抜けだぞ。


 春夏冬は曖昧な返事をしているが……どっちにしても俺は反応しない。

 こういう奴らには反応したら負けだ。

 反応するから面白がって、それでしつこく仕掛けてくるものなのだ。

 と言っても、俺を挑発しているわけではないようだけど。

 本当に俺には聞こえてないと考えているようだ。


「そ、それよか、駅前のクレープ食べた?」

「ああ。新しい店? まだ食べてないんだよねぇ。後で一緒に行く?」

「うん。いいよ」

「やったー。絵麻とクレープだ。絵麻って忙しいからあんまり構ってくれないから」

「構うって……別に私抜きで遊べばいいじゃん」


 春夏冬と一緒に行動できることを喜ぶ女子たち。

 春夏冬たちの掃除が終わるのを待っている者たちも一緒に大騒ぎしている。

 そんなに友達と遊ぶのが楽しいのかよ。

 一人の楽しさを知っている俺は心の中でほくそ笑む。

 皆と遊ぶより、アキちゃんの動画見てた方が有意義だぞ。

 お勧めするから見てみなさい。


 しかし……俺以外はベチャクチャ話をしながら掃除をするものだから、作業が中々進まない。

 お前ら、これがコンビニのバイトだったら怒鳴るところだぞ。

 店長が。

 誰にも怒鳴ることができない俺は、黙々と掃除を続けた。

 自分は自分の分をやったとしても、謎の連帯責任みないな物が発動するからな。

 一人帰るようなことをすれば、非難轟々。

 友達が一人もいない俺はすさまじい言葉の暴力を受けることになるだろう。

 

 ならば最後まで付き合うしかない、というのところに帰結させるのがごく自然な思考であろう。

 やっぱ面倒くせえな、人付き合いは。


 春夏冬たちは会話をしながらダラダラと掃除を続ける。

 俺は早く帰るために回りよりきびきび動いていた。

 その甲斐あってか、思ってたよりは早めに掃除が終わる。


 掃除道具をしまい、さっさと帰るとカバンを手に取る……が。


「なあ、ゴミ出し誰が行く?」

「あー……じゃんけんで決める?」


 今日はよくゴミが溜まっていたらしく、誰かが捨てに行かなければならないようだ。

 昨日のうちに誰か捨てておけよと思うが、我先にとゴミ捨てをするような人はいないだろう。

 俺だって嫌だ。


 春夏冬がじゃんけんという提案をしたことにより、彼女のもとに素直に人が集まる。

 彼女の容姿にヘラヘラしている奴らもいるが……この流れは俺も参加せざるを得まい。

 まぁじゃんけんで勝てばいいだけのこと。

 そうすれば無罪放免。

 すぐにでも帰ることは許される。


「じゃんけん――」

「ぽん」


 六人によるじゃんけん……

 結果は俺と春夏冬が負けてしまった。

 何故負けてしまう、俺?

 こういう場合はだいたいグーを出せば勝てるという論文まであるというのに……まぁ論文は嘘だけど。

 しかし、高確率で勝てるという情報は間違いないはずだ。

 なのにグーを出して負けてしまった。


 だが、だがである。

 まだ勝負は終わっていない。

 ここで春夏冬に勝てば、俺はこのまま帰宅を許されるのだ。


「じゃんけん――」

「ね、ねえ」

「え?」

「私一人じゃこの量重たいからさ……一緒にゴミ出し行かない?」

「…………」


 こいつ……なんてことを言いやがる。

 少し頬を染めて……そう言えば男なら誰でも行くとでも思っているのか?

 俺は違うね。

 俺は断ることができる男だ。


 さあ、そうとなれば断るとしよう。

 と言いたいところだが、まぁ周囲の目が痛い。

 『お前行けよ』とか『俺が行きたい』なんて視線を感じる。

 だったら代わりにお前が行けよと言いたいところだが、この流れ的に断ることは不可能だな……


「わ、分かったよ。一緒に行くか」

「うん」


 ちょっぴり嬉しそうな春夏冬。

 そんなにゴミ出しが楽しいなら、一緒に行って楽しい奴と行けよな。

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