ゼロとアリス

放たれた銃弾がバリアに当たった瞬間。


パリーンッ!!


バリアにヒビが入り、音を立てながら砕け散った。


銃弾は止まる事なくアリスのハートに当たった。


バリッ!!


アリスのハートに大きな亀裂が入り、怪物とアリスが分断された。


「いや、いやよ!!」


空中に浮いたアリスは頭を乱暴に掻きながら叫んだ。


アリスの皮膚の色が黒と肌色が混ざり合った色をしていた。


「痛い…。痛いよ…。」


「アリス!!!」


ミハイルは慌ててアリスの元に向かおうとしたが、ヤオとジャックに止められていた。


「退けよ、ジャック。」


「退かねーよミハイル。」


ジャックとミハイルはお互いから目を離さなかった。


「お前を行かせる訳にはいかねーよなぁ?」


Night mareはそう言って、魔法陣を書き出し中から剣を取り出した。


「足の1本ぐらい切り落としても良いだろ。」


「やめろ。」


Night mareの提案を拒否したのはジャックだった。


「何で?お前が止めるとは思ってなかったんだけど。情でも出て来た感じ?」


Night mareはジャックに嫌な言い方をして尋ねた。


「お前が情なんか、湧く筈がないだろ!?ジャックが好きだったアリスを、俺は異世界に飛ばしたんだぞ?!そんな俺を嫌いにならない訳がない。俺はお前に許して欲しいなんて思ってないんだからな。殺すならさっさと殺せよ。この世界もどうせ、もう壊れるんだから。」


ミハイルはそう言って、ジャックから視線を逸らした。


ジャックは拳を握りしめ、ミハイルの頬を思いっ切り殴った。


ゴンッ!!


鈍い音が耳に響いた。


突然の行動に驚いたNight mareは目を丸くした。


「いっつ…。何すんだよジャック。」


口に溜まった血を吐き出したミハイルは再びジャックを睨み付けた。


ジャックは乱暴な手付きでミハイルの胸元を掴んだ。


「俺がお前の事を恨んでないって言ったら嘘になる。でも、お前は誰かの為にここまで必死にやった事なんだろ。殺すのは簡単なんだよ。だけどな、お前は自分でこの世界を作った責任を取るべきだ

ろ。」


「っ!!お前に何が分かるんだよ!?」


ゴンッ!!


ミハイルは拳を強く握りしめた後、ジャックの頬を殴り付けた。


「ハッ、お前の気持ち?お前の気持ちってなんだよ。言ってみろよ!!」


ジャックは再びミハイルの頬を殴り付けた。


ゴンッ!!


「俺の欲しい物を全部、奪って行った癖に。俺と同じ境遇だったのに何で?何でお前ばっかり…。」


ミハイルはそう言って顔を歪ませた。


「何でアリスまで取るんだよ。」


ジャックはミハイルの顔を見て眉間にシワを寄せた。


ミハイルの顔が親に叱られたような子供の顔をしていた。


ジャックの横をすり抜けたNight mareの手がミハイルの首を掴んだ。


グググッ…。


「お前だけ悲劇の主人公だって?ふざけんなよ。ゼロはな、どんな思いで異世界で生活していたと思う?」


「ぐっ…。」


Night mareは更に手に力を加えた。


「ジャックを恨むのは勝手だけどな、関係のないゼロを巻き込んだお前は弱犬なんだよ。ジャックに挑む度胸がなかったお前は悲劇でも何でもねー。ただ、ジャックと戦うのを逃げただけだろ。」


「っ!?」


Night mareに確信を突かれたミハイルは言葉を失った。


「ゼロはあっちの世界で死ぬ思いを毎日して来たんだ。本来なら、こっちの世界で辛い思いをせずに生活が出来たんだよ。ゼロは感情を失しなわずに戦場で銃を構える必要なんてなかったんだ。俺は、ゼロを幸せにしたいんだよ。」


Night mareはそう言ってミハイルの首から手を離した。


「ゴホッ!!ゴホゴホ!!」


ミハイルは息を整えようとしていたが、咳が邪魔を

していた。


「お前はいずれにせよ死ぬんだ。アリスがジャックを選んだのはお前にない物に惹かれたんだろうよ。」


Night mareはミハイルを見下ろしながら呟いた。


「お、俺にない…物ってなんだよ。アリスは何に惹かれたと言うだよ。」


ミハイルはそう言ってNigh mareに尋ねた。


「"心が強い"所じゃねーの。お前は脆過ぎる。」


Night mareの言葉を聞いたミハイルは心を強く打たれた。


ミハイル自身も過去のトラウマの所為で心が弱くなっている事を自覚していた。


ミハイルは好意を持たれているか常に不安で、ジャックの人に媚びない所を羨ましく思っていた。


アリスと体を何度も重ねていたが、自分の事を本当に好きなのか不安に思っていた。


人を信じる事を怖がっているミハイルと、自分の道を行くジャックは正反対の性格だった。


だからアリスから見てジャックに惹かれるのも必然だったのかもしれない。


「アリスの事も信じてなかったんじゃねーのお前。」


Night mareはミハイルの心底に眠っていた感情を言葉に出した。


「うるさいうるさい!!!」


ミハイルはそう言って自分の耳を押さえた。


「だからいつもジャックにビビってたんだろ。」


「やめろ。」


「お前が呼んだアリスの事も信用してないのって何?本当にアリスの事を好きだったのか?」


「やめろ。」


「アリスに対するお前の感情は愛じゃねーよ。"依存"だろ。」


「やめてくれ!!!」


「っ!!」


ミハイルの大きな声を聞いたジャックの肩が少し揺れた。


「もう…やめてくれ。」


「また逃げるのかミハイル。」


ミハイルに声を掛けたのは、Night mareではなくジャックだった。


「アリスを信じてやれるのはお前しかいないんだろ?アリスはお前にまで捨てられるのか。」


「っ!?」


ジャックはミハイルの肩にソッと触れた。


「ミハイル、お前には"優しさ"があるだろ?俺にはない優しさが。アリスはその優しさに救われたんじゃねーの。」


「そ、そんなの…。分からない、分からない。アリスが本当にそう思ってるのか分からな…。」


ミハイルの言葉を遮るように白い光が空間を包んだ。


「な、なんだ!?この光は…。」


ジャックは目を細めがら光の放つ方向に目を向けた。


薄っら見えたのは女の影が2つだけ。


「もしかして…アリスとゼロ…なのか?」





ゼロside


光が放つ少し前ー


ジャックとミハイル達が言い合いをしている中、ゼ

ロは空中に浮いたアリスの元に向かっていた。


ボクだけでも空中に浮けるだろうか…。


そんな事を考えていると欠片になったCATとエースがボクに近寄って来た。


「アリスの所に行くのー?」


「それなら僕達が連れて行ってあげるよ。」


2人がそう言うと、ボクの体がフワッと浮いた。


「これは…?魔法か何かか?」


「ゼロを浮かせるだけなら僕とCATだけで出来るから。」


ボクの呟きにエースが答えた。


「そう…なのか?」


「そうそう。ほら、アリスが弱ってる内に殺しに行こーぜ。」


CATはそう言って、小さな光を放った。


アリスの近くまで飛ぶと、アリスの体から黒い粉が舞っていた。


「あの粉は?」


「あー、黒魔術を使った"代償"だよ。」


ボクの呟きにCATが答えた。


代償…って、ミハイルの体にあった黒い棘の事…か。


アリスも黒魔術を使った代償が体に出て来たと言う事か。


「世界が壊れる、世界が壊れる、世界が壊れる…。」


アリスは同じ言葉を繰り返しながら呟いていた。


「頭がイカれ始めたかー。」


「そりゃそうでしょー。黒魔術の代償は体の機能を停止させるんだから。アリスがイカれるのも時間の問題でしょ。」


CATとエースはアリスを見て冷たい会話をしていた。


アリスはこんな事を望んでいなかっただろうに…。


ボクはソッとアリスに近寄ろうとしたが、アリスが手を振り上げて来た。


パシッ。


反射的にアリスの手を掴んでいた。


ある程度の攻撃なら避けれるし、反射神経が過敏になっているからアリスの攻撃は止めれる。


「離して、離してよ!!!」


アリスはそう言って暴れ出した。


「アンタなんかに、アンタなんかにあたしの世界を壊されてたまるか!!!」


「お前の作った世界はもう、壊れ始めてるぞ。」


「うるさい!!ミハイルが何とかしてくれるわ!!いつもそうして来たんだから。」


ミハイルはアリスの尻拭いをしていた訳か。


アリスはミハイルの事を何とも思っていなかったのか?


「ミハイルはお前の玩具と言う事か。」


ボクがそう言うと、アリスが動きを止めた。


「玩具…?」


「そうだろ?アリスはミハイルに自分の尻拭いをさせる玩具だろ?」


「…たに。」


「?」


「アンタなんかに何が分かるの!?」


アリスはそう言って、掴まれていない方の手を振り上げて来た。


ボクは掴んでいた手をアリスの背中に回して、動きを止めた。


「痛いわね!?離しなさいよ!!!」


「アリスが暴れるから仕方ないだろ。」


「アンタがあたしの名前を呼ばないで!!ミハイルは玩具なんかじゃない!!」


「へぇ…、玩具とは思っていなかったのか。」


多少はミハイルの事を思っていたのか。


「偽物のアリスー?夢から覚める準備は出来た?」


「幸せな夢はここまでだ。偽物は舞台から降りるんだな。」


エースとCATはアリスの耳元で囁いた。


「あたしは…、貴方達に好かれてなかったの?」


「ゼロが本物のアリスなんだよ?それに君は自分の事ばかりでつまらない。」


「自分さえ良ければそれで良いんでしょ?充分に楽しんだんだからさ、もう良いでしょ?」


アリスの問いに2人は冷たく返事をする。


ボクの目の前で、アリスが世界から引き剥がされて行く瞬間が見えた。


この世界にアリスの味方はミハイルだけ。


この世界にアリスの居場所がなくなって行く。


「あたしは…、あたしはただ、幸せになりたかっただけよ。」


アリスの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。


そう、アリスはただ幸せになりたかっただけだ。


ボクと同じで…。


ボクはゆっくり瞳を閉じた。


いつから幸せを望まなくなった?


いつからボクは感情を捨てた?


誰もボクを救ってくれない。


誰もボクを好いてくれない。


ただ、ボクは幸せな生活をしたかっただけなのに。


「ヒック。」


小さな女の子の泣き声が聞こえて来た。


目を開けると幼少期のアリスが膝を抱えて泣いていた。


ボクとアリスだけの空間になっていた。


ここは…?


アリスのハートに触れたからこの現象が起きているのか…。


「1人ぼっちは嫌だよぉ…。」


そうだ。


ボクも教会に捨てられた時、そう思っていた。


「あたしは必要ないの?」


必要とされたくてギャングに入り、仲間達と夜の街を徘徊していた。


誰でも良いから側にいて欲しかった。


「あたしは…、あたしは…、幸せになっちゃいけないの?」


パンッ!!


戦場を彩るのは赤い血と銃弾。


ボクは泣きじゃくる敵兵の頭を撃ち抜いた。


そうしないと生きて行けなかったから。


そうしないと褒めて貰えなかったから。


戦場で役に立たないと捨てられるから。


ボクの居場所はここしかないと思ったから。


だから、ボクは戦場に立っていたんだ。


アリスとボクは似ている。


いや、同じだった。


やり方が違うだけでボクとアリスは同じ事をしていた。


誰かを犠牲にしないと生きて行けなかったから。


「あたしはどうせ…、1人なんだ。」


その言葉を聞いたボクはアリスの前に腰を下ろした。


「それは違うだろ?アリス。」


それは違うよアリス。


「え?」


アリスの泣き腫らした顔が見えた。


「アリスにはいるだろ?アリスを愛してる人が。」


ボクの事を愛してくれる人がいる。


ジャック、ロイド、マリーシャ、帽子屋、インディバーにヤオ。


ボクの事を愛してくれる人と出会えてた。


幸せになる事を諦めたボクを愛してくれた。


ボクに感情を戻してくれた。


ボクを人間にしてくれた。


「あたしを…、あたしを愛してくれる人…。」


アリスは自分の手を見つめた。


ポタッ…。


子供だったアリスが元の大きさに戻った。


「ミハイル…、ミハイルがいた。あたしを、こんなあたしを愛してくれたのはミハイル。ミハイル、ミハイルに会いたい…。」


アリスはそう言って胸に手を当てて蹲った。


「アリスはミハイルを愛していたんだな。」


「ミハイルだけが、あたしの汚い部分も愛してくれた。何で、もっとミハイルを大事にしなかったんだろ…。あたし、ミハイルに酷い事ばかり言って

た…。」


「ちゃんと、自分の気持ちを言えば良いだろ。」


「え?」


ボクもちゃんとジャックに気持ちを伝えないとな。


「今、口にした事を。」


「遅くないかな…。」


「早く言った方が良いだろうな。」


「貴方は何で、あたしに優しくするの?貴方を異世界に飛ばしたのはあたしなのに。」


アリスはそう言ってボクの顔を見つめて来た。


「確かにな。」


「確かに…って。普通ならあたしを殺すでしょ。」

殺す…か。


「確かにこの世界に来る前のボクならアリスを殺していただろうな。」


「なら…!!」


「だけど今のボクはアリスを殺すと言う選択はない。」


ボクがそう言うとアリスは驚いた顔をした。


「何で!?」


「何でと言われても…。殺されたいの?」


「そ、それは…。」


「元の世界で一緒に暮らせば良いだろ?ミハイルと。」


「…え?」


ん?


そもそも、アリスのハートを壊さないと元の世界に戻せないのか。


「ジャックが貴方を好きになるのも分かる。」


「へ?」


「何でもない。貴方の提案は凄く素敵だけどそれは出来ないわ。」


アリスはそう言って、銃を取り出した。


どこから銃が!?


「アリス!?」


「貴方はこんな汚いあたしに優しくしてくれた。偽物は偽物らしく舞台から降りるわ。」


そう言ってアリスは自分の胸元に銃口を向けた。


「貴方には幸せになって欲しい。それがあたしが貴方に出来る贈り物。」


カチャッ…。


ボクはアリスを止めようと銃を持っている手を掴もうとした。


「あたしに夢を見せてくれてありがとう。」


「やめろアリス!!!」


ボクの手がアリスに届く事はなかった。


その代わりに銃弾の放たれる音が響いた。




パァァァァン!!!


白い光がボクとアリスを包んだ。


「ゼロ!!!」


ジャックの声がしたので目を開けた。


ボクの背中を抱き締めているジャックが視界に入った。


「ジャック…?」


「ゼロ、これは一体…。」


ジャックの言葉を聞いたボクは周りを見渡した。


周りを見ると沢山の白い小さな球が浮いていた。


「この白い球…は。」


「急に現れたんだ。何が起きているのか分からないけど…、時計が。」


カチカチカチカチ!!!


大きな時計が物凄い速さで針が逆に回っていた。


「世界が、世界が元に戻り始めた。」


そう呟いたのはヤオだった。

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