第30話 『様子見』

パイソンは小惑星帯を抜けてすぐにブースターエンジンを点火させた。

小惑星との接触によるダメージを確認するため点火は慎重だったが、とりあえず大きな損傷もなく、無事にブースターエンジンを点火出来た事で安堵した。

エンジン出力も、現段階では問題なさそうだ。

しかしエンジン以外でのトラブルも考えられるため、暫くは機器のデータをしっかりと確認した方が良いだろう。何か問題があれば、ガニメデへピットインしなくてはならない。そうなれば痛手だが、致し方ない。


小惑星帯を抜けて、木星までの距離はかなりある。

各ロケットボートはここで加速をし、ガニメデへのピットインを出来るだけ早めたいと考えているはずだ。

パイソンもここはしっかりと加速をして、トップをひた走るロックに付いていかなければならない。

火星でしっかりロケットボートの燃料補給とメンテナンスした為、燃料に関してはまだ余裕はある。火星でのピットインをしなかったロックのロケットボートには、燃料もそれほど残っていないだろう。

前を行くミツルもかなり加速をしている。しかも、小惑星帯を飛行している段階で、ブースターエンジンを点火させていたのだから、燃料は確実に減っているはずだ。

それを考えると、今現在、一番有利なのは、自分ではないかとパイソンは思った。

ここは勝負に出ても良いかもしれない。

パイソンはもう一度ブースターエンジンを点火させ、更ロケットボートを加速させた。


だがその瞬間、操縦桿を握っていたパイソンの手に、また微弱な振動が伝わってきた。

振動は軽微なものだが、パイソンは訝しんだ。


「くそ、一体なんなんだ?最初にブースターエンジンを点火させた時は、特に違和感もなかった。だが今回は少しだけ違和感を感じたぞ」


この不気味な振動を考えると、本来のパイソンであれば、ロケットボートの状態を確認する為にも、ガニメデへのピットインを選択していただろうが、今回がラストレースだ。

レーサーとしてのさががパイソンを突き動かした。


「もう暫くは様子を見ようとは思うが、この程度の振動であれば、きっと問題はない。一気に行くぜ!」


パイソンは半ば強引に気持ちを上げた。



その時、無線から声が聞こえた。

「ねえ、あなた」

急に妻のリリアンから個人無線が入り、パイソンは驚いた。


「どうした?リリアン」

パイソンは取り繕って、冷静に応答する。


「今の所順調?」


「ああ。何も問題はないよ。最後のレースだし、順位は気にせず、楽しみながらやるさ」


「そう。なら良かった。小惑星帯を抜けたっていうのに、私、何か妙な胸騒ぎがしちゃって。それで無線を入れちゃったの」


まさか、自分の焦りがリリアンに伝わったのか?

パイソンはリリアンに本当の事を話そうとしたが、ここは黙っている事にした。


「大丈夫。何も心配はいらないよ。元気に帰るから、俺の好きなミートパイを作って待っていてくれ」


パイソンは努めて明るい言葉を投げかけ、リリアンも少し落ち着いたようだ。


「分かったわ。あなたを信じてる。この後も頑張ってね。ミートパイ作って待ってるわ」


そう言って、無線は切れた。


パイソンはリリアンからの無線で多少迷ったが、このまま強硬策でいく事にした。

全ては勝つために。

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