第22話 俺の家にいた方が安全だろう


 ***


「ふぁ〜、何とかなったー!」


 警察署の敷地を出ると、瀬渡は肩の力を抜いて伸びをした。


 事務所の最寄駅で電車を降りた後、駅をいつもと逆の出口から出て徒歩五分、俺たちはこの街の警察署に直行した。


 署で事情を全て説明すると、多少の執行猶予付きで瀬渡は足を洗うことができた。


 警察の方々によく知られている俺が一緒にいたというのもいくらか信頼度を上げるのに効果があったのだろう。

 

 瀬渡が真実を話しても、なかなか信じてはもらえないだろうからな。ちなみに先程部屋で三人殺したことに関しては、正当防衛であったと俺が強く証言しておいたらなんとかなった。まぁ、決して嘘じゃないしな。


 それにしてもなぜ、警察署を出ると悪いことは何もしていないのに罪悪感が湧くのだろうか。その場の雰囲気ってやっぱりすごい。


 と、ここまでは順調だがめんどくさいのはこれからだ。瀬渡が裏社会から抜け出せなかった一番の理由は、組を抜けられなかったからだ。


 勝手にどこかへ逃げれば組の奴らがあの手この手で追い回して来る。俺は今から瀬渡のいた組の組長に、彼女の脱退を申し出に行かなくてはならない。


「瀬渡、お前どこの組だった?」

「曇神組」


 警察署の前に立ちながら、堂々と軽々と瀬渡は言った。俺はその組をよく知っている。曇神組、この周辺かなりの広範囲で幅を利かせているデカい組だ。

 

 一見、厨二臭い組名だが、ガチで組長の苗字が「曇神」なのだ。カッコいいけどちょっと気の毒である……。


 瀬渡は取り敢えず、俺と組長の話がつくまでは俺の家にいた方が安全だろう。


「じゃあ、後は俺がなんとかしてくるから先に家に帰っててくれ」

「あ、うん」

「家の場所はスマホで『憩野探偵事務所』って調べたら出てくるから。寄り道せずに帰れよ!」


 俺が事務所の鍵を渡すと瀬渡はそれを受け取って「はーい」と適当な返事してきた。それに対し俺は、大事なことをもう一回言っておく。


「寄り道せずに、帰るんだぞ!!」

「……分かってるわよ」


 瀬渡がちょっと睨んできた。今瀬渡は組を勝手に抜け出している状態だ。いつ襲われてもおかしくない。


「あ、そうだ」


 俺はもう一つの大事なことを言い忘れていた。花火を呼んでいたんだ。もし組での話が長引いて、瀬渡のみの俺の家に花火が行ったら彼女たちはお互い混乱するだろう。


「もし水落花火っていう女子高生が来たら家に入れといてくれ」


 すると、瀬渡は軽く頷いた。

 

 お互い別の場所へ向かって歩き出す。


 俺が今向かっている曇神組のアジトは俺の家がある駅方面とは逆方向にある。


 ……下っ端一人くらい簡単に開放してくれるだろう。なぜかと言えば、瀬渡は現在「反逆者」ではないからだ。あの部屋の監視カメラには、三人を撃つのと同時に俺を撃った映像も記録されている。

 

 それと同時に俺が撃たれたのに死んでないというビックリ映像も記録されているわけだが、そこは大丈夫だという確信が俺にはある。


 それはそうと、花火の学校が終わるまでには帰らないとな!


 警察でそこそこ時間を使ってしまいもう昼の三時。朝も昼も何も食っていない俺は、一本で満足するやつを食べながら目的地を目ざす。


 と言ってもアジトはここからさほど離れているわけではない。大都会の裏道とかって結構簡単にヤバめな人に出会えるのだ。どうも、ショッピングモールの裏に住む「ヤバめ」な人です。


 俺は警察署の前の信号を渡り、企業ビルの密集地帯を抜けて静かな住宅地の手前までくる。


 すると、全部にある高層ビルたちの影であまり陽が当たらず、そしてここ周辺で明らかに目立っている豪邸が見えてくる。曇神組のアジトだ。


 一階建てだが信じられない程の敷地の広さ。まず庭が小さい校庭くらいある。そしてそれら全体を塀が囲っている。


 唯一、塀がない敷地の玄関まで行くと、花柄やヒョウ柄の服を着た怖そうなお兄さんが四人ほど並んで立っていた。


 俺がそこへ行くと、まずヒョウ柄の服を着たお兄さん、略してヒョウ柄お兄さんが話しかけてくる。


「あんた、ここがどこか分かってんのか?」


 次に、漢字がドーンッと書かれた服を着たお兄さん、略して漢字お兄さんが口を開く。


「名と要件は?」


 それに対し俺が「三代目組長の曇神海斗さんに話がありまして」と言うと、花柄の服を着たお兄さん、略して花柄お兄さんが睨んできた。


「もしかして、この曇神組に戦争でも挑みにきたんか?」

「いやだから三代目組長の曇神海斗さんに話があってきたんですよ」 


 すると最後の一人、よくわからない服を着たお兄さん、略してよく分からないお兄さんが近づいてきた。


「お前みたいのが組長に会えると思うなよ!?」


 あ〜、時間ないのにー、早く帰んなきゃいけないのに〜。めんどくせぇなぁ……。


 俺はスマホを取り出し、電話画面からとある連絡先をタップする。すると、三コールくらいで彼は出た。


『はい、もしもし』


 俺は彼と話す時のいつものテンションで話し始める。


「あ、すいませ〜ん憩野ですけどー、ちょっと中に入れなくてですねー」

『そうか、悪いな。すぐに行く』

「お願いしまーす!」


 この間延びした話し方、花火に似てるなぁ〜と我ながら思った。


 そして俺は、「曇神海斗」さんとの通話を切った。

 

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