第5話 絢斗と絵麻とメッセージ①

 バイトの終わりにアキちゃんのライブ放送がある時は疲れが吹き飛ぶ。

 暗い時間が明るく照らされる。

 まさに太陽のような存在。

 それがアレクサンドロス・アキである。


『今日は歌歌うなぁ。聞いとってやぁ』


 その一言に喜びは天井を突き抜け、宇宙まで駆け上がる。

 本日の生配信は歌枠だ。

 アキちゃんの生歌が聞けるとは……今日は間違いなく吉日であろう。


 俺はベッドで正座をし、目を閉じアキちゃんの歌に集中する。

 流れ始める彼女の歌声……うん。控えめに言って天使。

 大袈裟に言えば神の声。

 気が付けば俺は涙を流していたね。


「こんな時こそ感謝の投げ銭。ここで投げなければ俺じゃない」


 俺は迷うことなく投げ銭をした。

 その額、一万円。

 先日はあまり投げ銭をすることができなかったので、今日まとめて想いを金額にしてぶつけるのだ。


『感動いたしました。これは私からのせめてものお礼でございます』


 すでに大勢のリスナーたちが投げ銭をしており、俺のスーパーチャットは流星の如く画面から消え去ってしまう。

 その間、およそ五秒。

 誰が投げたのかも分からないレベルである。

 アキちゃんにも気づかれていないのだろうけど、まぁそれはいい。

 彼女に気づかれる気づかれないじゃない。

 これはお布施や賽銭にお金を入れるようなものだ。

 俺が感謝の念を抱いているかどうか。

 それが重要でそれ以外のことはどうでもいい。

 そうただ俺は想いを込めるのみである。


 涙を流しながら彼女の歌声を聞き、感動に身を震わせる。

 アキちゃんには歌を何曲も歌っていただいて、なんとも言葉で言い表すことができない程の濃く素晴らしい時間を体験した。

 一万円以上を投げることは出来なかったが、これが一万円なら安い物だ。

 海外アーティストのライブなんてもっとするしな。

 それが家の中で一歩も動かずに聞けるなんて、感激の極み。

 良い時代に生まれたと俺は神に感謝する。

 ありがとう、良い時代に生まれ落としてくれて。

 ありがとう、アキちゃんというかけがえのない存在に合わせてくれて!

 俺はベランダの窓を開け、天に向かって両手をギュッと握り締める。


「……さ。寝るか」


 究極とも言える時間を過ごした後の睡眠。

 寝付けもいいし、気分も最高。

 寝て起きたら疲れなど一切見当たらない。

 これがアキちゃんの凄いところだ。

 俺から疲れを全て取り除いてくれるのだ。


「いただきます」


 母親が焼いてくれたパンを食べ、コーヒーを飲む。

 今日は月曜日。

 また学校に行かねばならない。

 学校がなければもっとバイトに時間を費やすというのに……


 小食を食べるとさっさと着替えを済ませ、ゆっくりと家を出る。

 空には眩い太陽が浮かんでおり、雲も数えるほどしかない快晴であった。

 この太陽をアキちゃんも見ているのだろうか……そう考えるだけで心が躍る。

 俺はスキップをしながらマンションの階段を駆け下りた。


 自転車にまたがり学校へ向けて走らせる。

 親から学校の定期代をもらっているが……それは全てアキちゃんに捧げてしまった。

 俺は出来る限りアキちゃんに投げ銭をするために、ありとあらゆる節約をしているのだ。

 愛しい人のために男が身を削って金を捻出するなんて……

 これは出来る男を名乗ってもいいのではなかろうか?

 ダメですよね。ええ。分かってるさ。

 だけど後悔は一切していない。

 むしろ自分が誇らしい。

 俺は間違っちゃいない。正しいことをしているのだ。

 胸の熱さがそう訴えかけている。

 後、そう考えないとおかしくなってしまいそうな自分がいることは内緒にしておきたい。


 学校は愛も変わらずうるさい空間となっていた。

 文句を言うつもりもないが、もう少し静かにできないものだろうか。

 俺は一人ため息をつき、教室に向かう。

 

 教室に入ると春夏冬がすでに陽キャの連中と会話をしているようだった。

 俺は彼女の隣の席につき、携帯を鞄にしまおうとポケットから取り出す。

 すると丁度そのタイミングでアキちゃんからメッセージが届いた。

 俺は踊り出したい気持ちを押さえ、鼻息を荒くしてメッセージを読む。


『告白アカンかったわ。全然伝わらんかったみたい』

「…………」


 俺は殺意を覚えたね。

 アキちゃんの告白に気づかない愚か者はどこのどいつだ?

 相手が分かれば今すぐにでも打ち首にしてやるところなのに……


『伝わらなかったのは残念です。でも諦めなければチャンスはまた訪れますよ』


 俺はそうメッセージを書き、送信する。

 すると隣で春夏冬の携帯の音が鳴った。


 彼女は携帯を取り出し、なんだか嬉しそうな顔をする。


「どうしたん絵麻? 男から?」

「う、ううん……そういうんじゃないんだけどね」

「何々? 彼氏できたとか?」

「出来てないって。ただの友達だよ」


 俺とは違い友達が多いようで。

 だが俺には唯一絶対神であるアキちゃんという方とメッセージのやりとりをしているのだ。

 数ではお前の勝ちかも知れんが、質では俺の圧倒的勝利。

 まぁ勝ち負けなんてないんだけどね。


 ピコンとまた携帯が音を立てる。

 またアキちゃんから連絡が来たのだろうと、俺は心を弾ませた。

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