第41話 そこにいたのは、神々しく光り輝くオーラに包まれた少女。

「何て上書きしろって……あぁっ!」


 顔を上げた俺は、目の前の花火の表情に言葉を詰まらせてしまった。俺はその、優しげな目を知っている……。


 その後、花火の穏やかな声が響く。


「『亜井川あいかわ花火を見くびらないようにする』と」


 その目は、俺の過去の記憶を蘇らせる。ずっと忘れていた、当時の俺には些細なことだった記憶。


 俺はやっと全てを理解した。花火が頑なに俺を行かせようとする理由。花火が俺に触れられる理由。俺がこんな体質になった理由。


 結局、花火がずっと正しかったんだ。


 強く決めたはずの意思は簡単に消え去っていく。


 気づいた時にはもう、手提げ鞄を放り投げて走り出していた。


「ちくしょうがっ! 上書きしてやるよ!」


 俺は店内入るため、裏道へ向かう。


「おい、いいのかぁ!?」


 背後から機村きむらの煽る声が聞こえてきた。


「……いい! お前は黙ってろ!」


 お前の意見なんて関係ねぇんだよ!


「どけ! 邪魔だ!!」


 俺は周りのクソ幹部たちをどかし、花火をおいて裏道に入る。そして全速力で裏道を抜け、店の中に入った。


 まだほとんど客はいない。


「すまん、通るぞっ!」


 スタッフたちの間を通り、急いで畳の方へ。


 頼む! 間に合え!


 ドンッと扉を開けて、靴のまま中に入る。


 部屋を見渡すと、中には女性が二人。彼女達は俺を訝しむような目で見てくる。


「「誰……?」」

「……不審者の憩野いこのだよ」


 そう皮肉めいて言うと、二人は顔を見合わせて突然親しげに話しかけてきた。


「あ〜二年のクリスマスくらいからだっけ?」

「そうそう、常に学ラン着て手袋しだした憩野君じゃ〜ん!」


 どうして「不審者」の一言だけでそこまで詳細にを思い出せるんですかね……


 でもそうやって高校時代について笑いあっている彼女達を見ると、時間が全てを持っていってしまうことに気付かされる。

 

 時間が解決してくれるんじゃない。時間が記憶を、少しずつ奪っていくのだ。


 そんなことを思いつつ苦笑いを浮かべていると、彼女達の背後に火の玉二つ現れた。


 まずい……! ついに動き出したか!


 もう一度部屋を見渡してみる。すると、ちょうど右上に監視カメラが。


「……クソ野郎!」


 そう誰にも聞こえないほどに小さく呟いて、監視カメラを掴むとなんとか壁から取り外した。


 そして、コートのポケットに突っ込む。


 すると、火の玉は動き出す前に消滅した。


 よかった……。


 亜井川が侮蔑兵器ディスパイズウェポンの電源を切ったのだろう。


 俺は賭けに勝利したようだ……。監視カメラが意味をなさなくなった途端、火の玉が消えたのだから、そう考えていいだろう。


 あいつもこの通り一帯を焼け野原にするところまでは狂っていなかったようだ。でも人殺しできるんだったらそのくらいのことも軽くやってしまいそうな気もするが。


 亜井川がどれほどの強い思いがあってこんなことをしようとしたのかは俺には理解できないが、これで一旦頭を冷やしはするんじゃないだろうか。


 気づけば女性二人は俺に訝しげな視線を向けてきている。


「……何してんの?」

「ってゆーかなんで靴でここ上がってんの?」


 あ、そういえば靴脱いでなかったや。って言うことは、今の俺は「座敷に靴で上がり、突然店の監視カメラをコートにしまった男」になってるわけか。


 俺って九年経ってもやっぱりアレなんだな……。この状況、なんて説明したらいいんだか……あーもういいや!


 亜井川と違ってやけになった俺は、今の俺に相応しいあだ名と、意味不明な言葉を叫びんでこの場から立ち去ることにした。


「不審者でしたー! さっよなっらばーい!」


 なんだか大切なものが大きく削られたのを実感しつつ、女性二人の顔は見ないようにして急いで外に戻る。


 あー、いつになったら俺は「不審者」の呪いから解かれるんだ……。


 そして俺は、心底平静な状態ではあるものの多少の不安感も抱きながら裏道を進む。


 あれ、この道、こんなに長かったけ……!? 不安な時特有の錯覚を起こしながら、俺は自分を信じ、花火を信じ、裏道を抜けて空き地の手前に出た。


「花火っ!! ……す、すげぇ」


 そこにいたのは、神々しく光り輝くオーラに包まれた少女。


 誰がナイフを刺そうと、拳銃で撃とうと、殴っても、蹴っても、全く当たりやしない。かといって俺の時のように、当たった部分が空気になることもない。


 言うなれば、そこにいるのにそこにいない、まるで別の次元で生きているようだった。


「探偵さん!」


 花火は俺に振り向くと、天使のような笑顔でにっこりと微笑んだ。


 思わず目頭が熱くなり、視界がぼやける。


 俺以外の全てを無視するようにして、花火は悠々とこちらへ歩いてきた。


 俺は頬がつい緩んでしまうのを誤魔化すために、顔を掻くフリをしながら言う。


「花火、お前だったんだな……」


 花火は頷く。


 俺がここを離れることができたのは、花火の目が同じだったからだ。九年前に俺が炎に飛び込む直前に見た、彼女の目と。


 あの時俺以外の生徒は怯えてしまっていたが、亜井川の妹、花火だけは優しげな視線で俺を見つめていた。当時の俺は疑問に思ったものの、深くは気にしなかったのだが。


 俺はそれを思い出し、この能力は花火があの時にくれたものだと確信した、確信できた。


 それに、それで今までの全ての辻褄が合うのだ。花火が俺に触れた理由だって、彼女が本来の能力の持ち主だったからだろう。


 そしてそれなら、元々花火のものだったなら、花火は俺から能力を取り戻すことだってできるはずなのだ。


 そうすれば花火は刺されても問題ない。おそらくそれが行われたのは俺が店に向かった直後だろう。

 

 だから店に向かって走っていた時には、俺は普通の人間に戻っていたはずだ。そして今も。


 それにしてもこの輝かしい姿が花火の真の姿か。とんでもねぇな。


 そんな感動に浸っていると、機村さんが俺たちに侮蔑兵器ディスパイズウェポンを向けてきた。滑稽な形をした拳銃のようだ。金箔が貼られていて、明らかに今まで俺が見てきた物とは違う。


「あ〜! 何で上手くいかねぇんだよぉ!」


 機村さんの一声に続き、幹部達も一斉に侮蔑兵器ディスパイズウェポンを取り出す。

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