第18話 絢斗と絵麻と学校での時間②

「あれ? 高橋こんなところにいたんだ」

「…………」


 偶然か……春夏冬は俺の顔を見て意外そうな顔をしていた。

 しかし普段ここには人が来ないというのに、なんで来るんだよ。

 俺は一人でいたいというのに。


「……ねえ、何聞いてるの?」

「アキちゃんの歌」

「うっ……」


 俺が何を聞いているのか気になったのか、春夏冬はそう聞いてきたが、アキちゃんの歌を聞いていると言うなり彼女は頬を染め少し困惑している様子。

 さては、彼女の素晴らしい歌声に戸惑っているんだな……

 ならば存分にアキちゃんの歌声を聞かせてやることにしよう。

 これは布教のチャンスなのだ。


「お前にも聞かせてやるからこっち来いよ」

「うえっ!? き、聞かせてくれるの……?」

「ああ。いい歌だぞ」


 俺はイヤホンを片方外し、彼女の方に差し出す。

 春夏冬は歌を聞けることに喜んでいるのか、なんだか嬉しそうな顔をしていた。

 だが同時に聞きたくはない……そんな風にも見える。

 これはアキちゃんの歌を聞きたいんだけど聞くことによってハマるのが怖い。

 そんなところだろう。

 なんだよ、結構可愛いところがあるじゃないか。

 

 俺はそこで強引に彼女を引き寄せる。


「えええっ!? な、なにすんねん……?」


 どうすべきか迷っている春夏冬を、アキちゃんという素晴らしい世界にどっぷり浸かってもらうため、俺は隣に彼女を座らせる。

 真っ赤な顔をした春夏冬は俺を睨んでいるが、俺はそのまま彼女の耳にイヤホンをねじ込んだ。

 素直じゃない奴。

 聞きたいなら聞けばいいじゃないか。


「あの、あの……えっと……」


 俺は音楽を最初から再生し、春夏冬に歌を聞かせることにした。

 そして弁当を食べながら曲の説明をする。


「これは京都の夜に駆ける。人気作曲者とのコラボ曲だ。ダウンロードでも大人気の一曲なんだぞ」

「そそそ、そうなんだ……」

「いい曲だろ」

「う、うん」


 俺の隣で座る春夏冬は、完全にパニック状態。

 汗をかき全身を震わせ、恥ずかしさに顔を染めている。

 何がそんなに恥ずかしいんだ、こいつ。

 そんなにガチガチになるようなことあるか?


「…………」


 海苔を口にしながら、俺は一つの答えに辿り着く。

 そうか……俺という陰キャと一緒にいるのが恥ずかしいのか。

 それは悪いことをしたな。

 さっさと解放してやるか……と優しい男ならここで彼女をリリースするところだろうが、俺には使命がある。

 俺はアキちゃんの魅力を伝えることに全力を出すと決めているのだ。

 このまま彼女の奇跡のような歌声にしびれてろ。


「い、いい歌じゃん」

「だろ? そうだろ? そう思うだろ? そうなんだよ。アキちゃんはいい歌を歌うんだよ。普段はおっとりしてるのに、歌を歌う時は人が変わったように歌うんだ。しっかりとした態度と声、芯が声にも背筋に通っていて聞く人を引き付ける。本当に素晴らしい歌い手だ」

「…………」


 今度はキョトンとする春夏冬。

 ダメだ……こいつの考えが全く読めない。

 どんな感情なんだよ、こいつは。


「……そう言ってもらえたら嬉しいわ」

「は? なんでお前が嬉しいんだ?」

「え、あ、いや、違くて……嬉しいだろうなって、このアキちゃん? ってのがさ」

「ああ、なるほど。喜んでくれるのなら本望だ。彼女が喜んでくれるというのなら、俺は一晩中でもそう言い続ける」

「大袈裟だね」

「大袈裟でもなんでもない。アキちゃんのためなら俺はなんだってする。俺は彼女に救われたんだからな」


 俺がそう言うと、春夏冬は興味深そうに身を乗り出して聞いてきた。


「な、何があったの? この子に救われたって……何に救われたの?」

「…………」


 春夏冬の問いに、俺はふとあいつ・・・のことを思い出す。

 ぐつぐつと怒りが湧き上がり、怨嗟の炎が揺れめく。

 ああ、今思い出すだけでも怒り狂いそうだ……いまだにあいつのことを許すことはできない。


「話すほどのことでもない」

「ええ? いいじゃん。教えてよ」

「話したくなんだよ。このことは聞かないでくれ」

「……分かった」


 つまらなそうな顔をする春夏冬。

 しかしアキちゃんの歌を聞いているうちに、彼女は鼻歌を口ずさみ出した。


「……春夏冬、この歌知ってるのか?」

「えええっ!? し、知らない! 知らないよ?」

「だったらなんで鼻歌を……?」

「あはは……どこかで聞いたことあるの……かな?」


 大いに戸惑う春夏冬。

 俺は怪訝に思い、彼女の顔を覗き込んだ。

 するとみるみるうちに彼女の顔が赤く染まっていく。

 まるで茹でられたタコだ。

  

「そういやお前、アキちゃんとちょっと声が似てるような気が――」


 春夏冬は突然イヤホンを外し、バッと俺から離れる。


「な、なな、何言ってんねん! そんなわけあれへんわ!」


 彼女は目を泳がせながらそう言うと、さっさとこの場を離れて行ってしまった。

 アキちゃんに似てるとか、誇ってもいいというのに……何照れてるんだよ。


 俺は両耳にイヤホンをさし直し、アキちゃんの声を存分に堪能する。

 こうして最高の一人の時間を堪能し、残す午後の授業に備えるのであった。

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