第31話 黒髪に黄色と緑色のチェック柄ヘアピン……

「へぇ〜、なんかドラマみたいだね」


 関心したように言う亜井川あいかわ。それに俺は作り笑いで答える。


 そう。俺には師匠がいた。高校卒業後、俺はそこに弟子入りしたのだ。師匠はとてもカッコよくて優しい人だった。しかし、あの人との思い出は、現在バッドエンドで終わっている……まぁ、今俺の話なんてどうでもいい。


 俺のひたすら枝豆を食う様子を見ながら、亜井川はふと何か思い出したように笑った。


「そう言えば塾で時間ない時、毎回ものすごい早食いをしてたよね」

「今やれと?」

「え、今でも出来るの?」


 なにやら少し期待を込めた眼差しを送って来られてしまった。


 俺は少し枝豆を見つめる。ずっとやって来なかったが、もしかしたら俺は今でも出来るんじゃないか? そんなことが頭をよぎったからだ。いや、でも良く考えろ俺。


 俺は呆れたように首を横に振る。


「さすがに無理だわ。俺たちもう二十半ば超えてるんだぞ?」

「ふっ、確かに。そうか、僕たち、もう二十六歳なんだね〜」

「今さら何言ってんだよっ」


 俺は亜井川の肩を叩いてお互い笑い合う。


 いや、もうほんと、色んな年上の方に「二十六なんてまだまだ若い」と言われるが、こんな俺でも「歳取ったなー」と思うことはあるものである。


 確かにまだまだ若いのは認めるが、もっと若かった頃、すなわち十代の頃にできたことが意外とできなくなって来てたりするものなのだ。超早食いとかもその内の一つ。


 それにしてもいい流れだ。自然に会話が弾んできている。そろそろ、本題に入ろう。


 かと言って、いきなりだと不自然で気まずくなるかもしれない。まずは遠回しに。


「そんな早食いをしたのもあの日以来だな〜」

「……あの日?」


 察したのか、少し亜井川の声のトーンが落ちた。


「ああ、火事の日だ」

「……やっぱりその話も、しなきゃだね」


 亜井川は気まずそうに笑う。


 すまんがその話をしてからじゃないと、明日の夜、いや、今日の夜に起こることを伝えられる気がしない。


 当たり障りのない話題をこれ以上続けてはダメだ。それに何より、気を使った会話は表面上でしか楽しくない。


 俺が口を開こうとすると、亜井川が先に話し出した。


「僕は正直、全てあの炎のせいだと思うな」

「でもそれって……」


 まだ言い聞かせていたのか。そんなのあの炎のせいなわけないのに。確かに炎も熱を発してなくて異常だったけど、真実は絶対に違う。


 だっておそらくあの炎は、事務所で見たカタログに載っていた侮蔑兵器ディスパイズウェポンから放射されたものだろう。でもカタログを見ても俺をこんな身体にさせるような能力は書いていなかったのだから。


 しかし、亜井川は続ける。


「あの時は確かに色々と疑問があったけど、今はそういう炎もあっておかしくないんじゃないかと思う」

「理由は?」

「これだけ我が国の化学は発展してるんだ。理由はそれだけだよ」


 別に早く話題を変えたいから無理に言っている、と言うような様子ではなく、亜井川は真面目にそう言った。


「本気でそう思っているのか?」

「うん。だってそれしか、考えられないじゃん。そういう憩野君は、理由が分かったの?」

「いや、そんなわけあるかよ」


 この身体になった理由に九年かけても手がかりのようなものもひとつも見つかっちゃいない。


 せいぜい数時間前に炎の正体は分かったけど、亜井川に侮蔑兵器のことは教えなくていいだろう。


「どうせお互い分からないなら、この件に関しては保留にするってのはどう?」


 そう言った亜井川は、とても落ち着いていた。


 俺は正直、この話題のついて話すと亜井川には火事直後のような慄然とした表情をされるかと思った。


 しかし、やけに落ち着いている。気にしていた俺が馬鹿みたいだ。


 保留、確かに今はそれが最善だろう。むしろ、そうするしかない。そしてまた分かった時に、お互い話せばいいじゃないか。


「そうだな。そうしよう」


 良かった。これで一応、溝は埋まった。次はついに、同窓会について話さなくては。もう今日の夜に行われることだ。


 おっとその前に、聞いておかなくてはならないことがあったのを思い出した。


「あの、その……ご家族はお元気で?」


 俺が探るように聞くと、亜井川もすぐに俺の質問の意図に気づいたようだった。

 しかし、特に変わった様子は見せず普通に話を続けた。


「うちの母のことだよね。うん。大丈夫。重症ではなかったから、少ししてすぐに退院したよ」

「……ああ、そうか、それは良かった!」


 実はあの火事の日、一階にいた亜井川の母親は被害に遭って救急車で運ばれたのだ。


 スプリンクラーは一箇所が起動すると建物内全てのスプリンクラーが起動するが、まずまず俺がスプリンクラーを発動させる前に、一階ではあのおかしな炎が広がってしまっていたのだ。


 すると、亜井川はスマホを取り出して何かの画像を見せてきた。


「あ、そうだ。これがついこないだ何となしに撮った家族写真」

「へぇー、家族写真か〜」


 画面に少し近づいて見てみる。するとそこには四人の人物が。左から順に亜井川の母親、父親であろう人物、亜井川本人、そして……肩までの黒髪に黄色と緑色のチェック柄ヘアピン……


 間違いない……!



 

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