皆さんと作る物語

ふりゅーげる

第1話 「上質な粘土じゃ!!おばちゃん、おかわり!!!」

「上質な粘土じゃ!!おばちゃん、おかわり!!!」

「あの、それハンバーグなんですけど……」

 私はムッとする気持ちをぐっと堪えて、歳に似合わない口調の少女の言を一部訂正する。キラリと光る無邪気な笑顔が眩しい。

 この子からしたら、きっと私はおばちゃんなのだろう。そう割り切って、JKブランドに塗られた泥を払うのを控えた。私だってもう一人前のレディ。大人気ない真似はしない。

 慣れた手つきでハンバーグを作る。自我も曖昧な頃からやっている、お母さん譲りの調理法。そんじょそこらの自称家庭系女子とは年季が違うのだ。

「はい、お待ちどうさま」

 小洒落たプレートの上に彩りよく野菜を乗せ、少女におかわりを渡す。そう、うちは洋食屋さんなのだ。


 海の近い街、昔ながらの商店街の端っこにひっそりと佇む料理店。厨房がカウンターに面しているから、お客さんとのやり取りは多い。

 お父さんは無口だけれど、人と話すのは好きな人だ。そんなわけで、代替わりの時にお店を現在の形に改装したらしい。

 お父さんとお母さんが出会ったのは20年前。お母さんが仕事で出張しているとき、この料理店に立ち寄ったのが2人の馴れ初め。先に惚れたのはお母さん。家からはとても遠いのに、毎月25日には必ずお店に来てくれる常連さんだったらしい。

 お母さんからたくさんアプローチされて、お父さんも満更じゃなくなって、4年の歳月を経て、2人は結婚した。結婚したのは、皇太子殿下御成婚と同じ、1993年。両親はそんな偶然にあやかって、記念コインを宝物として購入したのだそうだ。父は今でも、懐中時計の中にそのコインをしまっている。


 そんなラヴ・ロマンスがあったみたいだけど、本当のところはわからない。お父さんのことだ、恥ずかしがって相手が先に惚れたとか、見栄を張ってると思う。


 それを確認する術は、もう私にはないのだけれど。


 私は厨房に飾ってある写真に目を向けた。慈愛に満ちた目で、生まれたばかりの私を抱く母。その様子を、後ろで一歩引いて微笑ましそうに父が眺めている。

 私は父と母が結婚した翌年に生まれたらしい。


 目の前の少女に目を向ける。美味しそうに、ハンバーグを口一杯頬張っていた。その嬉しそうな顔を見ると、私もつい頬が綻んでしまう。


「なんじゃ、何をそんなにニマニマと見つめておる」

「ううん、あんまり美味しそうに食べてくれるから私も嬉しくて」

「それは美味しいに決まってるわよ」

「え?」


 そこには、変わらず無邪気な笑顔でご飯を食べる、年相応に見える少女が座っていた。すこし思い出に浸って上の空になっていたからだろうか。


 「そういえば、貴女どこから来たの? このお店来たの、初めてよね?」


 私は目の前の少女になぜか興味が湧いてきて、質問を投げかけた。

 彼女は無言で店の壁を指さす。


 「そっちには何もないよ?」


 その壁の先、しばらく歩いた所には、見晴らしの良い丘がある。そこから見えるターコイズブルー色の天の恵みこそ、この街最高の財産だ。しかし、それ以外には何もない。強いて言うなら、大海原の中に、色々な人々の思い出が溶け、混じり、残っているかもしれないが。


 そういえば、お父さんがお母さんにプロポーズしたのは、あの小高い丘だった。大海原が満天の星の光を照り返す、幻想的な夜の話を、私は父から幾度となく聞かされていた。


 彼女は食べるのに夢中なのか、その小さな口一杯にハンバーグを頬張り、一生懸命皿と対峙していた。その小さな体に、2個目のハンバーグは応えたのだろうか。1個目よりも余裕がないように見えた。


 今になって思うと、彼女に興味が湧かないのがそもそもおかしかった。普通に考えたら、こんな小さい子が、しかも1人で、こんな見た目の洋食屋に来るわけもない。その佇まいがあまりに自然だったから、今まで気づけなかったのだろう。

 でも今は、年相応の少女のように見える。不思議だ。

 そんなことを思って彼女をぼんやり見ていると、肩が震えているのに気がついた。泣いている?


「大丈夫? お腹いっぱいなら無理して食べなくていいんだよ?」


 彼女は首を横に振り、大きめの欠片を口に放り込んだ。今まで口元を汚さずきれいに食べていたのに、最後の最後で台無しだ。


「大丈夫なのじゃ。おばさん、お勘定。」


「随分難しい言葉を知ってるのね。ハンバーグ定食2点で、二千五百円になります。」


「昔から、ほんとに何も変わってないのね。」


 ハッとして私は声の主を見た。しかし、そこにはやはり無邪気に、小さな手でお金を差し出す少女の姿しかなかった。


「それじゃあ、これでお願いするのじゃ。」


「え、あ、はい。五千円ね。じゃあ、お釣りは…」


「お釣りはいいのじゃ。また今度来た時のために持っといてくれ!」


「えっ、でも…」


 そういうと、彼女は勢いよく店を飛び出した。


「あの子一体何だったんだろう…」


 とても不思議な子だった。変な口調で喋ったり、無垢な少女に見えたと思ったら、歳不相応に大人びて見えたり。


「でもなんか、懐かしい感じの、胸が温かくなるような感じの……。変な子。」


 私は手に残ったコインのやけに冷たい感触を感じつつ、父の帰りを待った。

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皆さんと作る物語 ふりゅーげる @tusk0904

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