第14話 不穏な動き

「マクシムさん、なんで俺たちの家だけ作ってくれないんですか!?」


「だ〜か〜ら、何度も言ってるだろうが。お前たちに作る理由はないってな」


「お金はいくらでも出すって言っているのにですか!?」


「……話にならなん」


「なんだって!?」


「ストープッ!」


 マクシムさんと新しく移住してきたパートナー何組かが言い争っている現場に、凪沙が間に入る。


「<バンピィ>で大人数で一人をよってたかるのは、やめてほしいのだけれど。喧嘩の原因は何?」


「そ、それは……」


「お金を払うから、俺にこいつらの家を作れってよ」


「なるほど……わかったわ。もう日が暮れるから、この話は一旦あたしが預かる。明日改めて話し合いの機会をつくるから、双方今日のところは解散して」


 凪沙はマクシムさんの反応からおおよその事態は悟ったようだ。


「……わかりました」


 怒りに我を忘れた男は、凪沙が出てきたことで渋々納得して、他の人たちと一緒に引き下がっていく。


「すまねぇな、ナギ。お前の手を煩わせてしまってよ」


「いいのよ。いつも暁斗のことありがとう」


 マクシムさんは後ろに振り返り、手をあげて応えると、家の方へと帰っていった。


「ふぅ、どうやら事態は深刻化しつつあるわね」


「えぇ」


 最近こんないざこざが<バンピィ>で時々起きている。


 では、なぜ起きるようになったのかというと、半年前と比べて<バンピィ>の状況が大きく変わったことが原因だろう。


 この件についての詳細については、今朝まで話は遡る。



 ❇︎



 この日の朝、久しぶりにお互い1日フリーだった私と凪沙は、家の外で優雅に遅い朝食を摂っていた。

 優雅といっても、一汁一菜というシンプルな和食だけれど。


「立ち上げ組と新参組が時々揉めていることを、凪沙は知ってますか?」


「……知ってるわ。はっきり言って全部立ち上げメンバーのみんなの言っていることの方が正しいのよね〜。何考えているのかしら、彼らは」


 憤りを隠せないでいる凪沙だが、その気持ちはわからなくはない。


 立ち上げ組は、拠点を<バンピィ>と名付けた当初からいたメンバー。

 私と凪沙以外は、サンドレス・カーミア、セルゲイ・マーサ、ゲイル・シュア、マクシム・エミリーの計8名。


 一方、それから2ヶ月以上経ってから、次々に<バンピィ>に移住希望者が増え、現在その数は100人を突破。

 テスターの母数は不明だが、相当数のパートナーが私たちの生き方に賛同してくれていると、初めのうちは凪沙と喜び合ったものだが——


「サンドレスさんとカーミアさんは比較的中立的な立場でいますが、他のメンバーの方は……」


「干渉するつもりはないけれど……あの子たち、また同じことを繰り返すのかしらね」


 そうは言っているが、凪沙は誰よりも彼らのことを気にかけている。

 初めて加わった仲間だし、一緒に仕事をしている時間が多いのも彼らだ。


「それより、暁斗は今の事態をどう考えているのかしら?」


「その件について、推測していることがあります」


「……聞かせてもらえる?」


「実は——」


 凪沙に語っていく。



 〜〜〜


 <バンピィ>でおかしな雰囲気を感じたのは、いつの頃だったか。

 そこで、思い当たる節を一つ一つ当たっていく。


 まずは、不穏な雰囲気が起きている現場に誰がいるかを把握してみることにした。

 すると、立ち上げメンバーとそれ以外の新参メンバーで対立していることが判明。


(両者でなぜ対立が起きるのでしょうか?)


 その点でさらに調査してみると、どうやら新参メンバーは待遇に不満があるらしい。


「〇〇してもらえるんじゃないですか?」


 というのが、彼らの共通の不満。

 そもそも、<バンピィ>に移住したからといって、第三者が何かを提供する約束なんかしていないのにもかかわらず。


 〜〜〜



「この時点で、外部からの攻撃を受けていると判断しました」


「攻撃?」


「えぇ、攻撃です。武力ではなく情報戦で。何者かが意図を持って、我々を妨害しようとしているんです」


「妨害……誰にも迷惑かけていないのに」


「都合が悪い、そういうことでしょう。おそらく新参メンバーは、その何者かによって利用されているのでしょう」


 新参メンバーが主犯ではなく、実行犯にされているのではないか。


 そう推測するきっかけになったのは、彼らに歓迎の挨拶をしているとき。

 彼らが話していた内容が何か違和感がしたのが、きっかけとなる。



 〜〜〜


「それにしても、技術スキルをあまり習得していない段階で、よく<ヘルンポス鉱山>を抜けることが出来ましたね。もし良かったら、マップを見せていただけませんか?」


「えっ、でも……」


「もちろん私のマップもお見せします」


 私のマップを見せると、新参メンバーの人たちは集まってきた。


「へぇ〜」


「やっぱり最初に開拓した人はすごいですね」


「あ、これが俺のマップです」


「これが私のです」


 次々にそれぞれのマップを見せてくれた。


「これは——」


 〜〜〜



「同じマップ、だった?」


 凪沙が怪訝な表情を浮かべている。


「えぇ、おかしいですよね。エスティの外については、基本的に自分たちが通った箇所しか鮮明にマップに表示されない。つまり、新参メンバーは同じ道を通ったことになります。まだ舗装も何もしていない道を、です。ということは——」


「『<へルンポス鉱山>を抜けるまでのルートを、何者かにマップ共有してもらった』ということかしら?」


「それも一つ考えられる線です。ここで、私が一番違和感がした点——それが、彼らが通ったルートは私と凪沙が開拓したルートの中で、最もリスクが低いルートである、という点です」


 ちなみに、カーミアさんたちと初めて会ったときに共有したルートは、三日経った時点で共有を解除している。

 そして、読み取り専用に細工しておいたから、ルートを保存するようなことはできなかったはず。

 あのとき提示したルートよりも、今はもっとリスクが低いルートを見つけたのだが——。


「考えられる可能性は三つ。一つ目は、新参メンバーの方が自分たちで開拓したという線。けれど、これは一番考えにくいです。まさか、他の誰にも共有していないルートを、開拓初心者がいきなり発見できるとは思えないですから」


「そうよね。あたしも駆け出しの頃は慣れない技術スキルを駆使しながら、あっちこっち苦戦しながら移動していたわ」


「はい、きっと最初は誰もがそうなるはずです。案の定、立ち上げメンバーをいろんなルートを模索しながら、進んできた形跡がありましたから」


 確証を得るために、立ち上げメンバーのマップももちろん確認済みである。


「二つ目は、凪沙が推測したように何者かから情報共有を受けたという線です。これが一番有力候補ですが、システム的には難しいですね」


「なぜなの? あたしたちの中に裏切り者がいるかもしれないのよ?」


「最適なルートの情報は、立ち上げメンバーの中でも私と凪沙——あなたしか表示されていません」


「……」


「私たちのどちらかが共有を図ったのであれば、この線で決定ですが……これについてはあなたに信じてもらうしかないです」


 お手上げのポーズをすると、凪沙はクスッと笑う。


「あたしが暁斗を疑う? それこそ絶対にない。暁斗に信じてもらうしかないわね」


 ウインクする凪沙に、私は苦笑する。


「二つ目も考えにくいのであれば、三つ目ですが——」


 ドンドンドンッと家のドアを叩く音が聞こえて、会話が中断される。


「ナギさん、アキトさん! いらっしゃいますか!?」


「……カーミア、そんなに慌ててどうしたの?」


「マクシムさんと新しく移住してきた方々が言い争いで、一触即発な状況で——」


「案内して!」


「は、はい!」


 私と凪沙はカーミアさんの先導の下、現場に急行したのである。



 *



 家に戻るまでの道のり、私と凪沙は終始無言である。


 一対一での言い合いは、もちろんこれまでもメンバー間であったが、ああいった形で一人対多数のパターンはこれまでなかった。


「暁斗、ちょっといい?」


(私や凪沙にではなく、あえて他の立ち上げメンバーに対してだけ起きている)


「あーきーとー!』


「(これは、何者かの意図があるに違いない。それに)——ウグゥ!?」


 考え事をしていたら、凪沙に頬をぎゅっと掴まれる。

 結構強い力で。


「あ〜き〜と〜、あたしの呼びかけ聞こえているかしら?」


「イ、イゥエ。ボウシパケコザヒマセン——ゴホッ、ゴホッ」


「よろしい♪」


 謝辞が伝わったのか、すんなり手を離してくれた。


(い、痛かったな〜)


 涙目で彼女の方を見ると、満面の笑みでこちらを見つめている。

 笑顔の方が逆に怖いことがある、というのは本当らしいことを実感する。


「暁斗、ありがとうね」


「んん?」


「この状況を打開する方法について、ずっと考えてくれているんでしょ?」


「……はい」


「あたしは、大丈夫だから」


 そういって凪沙は星空を眺める。


 仮想世界だから、星空といっても星空に見えているだけ。

 そうなんだろうけど、とても美しいと思う。

 同じようにそれを眺めている彼女も美しいと感じる一方で、とても儚い印象を受けるのであった。

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