第30話 深夜、店内は深閑としている。
***
駅を出ると左側に、数々の店が連なる
俺は何度も何度も現れるビラ配りの方々をガン無視しながらどんどん進んで行く。
それにしてもビラ配りって、無視する度にちょっと罪悪感に苛まれる。でも興味がないビラをもらった時もなんか申し訳ない気持ちになる。
どっちにしろ自責の念にかられるのなら、俺は時間と精神に余裕がある時だけ貰うようにしている。要するに、俺って良い人。
そこそこ歩き、ついに店の前までやって来た。場所としてはこの長い通りの中間地点辺りだろうか。建物は二階建てで、一階が「落ち葉」。二階はラーメン屋になっている。
入り口の上にはライトアップされたデカい看板、その下に五つほど提灯が並んでいる。まさに居酒屋といった感じだ。
「いらっしゃいやせ〜!」
店に入ると、そんな声が聞こえてくる。
入ってすぐ左のカウンター席に座り店の中を見渡すと、そこそこの広さがあることに気づく。間口はそこまで無かったので店の前からは分からなかったが、かなり奥行があるようだ。
周りにはテーブル席が見受けられ、奥が座敷になっている模様。おそらく明日の同窓会はあそこで行われるだろう。
クラスは確か三十人だったが、全員来るとは思えないし、なんとか入れそうだ。
まぁとにかく俺も何か頼まないとと思い店主の方を向いたその時、俺は頭が真っ白になった。
「お前、
その俺の声が耳に届いたのか、店主は俺の顔をじろっと見てくる。
「憩野君……? 久しぶりだね……」
そしてそう言うと、すぐに視線を手元に戻して仕事を再開した。
やはり、俺の目の前で手慣れた手つきで料理を拵える男は高校時代の塾での友人、
容姿は高校時代の長めの黒髪に丸メガネという姿からはかけ離れている。メガネはコンタクトになり、髪は短く切ってタオルを巻いている。服は黒いTシャツ一枚だ。
しかし顔はやっぱり亜井川遠流なわけで、俺と同い年、二十六歳相応の顔だ。でも遠くから見たらおっさん店主にしか見えないぞ絶対……。
正直、俺と亜井川には溝がある。
それは、あの火事で俺の身体が無傷だったことを、お互い無理やりに「変な炎のせい」にして終わらせたからである。
その後は火事で塾が潰れたため、学校が違った俺たちは会うことが無くなった。
つまり亜井川にとっての最後の俺の印象は「謎の身体の持ち主」なのだ。でも俺も未だにこの身体の正体は分かってないし、ここで真実を説明することができない。
しかしそれでも俺はこの旧友に、明日起こることをあらかじめ伝えておかなければならないだろう。ただ、今はそんなことを話せる時じゃない。もう七時をとっくに過ぎ、どんどん客が増えてきている。
取り敢えず、ここで夕飯を済ますか。昼はさっき花火の食べかけナポリタンを食べただけだし、なんとか入るだろう。
俺はスマホを取り出し、瀬渡に電話をかけようかと思ったが瀬渡の連絡先を知らないことに気づいた。しかし、問題ない。俺の家にかければいいのだ。
『あ、憩野?』
瀬渡はニコール足らずででた。
「すまんが俺、帰り遅くなりそうだから適当に寝といて〜」
『そう、分かったわー』
よし、これで完了! 俺はスマホをしまい、店員を呼ぼうと思って呼び出しボタンを押そうとすると、それを察したのか亜井川がカウンター越しに俺の前に来ていた。
俺は亜井川の顔をできるだけ見ないようにして言う。
「生と枝豆と唐揚げを頼む」
「うん、分かった。それと……、何時までいられる……?」
亜井川は俺との距離感を探るように言った。しかしその言葉からするに、向こうも俺と話す気はあるようだ。
俺は少しだけ、肩の力が抜けるのを感じた。
「いや、閉店までいるよ」
「……そうか、ありがとう」
辿々しくも、軽く笑顔を見せてきた亜井川は、また忙しそうに調理を始める。俺は鹿撃ち帽を取ってテーブルの上に置いた。
***
約六時間後、つまり次の日の一時になり、ようやく店は閉店した。今店の中にいるのは俺と亜井川と、バイトのスタッフさんたちだけだ。
この店の常連さんと仲良くなって色々話したりしてたら、意外とあっという間に時間は過ぎた。
俺は今、全く眠くない。なぜなら探偵は朝も昼もないからな。それに俺は裏社会関連の依頼ばっかこなしてきてるから尚更だよコンチクショー! ……あ、別に酒に酔ってるわけじゃ無いからね。俺めちゃくちゃ強いし、まずそんなに飲んで無いから。
深夜、店内は深閑としている。まぁ時々外から、人のものとは思えない叫び声が聞こえてきたりはするが。
この祭りの後のような、どこか寂しくも心地良い雰囲気に包まれながら俺と亜井川は九年ぶりの会話を始めようとしている。
亜井川とは当時、連絡先を交換していなかった。そう言えば俺は瀬渡とも連絡先交換してなかったな。何してんだ当時の俺は。
お陰で朝は九年ぶりに瀬渡に会って、夜は九年ぶりに亜井川に会うというミラクルな一日が完成しちまったじゃねぇかよ。
バイトのスタッフさんたちが帰ると、亜井川がカウンターの隣にやって来た。
「……お待たせ憩野君」
「ああ、構わない」
お互い、何から話せばいいか一瞬気まずい間が生まれる。
先に口を開いたのは俺だった。
「は、ははっ、それにしてもお前がこういう職業してるなんて、少し驚いたよ」
「まぁね。……勉強はあの後、すぐにやめたんだ」
「そうなのか!?」
苦笑しながら答えた亜井川に俺は反射的に驚く。亜井川は週一だった俺と違って、週五で塾に通っていた勉強熱心なやつだったからだ。
「うん。親に強制されて通っていただけだからね。僕、勉強とか普通に嫌いだし」
「そうだったのか。週一回なのに塾の日は疲れるとか思ってた俺、情けねぇな」
「いやいや、別に人それぞれだし……!」
優しい性格は変わっていない様子の亜井川。そんなことに俺はどこかホッとしていた。
なんだか意外と会話が成立している。それは、あの時のことをお互いに触れないようにしているだけのことなのかもしれないが。
亜井川は俺の服装を再度確認するように眺めた。
「それで憩野君は、探偵、だよね……?」
「やっぱり分かるか……」
「そりゃそんな格好をしてたらね」
そう言いながら、亜井川はカウンターの向こうに手を伸ばして何かを取った。
「こんな時間だけど、食べる?」
小皿に入った枝豆だった。さっきは軽い夕食を取っただけだし、まぁ枝豆くらいならいいだろう。
それに、そういうものがあった方が会話しやすい。会話が途切れたら食えばいいからな。
「少しだけもらうよ」
亜井川は枝豆に塩をかけている。
「なぁ、この店はいつからやってんだ?」
「高校終わってすぐだよ。最初はバイトからだったな」
「お前の店じゃないのか?」
「最初は落合さんっていうおじさんが店主だったんだけど、三年前に突然、家の事情があるって言って田舎の実家に戻っちゃったんだ。」
はいこれ、と言って塩のかかった枝豆の小皿を差し出してきた。俺はありがたくそれに手を伸ばす。さっきも食べたけど美味いな、これ。
「で、この店はお前が継いだのか?」
「いやいや、一時的に任されてるだけだよ」
「ふ〜ん、でもまたなんでこんな家から遠い場所に?」
俺たちの家があり、塾があったのはここから電車で一時間程かかる埼玉県のとあるベッドタウンだ。
居酒屋ならあの街にも十分あったろうに。
「いや、それがさ、高校三年生の秋頃に親の転勤でこの近くに引っ越して来たんだ」
「ああ、そうだったのか」
「うん」
言うと亜井川は、焼酎のビンを引っ張り出してきて、氷の入った大きめのグラスに入れた。
「憩野君も少しどう?」
「じゃあ、少し」
亜井川は焼酎をグラスに入れると、すっと渡してきた。少しって言ってたのに結構入ってるな……。
「それで、憩野君は今どこに?」
「俺の家は山手線の隣駅だよ」
「そうなんだ〜。憩野君こそ、どうしてこっちに?」
俺はあまりそれに答えたくなかった。だから、無意識に頭を掻きながら簡潔に答える。
「俺の師匠の事務所がこっちだったんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます