第13話 開拓の日常

「アキト、これはどこに運んだらいいんだ?」


「それは敷地の外に置いておいてくさい。マクシム。エミリーさんとどんな部屋にしたいかだけは、ちゃんと話し合っておいてくださいね」


「……わかった。いつもすまねぇーな、間に入ってもらって」


「気にしないでください。あっ、シュア。保存食の在庫が尽きかけていますので、セルゲイと一緒に補充をお願いできますか?」


「了解」


「さて。全員の指示を出しましたので、私も作業に移りますか」



 ここは開拓最前線の<バンピィ>。


 元々凪沙と二人だけで生活していた時には住む場所に名前をつけていなかったけれど、人が増えていくに従って共通認識のある名前を作ろうという話になった。

 そこで、秩序に馴染めなかった個が強い人が集まる場所という意味を込めて、<バンピィ>という名を付けたのである。


 <バンピィ>には、現在8組のパートナーが生活している。

 私と凪沙、カーミアさんとサンドレスさんの初期メンバーに加えて、鍛冶屋ブラックスミスのゲイルさんと科学者サイレンティストのマーサさん。

 二人は現在、凪沙とサンドレスさんの下で開拓地で生きていくための最低限の知識を実地で習得中。


 次に、料理人チーフのセルゲイさんと農業士ファーマーのシュアさん。

 なんでもセルゲイさんは元々自分の店を持ちたかったようで、システムで簡単にできる料理ではなく、一から作りたいと思って未開拓地に足を運んだようである。


 その次は、技工士パイオニアのマクシムさんと医師ドクターのエミリーさん。

 マクシムさんとエミリーさんは両方とも職人気質なところがあり、よく意見が衝突する。しかし、お互い相手のことをすごく想っていて、ついつい力になりたくなってしまう。


 他に新しく入った二組のパートナーもいるけれど、まだ名前は覚えていない。

 これまでは興味が湧いて、すぐに自分から自己紹介をしていたけれど、今回は気が乗らなかったので後回しにしている。



 人が増えたことでできることは格段に増えた。

 そもそも<バンピィ>の移住条件は、自分のやりたいことを、好きなことをすること。

 しなければならないことはなく、当然縛りはないが、一方的に依存する人は受け付けないでいる。


 また、凪沙の意向で、日常生活については極力手作業で行うことにしている。

 例えば、料理や洗濯、掃除はこの世界ではすごく簡単にできてしまう。

 それこそ、ほんの一瞬で。

 しかし、使用する器具は採掘した鉱物で、一から作成する。すると、普段は簡易的にできてしまう作業が、現実世界と同じようにできるようになる。


 なぜ、そのような挙動するのか?


 まったく原理は分かってはいないけれど、原理はともかくできることは受け入れることに決めた。

 興味深いのは、より楽であること、効率的であることをこれまで求めてきた。

 それなのに、今では時間をかけてでも手作業をすることが、ものすごく楽しいと思える自分がいることである。

 補足すると、誰もが現実世界と同じようにできるわけではなく、その作業に合った技術スキルがある程度必要になる。



 昼下がり、やることを終えた後、いつもの場所へと向かう。


「こんにちは、セルゲイさん」


「へい、らっしゃい!」


 暖簾をくぐると、店内には白い料理服を着たセルゲイさんが、料理をしていた。

 店内はカウンター8席だけしかないこじんまりとしているが、木造で造りが日本式なためかとても落ち着く。

 お店は小さく、お客も私たちしか来ないけれど、<バンピィ>にとって自慢できる場所の一つ。


「アキト殿、いつものでいいですか?」


「はい、よろしくお願いします」


「……へいお待ち」


「ありがとうございます」


 間髪を容れずに、料理が出てくる。


 簡易的に作っていないのに何でそんな芸当ができるのか?

 一度セルゲイさんに訊いてみたところ、「いつ頃誰が来てくれるのか考えていると、何となくわかるんです」とのこと。

 凪沙の時もそうだけど、考えてわかるようなことは実はごく僅かなのかもしれない。


 セルゲイさんはおそらく名前からするとロシア人だが、料理は和食中心。

 彼の話では、現実世界で一度食べた日本食に感動し、本気で日本留学を考えた時期もあったらしい。

 仮想世界に来てからも悶々とした日々を過ごしていたが、開拓をするプレイヤーが現れたことを知って、居ても立っても居られなくなったと訊いた。


(現状はともかく、みんなそれぞれ似たり寄ったりの抱えている想いを抱えているのでしょうね)



「それはそうと、新しい方々はどうですか?」


 食後の緑茶をすすって、満腹感を味わっているところで、セルゲイさんが話しかけてくる。


「私は関わっていないのでわかりませんが、ナギは『これから楽しみなメンバーが入ってくれた』と言ってましたよ」


「なるほど、それは良い知らせですね。ですが、これでアキト殿の負担も増えるのではないでしょうか?」


「私は数人増えるくらいでしたら大丈夫です。好きでやってますし」


 それは嘘偽りのない気持ち。

 ものづくりを始めて、相手の気持ち、作り手の気持ちを知りたいっていう欲求が強くなったから。


「好きで我々の状況を完璧に把握して、的確な指示を出すことができる。本当にあなたは根っからのリーダー気質なのですね」


「……ありがとうございます」


 セルゲイさんは褒め言葉として言ってくれたと思うので、ひとまず受け取ることにした。

 ここではリーダーであるつもりもないし、そうなるつもりもない。

 私が把握しているのはあくまで状況であって、相手の内面ではないことはこの2年で理解したのだから。



 *



 セルゲイさんのお店で食事を満喫した後は、マクシムさんとものづくりタイム。

 今日の時間は、新しい運搬方法についての語らいになった。


 収穫したものや、採掘したものなど大量な荷物を運ぶ際に、さすがにキャリアカーだけだと運ぶ量にも限界があるのが最近の悩み。

 凪沙がいればアイテムボックスに<収納シュウノウ>してもらうところだけれど、彼女でないと使えないので汎用性に欠ける。

 ならば、いっそのことワープ装置でも開発するか、という話にまで発展。

 理論上で考えても現状では無理という結論しか出てこないから、ひたすら夢物語でもいいから話すようにしている。


「アキトよ。物を転移する時とか、どんな感じで移動すると思う?」


「そうですね……ゆっくりフェードアウトしていくのではないでしょうか?」


「なぜだ?」


「だって、一瞬で消えてしまったら、なんか味気ないじゃないですか! どうせなら残像を残しながら、フッと消えて欲しいですね」


「そんな理由かよ!」


 こんなくだらない会話が、マクシムさんとは自然とできるようになっている。


(清水社長がこんな私を見たら、驚き仰天するでしょうね)


 けれど、こういった一見するとくださらない会話がきっかけで、何かヒントが見つかることが不思議とよくある。

 それで、以前機械をハイジャックする装置や、電波無効化装置なんていうものを開発したこともある。

 最も実用化していないけれど。


「……でもよ、残像が見えるってことは、それだけ速いってことだよな?」


「そうですね」


「ならよ、あの謎の鉱物がまさにそうじゃないか? 地面の中を次々に移動していくやつ——」


「転移石、ですね」


 転移石、ヘルンポス鉱山で発見した正体不明の謎の石。

 青白い光を発しながら、地面の中を次々に移動していく。

 最初はただ点滅しているだけかと思ったら、よくよく見るとその場から消えていることがわかった。

 さらに面白いのが、移動しただろう石を採取するとまったく動かなくなる。


「そうそう、あれだよ。まさにあんなイメージじゃないか?」


「確かに……」


 この会話のやりとりがきっかけで、マクシムさんと共同で転移石を検証・実験することになったのである。

 まだ何もわかっていないし、失敗ばかり続いているけれど、ワクワクしている自分がいる——そのことが無性に嬉しい。



 *



 語り合いに夢中になっていて気が付いたら夕暮れ時になっていた。

 マクシムさんと別れ、家に戻る。


「ただいま」


 まだ家の中に誰もいなくても、つい口ずさんでしまう。

 そのまま台所に向かって料理を始める。

 セルゲイさんの料理を食べて以来、我が家でも手料理を食べたくなり、一時期<料理人チーフ>になって、料理に最低限必要な技術スキルを身に付けた。


 料理を終えた頃には完全に日が暮れて、外は真っ暗になっていた。

 <バンピィ>は街灯を用意していないので、部屋の灯りだけが見える。

 一日中街の灯りで満たされているエスティとは正反対な静粛した場所。


(心がとても落ち着きますね)


「ただいま、暁斗!」


 そんな風に和んでいたら、玄関から元気一杯の声が聞こえてきた。

 私が玄関に向かうと、巨大なリュックに荷物を詰め込んで持って帰ってきた凪沙の姿があった。


「お帰りなさい、凪沙。今日はまた、すごい荷物の量ですね」


「えへへへ、実はね——」


 一緒にいる時間は減ったけれど、こうやって今日会ったことを彼女と語り合って、一日が過ぎていく。


 毎日同じように見えて、同じではない。

 娯楽は何もないけれど、毎日が新鮮で楽しい。


 これが、今の私の大切な日常。



 しかし、これからさらに半年後。

 この平穏な日常に暗雲が垂れ込める気配を、私と凪沙は強く感じるようになったである。

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