短編集

外伝1 はじめてのおと

 目の前には多くの楽器が置かれていた。笛に、琴に、二胡に、琵琶に、笙に、太鼓に……楽器というものはこんなにもあるのかと、小さな目でいっぱいに焼き付けた。家の中を歩き回っているうちに、こんなことろまで迷い込んだ様だ。

「どこだろ、ここ」

 蔵の中なのは分かる。でも、それが家のどこの蔵なのか分からない。とても広い家だから、4歳の足では端から端まで歩くだけで疲れてしまう。

「お勉強が始まるまで、ここに隠れていようかな」

 勉強は嫌いじゃなかったけれど、庭を駆け回ってみたかった。それで、庭まで出てきて走っていたのはいいけれど、気づいたらここにいた。


 楽器は家中で鳴っているけれど、まだ触らせてもらった事が無い。壊れたらいけない、と皆が言う。

「ここでなら、大丈夫、かな」

 なにがいいだろう。一番簡単そうなのは、どれだろう。太鼓だと、大きな音がしてしまうから、誰かにばれてしまう。

「笛は、こないだ来た子が変な音だしてたし」

 すかーすかーと音じゃない音が出ていたので、笛や笙はだめだろう。ならば、弦を使う琵琶か、琴か。琵琶の形は分かる。ことんと、棚から下ろしてみると、思ったよりも重たく、思わずよろめいた。弾き方の真似はできる。

「琵琶は、こっちかな」

 膝に乗せてみると、顔が隠れてしまって弦が指にかからない。

「だめみたい」

 ならば、残ったのは琴だ。琴の隅に爪があったので、はめようと思ったけれど、ぶかぶかではまらない。すこし考えて、爪をつまんでみることにした。これなら音を出すことができそうだ。

「えっと、たしか、みんなはこうして」

 音が出た。羽は思わず目を丸くした。

「でた! 音出た!」

 面白くなり、羽は思いつくままに爪を動かした。その時の音は、お世辞にもうまい物ではなかったが、幼い子の命の音がそのまま乗った純粋な音だった。


 思いつくままに奏でたそのころの記憶は残念ながら、今彼の中には残っていない。しかし、それ以上の音が今の彼の中にはある。

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