5ー36 

「彼女、なんで俺に言わなかったんだろ。処女なんて、いわゆるアピールポイントだろ?」

「彼女的には……それを桂吾に知られたくなかったんじゃないか?

恋愛はしたくないって言ってたんだろ?

助けてもらったお礼みたいな気持ちだったんじゃないかな」

「助けた?俺が?彼女を?」

「あぁ、海に落ちるのは彼女のはずだった。

彼女がのみこまれてしまいたいって、強く願ったから。

だけど、彼女の代わりに桂吾が落ちた。

桂吾は、なんで落ちたのかわからないって言ったけど、う~ん、あれは……引っ張り込まれたって感じだな。

ガッツリ足をすくわれてる。霊的な、あ、幽霊じゃなくて、精霊的な方だけど。まぁ、目に見えない力で。

その時、彼女は桂吾に助けられたって感じたんだ。だから、そのお礼。

体を求められたから、それに応じた。

で、彼女の処女を手に入れたのと同時に、心を掴まれたんだな」

「龍聖、それ言うの今かよ!俺、だいぶ遠回りした気分だけどな」

「いやいや、全然遠回りじゃないさ。いろいろあって、ここにたどり着いてる。近道では、ここにたどり着いてないよ」

「彼女とあのまま続けられる可能性はなかったのかな」

「ないこともなかっただろうな。

桂吾が彼女に本気だって伝えて、本気を信じてもらう為に、彼女の好みに合わせて、髪切って、こぎれいにして、会社勤めでもすれば、続けられたかもしれないし、結婚することもできたかもしれないな。

だけど、それはほんとの自分を殺して偽って無理してるだけのことだろ。

その状態で、何年もいられるとは思えないな。

無理して繕ってる関係は歪みが出てくるから」

「どっちにしろ、ダメだったってことか?」

「それは、なんとも言えないけどな。

桂吾は、“おまえだけ居てくれたらいいんだ。それ以外すべて手放したって構わないんだ”

って書いてたから、ほんとにそう思ってるんだろうなって思ってたけど。ずっと後悔してるのか?」


後悔か……


「後悔……後悔か、 そうだな、後悔なのかも よくわからない……ただ、これで良かったんだって思う時と、違うパターンを試してみても良かったんじゃないかって、 そう 思う時があるって感じかな。 それを後悔ってゆうなら……そうなのかもしれないし」

「違うパターン……」

そう言うと、龍聖は黙り込んだ。



あの頃の俺は……

金がなかった。

別に貧乏だったって話じゃない。

アルバイトだったけど、20万近くもらっていた。

だけど、ローン返済であっという間に終わってしまう。

高いギター買ったり、アンプ買ったり、エフェクターもちょい高いやつ買っちゃたし。

カードの分割払いが引き落とされると、数千円しか残らないなんてのもザラだった。

瞬のコネで割引き価格だったけど、バイオリンのレッスン代も高かったし。

じじばばと一緒に暮らしてたから、食べるものには困らなかった。

今月ピンチでって言えば、お小遣いもくれた。

でも、基本的には財布の中身は、いつも3000円くらい。

女の子と飲みに行ったり、ラブホに行ったりしても、だいたい女の子の方が払ってくれる。

俺と一緒に食事したい、俺に抱かれたい。

俺はもてなす側じゃなくて、もてなされる側。

だから、俺が払わなくても、相手が全部払ってくれる。

彼女もそうだった。

私の都合に付き合ってもらってるんだから、私が払うの当たり前でしょ?と言っていた。

自分は俺のセフレだと。

何人もいるセフレの中の1人だと。

そんな風に思わせてしまっていた。

だから、別れの言葉もなく、俺の前からいなくなった。

そんな風に誤解させてしまっていたことが、本当に悔やまれる。

確かにお金はなかったけど、家へ連れて行けば良かった。

付き合ってる人だって、じじばばに紹介すれば良かった。

俺が、あんな清楚なお嬢さんを連れて行ったら、きっと じじばばも歓迎してくれたはずだ。

彼女も、そんな風に紹介されれば、俺の本気をわかってくれたかもしれない。

ラブホに行かなくたって、俺の部屋でヤッたって良かった。

昔ながらのデカい家だし、泊まっていったって良かった。

そしたら、彼女にお金を払わせることもなかった。

俺のカノジョさんだって、誤解させていたのは、ハトコの姉ちゃんだよって、なんなら、姉ちゃんにも ちゃんと紹介すれば良かった。

俺の大切な人だって。

とにかく、俺はガキだった。

大人ぶって、大人のつもりでかっこつけていただけの、ただのガキだった。

毎日会えることが当たり前で、いなくなるなんて考えられなかった。

一緒に過ごせた時間が、こんなにも かけがえのないものになるなんて、あの頃の俺にはわからなかった。

なんであの時、もっとちゃんと自分自身と向き合わなかったんだろう。

川の流れのように、時間は巻き戻せないし、それはわかってるけど……

会いたい

抱きしめたい

そんな想いを抱えて、これからも生きていくのか……



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