第4話 絢斗と絵麻と月

「らっしゃっせー。しあわせー」


 土曜日の夜。

 この日もコンビニでアルバイト。

 御手洗がいるためか、普段より客が多い。

 皆お菓子一つやペットボトルのジュース一本など、適当な物を手にしてレジに並んでいる。

 この客単価の低さ、どう考えても御手洗狙いだよな。

 

 一応売り上げも上がるから店としてはいいんだろうけど……働いている身として、必要以上に忙しくなるのは勘弁だ。

 普通に忙しい分には文句などないのだが、こういう下心から忙しくなるのは少し頭にくる。

 てか、来るんじゃないよ。

 そんなに可愛い女の子と話がしたいならガールズバーにでも行け。

 行って酒飲みながら会話してこい。

 そしてほろ酔い気分でコンビニに寄れ。

 そしたら温かい目で接客してやるから。


 レジは二つあるというのに、皆が御手洗の方に並んでいる。

 仕方なく俺は商品を詰める役に徹しようと考えていたが……全員シールで済ませていた。

 そりゃ袋なんて必要無いよな。

 だって有料だし。

 買い物はちょっとだから手で持てるし。


「いらっしゃいませ」

「今日も綾香は可愛いな。で、今日の上りは何時ぐらいになるの? 俺外で待ってるからさ」

「いやー、お客さんとそういうのはダメだって言われてるんですよー」

「それ前にも言ってたよな。大丈夫。バレなきゃ大丈夫だから」


 そこそこいい男が余裕の表情で御手洗を口説いている。

 自分にも自信を持っているのだろう、髪をかき上げ、少しナルシズムを思わせる言動。

 しかしこんな場所でナンパなんかするんじゃない。

 迷惑なだけなんだから。


「いやー、でもやっぱ無理っすね」

「無理をなんとかするのが店員の仕事でしょ。客に言われたことは笑顔で――」

「お客様。これ以上迷惑行為を続ける陽でしたら、警察を呼ぶことになりますよ」

「……ちっ」


 俺に舌打ちをして男は去って行く。

 俺は嫌われるのは慣れているからどうとも思わないけど、そんなことばっかやってたら敵が増えるぞ、敵が。


「御手洗。ジュースの補充してきて」

「あ、うっす」


 御手洗をレジから離れさせると、客は蜘蛛の子を散らすように去っていってしまう。

 まぁ分かってたけど、やっぱり御手洗目的だったんだな。


 いきなり客がいなくなったことに俺はため息をつき、ボーッとレジで突っ立っていた。

 現在やることがなさ過ぎて暇で暇で仕方がない。

 俺はあくびをしながら、時計と睨めっこをしていた。


 すると店に来客が現れたので、俺は無意識にいつもの挨拶をする。


「らっしゃっせー」


 チラリと客の方を見ると……なんとそこには見知った顔があった。

 春夏冬絵麻……俺の同級生だ。

 ジャージ姿で登場した春夏冬は、チラリと俺の顔を見て、本の立ち読みを始めた。


 彼女は容姿に優れているので、外から春夏冬をチラチラ見ている男が多数いる。

 御手洗もずいぶんモテるけど、春夏冬も負けてないな。

 

「絢斗先輩、あの人のことずっと見てますけど知ってるんすか?」

「んん? ああ。ただの同級生だけどな」

「ふーん……メ、メチャ可愛いっすね、あの子」


 春夏冬をジロリと睨みながらそう言う御手洗。


「お前だって負けてないぐらい可愛いだろ」

「ふえっ!? ななな、なに言ってんすか! そ、そんなことないっすよ!」


 嬉しそうにバンバン俺の肩を叩く御手洗。

 可愛いなんて言われ慣れてるだろうに。

 そんなに嬉しかったのか?


「先輩もたまには気の利いたこと言えるんすね」

「気を利かせた記憶は皆無だけどな」

「でも結構嬉しかったすよ」

「そうか」


 俺は御手洗と淡々と会話をする。

 今日は何故か彼女はご機嫌で、楽しそうに喋っていた。

 まぁ機嫌がいいのはいいことだな。

 だけどこんなところで普通に話をしていたら、また男が寄って来るぞと俺は危惧していた。

 御手洗の所為で忙しくなるのはごめんだ。

 お願いだから裏に回っててくれというのが俺の本音であった。


「それでっすね……」


 御手洗は俺と会話をしている最中、春夏冬の方をチラリと見る。

 すると向こうもチラッとこちらの方に視線を向けていたようだが……俺が向こうを見ると相手は本に視線を戻していた。

 何か言いたいことでもあるのだろうか……

 

 御手洗はニヤリと笑い、俺の腕に手を回して胸を押し付けてきた。


「おい。何やってんだ」

「さっきのお礼っすよ」


 少し照れた様子の御手洗。

 なんのお礼なのだろうと俺は首を傾げる。

 すると俺の様子に気づいたのか、御手洗は説明をした。


「助けてくれたじゃないっすか。さっき」

「助けたって……ああ。あんなの当然だろ」

「その当然が嬉しいんすよ」

「そうなのか。まぁ分かったからさっさと離れてくれ。こんなことされても俺は嬉しくないぞ」


 胸は大変柔らこうございました。

 だが俺は三次元の女に興味は無い。

 胸は柔らかいが、それ以上の感情は全くといって感じなかった。


「…………」


 何やら春夏冬の方から刺さるような視線を感じると思い、彼女の方を見ると……春夏冬は俺たちを睨んでプルプルと身体を震わせているようだった。

 御手洗は勝ち誇ったような目で春夏冬を見ている。

 なんの戦いをしているんだ、こいつらは。


「ほら。早く離れて仕事しろ」

「はーい」


 御手洗は桃色の唇を尖らせて、裏の方に回る。


 また暇なレジの時間が訪れる。

 そう思っていたその時であった。


「あの……」

「いらっしゃいませ」


 コーヒーを手に持ち、レジにやって来る春夏冬。

 俺はマニュアル通りに彼女の対応をする。


「袋はどうしますか?」

「あ、お願い……します」


 レジに表示された値段を見て、春夏冬は携帯で会計を済ませた。

 俺はコーヒーを袋に詰め、彼女の手渡す。


「あの!」

「はい?」


 袋を受け取った春夏冬はモジモジして何も言わないまま俯く。

 なんなんだよ……この無駄な時間どうしてくれる。

 俺は仕事で忙しいというのに……って、暇だからどうでもいいんだけどね。


「あの……」

「…………」


 春夏冬が話し出すのを、俺は黙って待っていた。

 すると彼女は意を決したかのような表情を俺に向け、ぽつりと呟く。


「き、今日は月が綺麗だね……」

「…………」

 

 俺は唖然とし、赤い顔をする彼女の顔を見つめる。

 こいつ……本気で言っているのか。

 まさか……そんな言葉を俺に言うなんて……


「春夏冬」

「は、はい!」


 俺は彼女にこう言った。


「確かに綺麗だな」

「……?」


 ポカンとする春夏冬。

 こいつは多分……いや、絶対意味も分からず月が綺麗なんて言ったのであろう。

 こんなギャルがそんなこと分かるわけない。

 俺はそんな春夏冬に呆れつつも、相手に恥をかかせないよう、別の意味で「月が綺麗」という言葉に肯定しておいた。


「今日は雲も少ないし綺麗だな」

「……そ、そうやな! メッチャ綺麗やな!」


 春夏冬はいきなり叫び出し、顔を真っ赤にしてコンビニを後にした。

 

「ありがとうございましたー」


 そう言えば、春夏冬の京都弁って初めて聞いたな……

 なんだかちょっとアキちゃんの声に似てたような、そんな気がした。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 絵麻はコンビニから飛び出し、停めていた自転車にまたがり全力で走り出した。

 彼女の家はここから三十分もの距離がある。

 

 実はわざわざ彩人に会いにあのコンビニまで来ていたのだ。


「ハイブリッヂさん……全然伝わらんかったぁ!」


 絵麻は赤面し、うっすらと涙を浮かべながら大声で叫ぶ。

 周囲の人が彼女の方を見るが、絵麻は気にしない。


 アレクサンドロス・アキ――人気vtuberの中の人、それはこの美少女、春夏冬絵麻であったのだ。


 彼女は彩人のアドバイス通り、自分の想い人に想いを伝えに行ったのだが……その相手というのは、彩人であった。


 アキが絵麻だと知らない彩人。

 ビッグブリッヂが彩人だと知らない絵麻。

 互いの正体を知らない絵麻のファーストアタックは、彩人に一切意図が伝わらないまま終わりを告げる。


 絵麻は空に浮かぶ美しい月を睨みつけて叫んだ。


「月のアホー! 全然伝わらんやん!」


 絵麻の想いは伝わらなかったが――二人の物語はゆっくりと動き出す。

 

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