第21話 前傾姿勢で上目遣い
俺が怯えていると、瀬渡は満足したのかドアを離れて俺の前へやって来た。怯えさせて満足とか、怖すぎだろ……。
そして瀬渡は急に、俺とほぼ変わらない身長なのにも関わらず前傾姿勢で上目遣いを向けてきた。え、なんなの突然……!? 色んな意味で超怖いんだけど。
瀬渡がゆっくりと口を開く。
「それで……、ウチってこれでもう裏社会から出してもらえるの?」
言ってる内容も怖すぎだろ……。
「おい、キャラじゃないことはやめとけ……」
「うっさいわね」
不満げに言って瀬渡はふいと目を逸らす。
お前はそうそう隠すことはできないんだよ。その「強い女」オーラを。
「お前、これまで何人殺した?」
「殺したのはさっきの三人だけよ。あとは殴り合いで傷を負わせたくらい」
裏社会の人間で、殺されたのに公になっていない人間は一定数存在する。また、ヤクザに重症を負わされても何か脅しを受けて誰にやられたかを言えずにいる人たちもいる。
そんな中、瀬渡は殺しはしてないどころか、暴力に関しても「殴り合い」だと言っている。「殴り合い」なら相手にも責任があるからな。
どこまで瀬渡が本当のことを言っているかは分からないが、今は約束した以上、彼女を信じることにする。
「そうか。……なら十分だ」
すると瀬渡は、俄然スキップをしだした。
「え、本当? やった〜!」
お前俺と学年一緒だったんだから今もう二十六だろ……
流石に約束を守る条件が簡単すぎたかなと思ったが、
俺たちは死体だらけの気持ち悪い道を抜け、ビルを出る。
そして元おもちゃ屋の横の狭い隙間に入った。前を行く瀬渡は難なく通っている。まな板が役に立っているようだ。おそらく花火にここは通れない。
商店街に出るともう九時なだけあってそこそこの賑わいを見せていた。そんな人混みの中を突き進み、俺たちは駅を目指す。
駅のホームに着くと、ちょうど電車が行ったところだった。まぁでも、二分もすればすぐに来るだろう。通勤ラッシュは過ぎているので、そこまで混んではいなかった。
俺は瀬渡に少々聞きづらいが九年間気になっていたことを聞いてみる。
「瀬渡、お前、なんでクリスマスイブの日に中退したんだよ?」
すると瀬渡はため息をついた。それは深呼吸というべきだったかもしれない。勇気を出して、渋々語る覚悟を決めたかのようだったからだ。
「……親父が死んだ。それだけよ」
ただ一言。その言葉だけが返ってきた。瀬渡はずっと俯いている。
親父さんの死、つまり学費が払えなくなったということで間違いはないだろう。
「すまんな、嫌なこと聞いて」
「別にいいわ」
そう答えた瀬渡は、明らかに無理をしているようだった。
高校生の俺が最後に見た瀬渡の顔は、「じゃあまた明日……」言いながら目に涙を溜めた顔だった。
当時はただリア充共にテンションを落としてそんな顔をしているのだと思っていたが、それは絶対に違う。
言うまでもなく、学校を辞めなくてはならないことへの悲しみの涙だったはずだ。
「ごめんな、その……最後、気づいてやれなくて」
瀬渡は顔を上げて、呆れたように笑った。
「な〜んだ、気づいてたの。なら一言くらい何か声かけてくれても良かったのに」
「そんなこと言われてもなぁ……。当時の俺は瀬渡がどんな環境、状況だったのかは知らなかったし……」
「……それもそうね」
無駄に哀愁漂うその言葉。俺は少々言葉を失っていた。
瀬渡はまた俯くと、溜まっていたものを吐き出すかのように淡々と話しはじめた。
「ウチさ、ずっと両親の仲が悪くてね、高一の春、家に居心地が悪くて家出して夜道を歩いていたら、派手に暴れる暴走族を見かけたのよ」
「それで入ったってのか? その団に」
「うん……」
俯いたままの瀬渡からは、後悔しているようにしか感じられない。
待て、暴走族の一員になったのは高一。俺は高二のクリスマスまでずっと部活でこいつと過ごしてきた。
なら……
「地下鉄でいつも帰ってただろ。でもあれは帰ってたんじゃなくて向かってたってことだな」
「そういうこと。うちの家はあの地下鉄が通る方面じゃない。」
おそらく彼女にとっての家は本来の家ではなくその暴走族のアジトになってしまっていたのだろう。それで父が死んで学校を辞めてしまったら彼女はもう……裏社会にまっしぐらだ。
「結局、お前は俺になんて言って欲しかったんだ?」
「それくらい、自分で考えなさいよ……」
「……すまん。その通りだ」
聞くまでもなかった。本心では裏社会に行きたくなかったのだろう。だから曖昧に俺に助けを求めた。遠くを見つめていたのもその一つかもしれない。
だが、もしあの時に彼女の真意に気づけていたとしても、当時の俺じゃどうにかしてやることはできなかっただろう。
瀬渡は裏社会に入り、自ら抜け出そうとした。とてもよくあるパターンだが、よくあってはいけないパターンだ。
アナウンスが流れ、電車が入って来る。車両に乗り込みむと席はまばらに空いていた。しかし俺は席には座らずドアの側から窓の外を見つめる。どうせ一駅だしな。
高層ビルの薄暗いガラスが、やって来た日光を反射していた。
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