第16話 迷推理
透夜は与えられた部屋の真ん中で腕を組み、胡坐をかいていた。目の前にずらりと並べた自分の所持品との睨めっこは、すでに小一時間ほど続いている。
「やっぱり謎は謎のまま……だよなあ」
降参といったように両手を上に放れば、背中を畳に投げた。天井の木目をなんの気なしに眺めつつ両手を宙にぶらつかせれば、嫌でも左手の数珠に再び意識がいく。
「なあ。お前が俺をこの時代に連れてきたのか?」
相手が答えるはずもなく、障子戸から漏れる朝の日差しに黒く艶やかに輝くばかり。中央に配された他の珠より一回り大きな水晶珠。そこに梵字が浮かび上がる気配はない。
昨日大牧でご馳走になった後、沙羅姫たちと話をして分かったことがある。
数年前、火災に遭ってこの時代の
『この念珠から、とっても、とっても、強い力の気配を感じます。おそらくはこれが現世と来世を結ぶ橋渡しのような役割を担ったのでしょう』
沙羅姫はそう言った。この数珠が触媒のような役割を果たしたのだと。
『守人は与えられた加護の性質をその身に宿してこの世に生を受けるんだって。つまり、元々備わっていた空大の力がお前の危機に際してその念珠を介して発現した。そういうことなんじゃない?』
蒼馬はそう言った。たしかに数珠は先月貰ったばかりだし、あの晩まで特別な力を自分に感じた瞬間なんて一度たりともなかった。生まれてこの方、幽霊を見たり、人にオーラを感じたりとか、そんな特異な経験はしたことがないのだ。
「この数珠、実はとんでもなく高名なお坊さんのお手製だったりして」
それを真から譲り受けた。そういうことなのだろうか。
『我らが駆けつけた時、地に伏せたそなたの全身を赤黒い炎がくまなく覆っていた。するとそなたの腹から突如として剣が湧き出でた。そして柄を握れば、そなたはまるで
朱門はそう言った。そして自分が意識を失うと、剣が空気に溶けるように消えてしまったとも。するとその剣は一体どこへ消えてしまったのだろうか。
「まさか『体の中に再び収納しましたー!』とか言わないよな。大道芸人じゃあるまいし」
透夜はお腹をがしがし擦る。そこに別段違和感はない。けれど分からないことが多すぎて、胃や頭の中にはぐるぐると不快感が巡っていた。
こんな時は一旦気分転換でもしようかと考えると、いつもそれが自分の場合は竹刀の素振りか読書であることを思い出した。
「それにしても。まさか鞄も竹刀もこっちに来ていたなんてなあ。タイムスリップって本当どういう仕組みなんだろ。あの場で俺が持っていたもの、みんな俺の付属品扱いの判定でも受けたってことか?」
いずれにしても朱門たちがそれを拾っておいてくれて助かった。しかも調べられてもいない様子だった。鞄の中身は当時の記憶のままにきれいに残されていた。
透夜は彼らの品性に心底感謝しつつ、その中身だった一つを手に取る。コンビニで受け取った荷物だ。紙封筒を開けば、
「こっちはあの人が頼んだやつか。今回はなんの関係の本だったんだろう」
前の持ち主の扱いが雑だったせいか、表紙は日焼けしてタイトルも読み取るのが難しい。試しに数ページめくってみれば、古本特有の甘酸っぱい匂いが鼻を掠めた。その匂いに我が家でもある古書店『
(ダメだ。また弱気になっている。今はこの現実ときちんと向き合わなくちゃ)
透夜は一度本を置くと、己に喝を入れるように頬を両の手で叩いた。「よし」と気合いを入れ直して再び本を手に取った。
しばらく内容を追っていけば、ページをめくる手は徐々に早まった。斜め読みしつつも、その目がたしかに捉えた単語の数々に鼓動は高鳴る。
「……これ。『徳川
初代家康から十代
「あった。元和八年。ちょうどこの年のことだ」
正直に告白すると、秀忠の行った政治についてはあまり把握していなかった。初代家康や三代家光は逸話も多く残されていて、テレビや小説でもさんざん題材に扱われてきた。けれど二代目はそんな二人の影に隠れてしまったように存在がぼんやりとしていて、知る機会も限られていたためだ。
「まあなんと言うか。地味なんだよなあ。
皮肉を口にしつつ、透夜はそんな印象しかない二代目が治めていたこの時代の、これから起こるとされる出来事を目で追う。
「東照宮祭礼。ちょうど今行われている法事のことだよな。おお、やっぱり天海大僧正のことも載っている。まあそうだよな。にしても五万の供を連れて江戸を発ったって凄いよな。全国の名だたる大名に僧侶、朝廷の使者まで含まれている。当時の有名人揃い踏みってわけだ。それで彼らはいつ帰ってくるんだあ……って……」
そして次の一文に目を疑ったのだった。
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