山田先生(♂)は変身がお好き?

さくら

山田先生と変身

「わぁ~!似合いますねぇ!」

「相変わらず『艶』があるね…。」

「そうそう。すごく『しなやか』なんだよね~。」

「わかるわかる。『手』がすごくきれいだよ~。」


 周りの女性教員からは何だか絶賛?の嵐。デジカメで何度も写真を撮っている教員もいる。なんだか呆れている同僚もいるが、まぁ当然だわな。冷静にみると変態だもん。

でも、これで三度目になるが、なんだか我ながらこういう風に「似合う」とか「きれい」とか言ってもらえるのが最近は気持ち良くなってきた気がする。今までは同じ学年にいる女性教員から借りていたが、今回は「またどうせ『かぶる』んだろ?自分で買えば?」という先輩教員の助言もあって、初めて自分で購入してしまった。某オンラインショップで注文し、商品が実際に到着するまでは毎日メールをチェックし、そわそわしてしまったのは嫁には絶対に話せない。どうやらすでに引き返せない段階にまで来てしまった感は否めない今日この頃である。


 思い起こせば、俺がこうしているのは、所属する生徒たちが卒業する時に、生徒会主催で行う恒例行事である「三送会(=三年生を送る会)」で、教員の出し物として、当時はやっていたグループの歌と踊りを披露したのが最初だった。その後も新年度になり、次の学年団が三年生になった時、さも当然のように、同じようにそのとき流行していた『女性』ユニットのダンスを所属教員(=男性!!)で踊った。その際もやけに黄色い歓声を受けていて…。


 そして今、俺は職員室で眼鏡をはずし、茶色のロングのウィッグと花の髪飾りをつけ、100円ショップで購入したつけまつげを装着してもらっている。フリフリのロングスカートを身につけ、上半身はTシャツの端っこを結わえ、おへそを見せるようにして着ている。自分で言うのもなんだが体格は水泳を大学まで続けたおかげで「逆三角形」で、現役を引退してからすっかり痩せてしまった今、おなかの脂肪は全くない。さっきウィッグをつける前にTシャツの端を結わえてへそを出してみたら、同僚の男性教員から


「先生…それだけで十分すぎるほど『かわいい』ですね…。」


と言われてしまった。くびれがセクシーらしい。なるほど。確かに俺のお腹はすっきりしていてしかも逆三角形、くびれができていて、このような恰好だと確かに可愛く見えるかも。もちろん顔から上を無視すれば、であるが。うーん。素直にありがとうと言っておこうかな。


 俺の素の顔はあまり良くはなく、別に女顔というわけではない。昔は(というか今も、か・・・)そういう美形の男性主人公が出てきたりするアニメや小説などを読むたびに、どれだけうらやましいと思ったことか。しかしなぜかウィッグをつけると「それなり」には映るようで、自分で鏡を見た時も、予想していたほどはひどくはない。むしろつけまつげや髪飾りなどが手伝って、ちょっとだけ可愛く思えてしまう。とはいえ、冷静に見つめると、毎朝鏡に映る、むさいおっさんが見え隠れするのではあるが…。


 ただ自慢ではないが、小さな頃から「指」は細くてきれいだと褒めらていて、何かにつけみんなの注目を浴びていた。調理実習の時には包丁を握る手つきを褒められ、体操の時には指先のしなやかさを褒められたものだ。ついこの間なんて、生徒と母親を混じえた三者面談の時に、生徒の状況を一通り説明し、母親に意見を求めたら、なんと第一声が


「先生、指がものすごく綺麗ですね」


だったのだ。一体何を聞いていたんだ、何を。その声に生徒も反応し、「でしょ、でしょ~!」などと言い始めてしまい、本来話すべきことの半分位しか話せなかった。やれやれ…。


 しかし、こうやって衣装からメイクまですべてを完成させてみると、自分の中で「何か」のスイッチが入るようだ。素の俺はもちろん31歳の英語教員(上記から分かる通り既婚!)だが、何だかここまできっちり変身すると「なりきらなければ」という意識が働くらしい。どうしても、というより、つい意識的に女性的な所作を心がけるようになる。普段は短髪だから(天然パーマだから長髪が似合わないのなんの。試しに以前に少し髪を伸ばしてみたら、嫁に「老けて見えるし似合わないから短くした方がいいよ」と言われてしまった…。えぇ、その後すっぱり切ってしまいましたとも!)、顔の横や肩に髪がかかることが何だか嬉しい。ついつい毛先をくるくるしたり、後ろ髪をかきあげたりしてしまう。そういう風に感じてしまう当たり、やはり危険な段階にいるなぁと自覚してしまうのだが。


 先日、試しに席が近い、新卒でうちの高校に入ってきた後輩教員(ルックスはちょっと可愛い系か)にウィッグをかぶせてみたところ、何だか周りの女性教員の反応は薄い。


「う~ん。やっぱ山田先生の方が似合うね。なんか男くささが残ってるんだよね。」

「あ!それ私も分かります。山田先生は『全体の雰囲気』がもう女性っぽくなるんですよね。だから似合うのかも。」


という風になった。どうやら似合う、似合わないはルックスだけの問題ではないらしい。その言葉を聞いて、その後輩教員はちょっぴり落ち込んだ表情をしていたが。ちなみに、結局そのウィッグは「山田先生専用ウィッグ」ということが暗黙の了解となったようだ。それを聞いてちょっと嬉しかったのは誰にも言えない。


 前回の三送会での出し物のあとも、


「他の誰がやるよりも似合う。」とか、

「どんな役をしてもきれいだよね~。」


など、同僚の女性教員陣のみならず、男性教員からも「普段の山田先生とのギャップにやられる」「萌えるわ~」と褒め(?)られた。授業を担当しているクラスの生徒からも


「美人だったよ~(笑)」


と言われたり、担任をしているクラスのその日の帰りのSHR(ショートホームルーム)では、俺が教室に入るなり大歓声が起こり、男子、女子問わず


「センセ―、可愛かったぜ~!」

「すごく似合ってたわよ!」


などなど様々な声が。一番まじめな委員長の女の子までもが、落ち着いた様子で


「山田先生、すごくお似合いでした。またぜひお願いします。」


という始末。その日の学級日誌には委員長の彼女が俺のイラストつきで

「山田先生が一番似合っていました。」

と書いていたり、なんだかくすぐったいような、嬉しいような感じを覚えた。


 今回、俺はうちの高校の文化祭の出し物の準備をしている。本校では2日間の文化祭のうち、2日目の一般公開が終了した後、「後夜祭」を行っている。その後夜祭で、何といま流行っているアイドルグループの歌と踊りを披露することが俺が知らない間に決まってしまっていた。いや~…業務が忙しい中だったし、たぶん冗談なんだろうな~なんて軽く考えていたら、大真面目だったみたいで…。結局出演するのは俺と女性教員2人の計3名ということになり、真ん中に俺が立つことになっていた。その後ひたすら1週間、部活の指導が終わった7時ごろから練習を始め、短期間ではあるがなんとか歌とダンスを習得し、今日がその後夜祭本番である。いまちょうど一般公開が終了し、後夜祭までのわずかな休憩時間となり、準備のために職員室に戻り、女性教員に手伝ってもらってフル装備が完了したところだ。


「はい、完成ですよ、山田先生。」これは同じく出演する女性教員の島先生。

「ありがとうございます。どうですか?」

「「聞かなくても分かるんじゃないですか?」」と島先生の他に出演するもうひとりの女性教員田村先生。にやりと笑みを浮かべている。

「いやいや、自分じゃわかんないですって。」

「そんなこと言って~。自分でも『似合う』のが分かってるくせに~。」と島先生。

「ドキッ!いやいや・・・」

「そうよ。まんざらでもないっていう顔してるのが分かるからね。でもほんとに…『相変わらず』なんでこんなに似合うんだろうね~。女顔というわけではないのに…。とっても可愛いわよ、山田『雅美』センセ!ほんとに女の子っぽいわ。」と田村先生。

「その名前で呼ぶな!まったく…いや~、でもありがとう、なのかな?」


つい『雅美』と呼ばれたことで反応してしまう。いや、この恰好をしている時点で自分に対して突っ込むところが『雅美』という名前以外にもたくさんあるのであるが。


 俺の名前は山田雅道(やまだまさみち)31歳。既婚。結婚6年目。嫁とはタメ。専門教科は英語で、大学受験英語指導もバリバリこなしている。英語科の主任として、さまざまな業務をこなしている。周りからは『まじめ』『常に冷静』という評価をもらうことが多い。その真面目な山田雅道が、教員歴8年目にして、すでに女装歴が3回目であるということが最近気がかりになりつつある。田村先生が呼ぶこの『雅美』とは、前回(つまり2回目)の三送会の時に、女性教員団からつけてもらった愛称だ。「雅道」の「ち」をとって女の子っぽい名前が知らない間に付けられていた。俺は同意していないぞ、うん。しかし31歳にもなってまた女装をするなんて…二度あることは三度あるというが…。なんだか「相変わらず」っていうところに何か引っかかるものを感じるんだが。四度目がまた来そうな。いや、それは今は考えまい。


 何だかいろいろ人生間違ってき始めた気がするが、でも自分の中でもそれの「楽しさ」に気付き始めた現在。すでに嫁からは「普段のしぐさ」の中に女性っぽいものがあったりすることが多いらしく、指摘されることが増えてきた。例えば手の振り方や考え事をするときのしぐさなどがいちいち女性っぽいんだそうだ。俺も普段は気にしていないのだが、なるほどそれが癖らしく、無意識にそういう風になってしまう。まぁ嫁は嫌がっている様子はなく、むしろ楽しんでいるが。ちなみに夜は最近「責められる」のに目覚め始めている。首筋や背中、腰辺りが特に弱いんだよなァ・・・ごほん。おかしい。いろいろやばい。どうしてこんな話になった。


「いいじゃないの『雅美ちゃん』で。女の子バージョンの時は雅美ちゃんになりきらないとだめよ?」と田村先生。

「そうそう。そうした方が山田先生も『気持ちが入りやすい』でしょ?ね~、『雅美ちゃん』?」と島先生。

「~っ!いやっ、まぁ、たしかに、その…。」


うまく反応できない。実は前回雅美ちゃんと名付けられたとき、三送会後に舞台裏で


「『雅美ちゃん』かぁ…へへっ」


と、女の子の名前を付けてもらったことに喜びながら踊っていたのを目撃されてしまっていたのだ。それ以来、女性教員全員から、特に女装の話題になったときは『雅美ちゃん』と呼ばれてからかわれている。


「じゃあ雅美ちゃん、これから舞台に移動しましょうね。」と島先生。

「そうね。そろそろ行こっか。」と田村先生。

「おー、いよいよか。『雅美ちゃん』たちは何を踊るのかな。」とこれは教頭先生。

「き、教頭先生までその名前で呼ばないで下さいよ…。」

「雅美ちゃん、女の子スイッチが切れてるわよ!」と田村先生。

「そうそう!もっと女の子っぽくしゃべらなきゃだめですよ。」と島先生。

「えぇ?しゃべり方まで?俺声低いよ?」

「「だーめー(よ)(でーす)!」」

「そうだねぇ。せっかくそんなに『可愛く』なったんだもんねぇ、『雅美ちゃん』。しゃべり方もそれらしくしないとだめだろう。」と教頭。

「え~?」

「諦めてくれ。職務命令だ。」

「!わ、分かりました。」

「そこは『分かったわ』よ」

「教頭にタメ口になるだろ!」ドスッ!「ぐ!」田村先生の肘鉄が脇腹にクリティカルヒット。

「構わんよ。『雅美ちゃん』が可愛いので許そう。」と言いつつ教頭の目元は思いっきり笑っている。

「声を少し高めに出して、可愛くしゃべれば雅美ちゃんの声質でも可愛く聞こえますよ。」と島先生。

「そうそう。なんてったって、今日は雅美ちゃんにしゃべってもらうんですからね。」ニヤッとしながらほほ笑む田村先生。

「な!き、聞いてない!わ!」

「「だって言ってないもん。」」

「あ、悪魔だ…」


今まで女装をして踊ったり歌ったりは2度ほどしたことがあるが、どちらも自分だけでしゃべった経験はない。教員の出し物が始まる時の司会をやったこともあるが、それは自分の出番が終わったら他の教員と交代してたし、第一その司会は舞台そでで、姿が見られないようにしながら行っていたのだ。つまり、決して「一人だけ」で、しかも「女装した状態」で、全教職員、全生徒、そして今日は文化祭なので一部の生徒保護者もいるという中で、女の子っぽくセリフを言わなければならなかったことなど当然なかった。


「まだ私たちの出番までは1時間くらいありますから、踊りの確認をしながら、雅美ちゃんの『セリフ』の練習をしましょう。」said 島。

「そうね。じゃあ行くよ、雅美ちゃん。」said 田村。

「っておい!「ドスっ!(肘鉄)」ぐっ…ま、待っていただけます?ひょっとしてこの恰好のまま職員室から行動に移動する、の?」


肘鉄を食らい、なんとか息を整えつつ、なるべく可愛く尋ねる。


「「あたりまえじゃない」」

「なっ!二人はまだ着替えてないじゃないか!っませんわ!」

「「私たちは講堂に着いてから着替えに行きます」」

「じゃあ俺も「ドスッ!」わ、私もそうしたい「「だめです」」…はい。って、いやいや、何の罰ゲームですか?生徒にも保護者にも見られてしまいます、わ?」

「雅美ちゃんが恥ずかしがってるのを見たいのよ」


悪魔のようなほほ笑みを浮かべる田村先生。


「そうですね。ちゃんと私たちが宣伝してあげますよ。『雅美ちゃんが今日後夜祭に出ますよ~』って。」


と島先生。田村先生、島先生がお、私の両腕をがっちり固めて職員室の外に連行していきます。


「ではお二方。雅美ちゃんと共にがんばってくださいね。」


と教頭。そこに居合わせた学年主任(女性)の村田先生もこう言って送り出してくれた。


「では山田、いえ『雅美』先生、期待していますからね。」

「「は~い、じゃあ行きますよ、雅美ちゃん!」」

「い…いやぁ~!」公開処刑が始まった。


 今、一般公開が終わり、生徒や来場者は講堂に移動している途中です。職員室の前はロビーになっており、まだたくさんの生徒や保護者などがいる。島先生、田村先生に両脇を抱えられて職員室の扉が開くと、みんな一斉にこちらに注目してきます。一様に目を見開き、隣の人と「あれ誰?」「え?先生なの?誰?」「でも似あってるよね?」など様々なささやきが聞こえてきます。恥ずかしくてとても頭を上げることはできず、ひたすら私は足元を見つめています。


「みなさ~ん。これから後夜祭でここにいる先生と私たちが踊りま~す。ぜひ見に来て下さいね~!」

「場所は講堂になりま~す。ぜひご覧くださいね~!」と私の脇をがっちりホールドしつつ島先生と田村先生が言います。


すると田村先生がうつむいた私の顔を覗き込み、耳元で囁きかけます。って、い、息が耳にかかるっ!ただでさえ羞恥心で顔が真っ赤になっているところに、まるで追い打ちをかけてくるようです。


「ねぇ、雅美ちゃん、下ばかり向いてると、あなたの可愛いお顔を見てもらえないわよ。しっかり顔を上げなさい。」

「でっでも、は、恥ずかしいよ…。絶対変な目で見てるよ~。」

「大丈夫ですよ。雅美先生は可愛いです。その恥ずかしがって小さくなってる姿も、そのしぐさも、ちゃあんと『女の子』ですよ。ほら、スイッチ入ってるじゃないですか。行きましょ!雅美ちゃん?」と島先生が励まして(?)くれます。


「…わ、分かりました。」と、顔を上げると、眼鏡をはずして裸眼のままのため、視界がぼんやりとしてはいますが、みなさんが私たちの方を向いているのが分かります。高まる鼓動を抑えるように深呼吸をし、少しずつ講堂に向かって歩き出しました。


するとそこで、ロビーで展示を行っていた保護者会役員のお母様方が、何やら熱い視線を私に向けているのが分かります。ぼんやりとして分かりませんが、興奮した様子で一斉にカメラや携帯で写真を撮っているようです。私はすぐ視線をそらし、なるべく誰とも視線が合わないようにします。しかしここは学校内。授業を担当している生徒に出くわし、きゃあ~!あ、山田先生だ!という声も。ま、まずいです。ばれた!


「ふふっ、そうよ。この女の子は山田先生よ。可愛いでしょう?」


と田村先生が私の正体をあっさりとそのほかの生徒にも教えています。


「うわー、引くわ―」


という声もあれば、

「でも似あってるよね?」


という声も様々です。うぅ、確かに女装をしてるけど、引かれるとやっぱりショックです。落ち込んだ私の様子を見て、声がかけられます。


「雅美ちゃん、大丈夫、可愛いですよ。恥ずかしがってるようすがほんとに女の子みたい。」


と島先生。


「男性教員の中では間違いなく雅美ちゃんが一番似合うんですから。」


と慰めてくれます。嬉しくなり、赤くほてった顔に笑顔を浮かべ、島先生にほほ笑みかけます。


「…ありがとうございます。島先生。」小さな声で島先生にお礼。

「いえいえ。あ、ほら、講堂に着きましたよ。」


どきどきしっぱなしでろくに周りを見ていませんでしたが、いつの間にか後夜祭の会場である講堂に着いています。相変わらず生徒たちはこちらを奇異な目でみたりしていますが、なんだかちょっとずつ慣れてきた気がします。


「さ、私たちは脇から入りましょう。」


と田村先生に促され、生徒たちとは別の入り口から舞台袖に。生徒の目もなくなり、ようやく安心できます。


「はぁ~…は、恥ずかしかったぁ…。」

と、先ほどまでの大冒険(?)を振り返り、独り言が出ます。だって、いままで女装した姿をあんな至近距離を、生徒だけじゃなくて保護者の方に見られたことなんてなかったんですから。


「ふふふっ、お疲れ様、雅美ちゃん。でもこれからが本番よ?」と田村先生。

「そうですね。一生懸命踊りの練習をしてきたんですから、今日は精いっぱい頑張りましょう!」


と島先生が意気込みます。


「じゃあ私たちは着替えて来るから、この紙に書いてあるセリフの練習をしておいてね。いい、『可愛く』言えるようにね。」


と田村先生から紙切れを渡されると、二人は一旦出ていきます。うーん、なになに…。



雅美ちゃんのセリフ

みんなー!こんにちはー!2,3年生のみんなは「ただいま」だね!私は『雅美』といいまーす。今日は私と島先生、田村先生で、踊りを披露しましたが、どうでしたか~?(反応を見て)ありがとうー!今日みんなにこの姿を見てもらえて、雅美はすごく嬉しいで~す。今日はほんとにありがとー!じゃあまたねー!(舞台降りる)

注:キャピッとした感じで言うのよ。最初は「やっほー」でもいいわ。by田村



…って、こ、こんなん言えるかー!あ、スイッチ切れちゃった。



 セリフの中身を見た衝撃でスイッチが切れかかったが、なんとか気持ちを盛り上げ、女の子スイッチを再びいれた。…ふう、これでダイジョーブです。もうこうなったら精いっぱい可愛くなってやります。何だかめらめらと闘志がわいてくるのを感じながら、地声の低さをなんとかして可愛い声にしようとしばらく練習をします。


 ぶつぶついっているところに二人が衣装に着替えて帰ってきました。


「ただいまー。雅美ちゃん、そのセリフどう?気に入った?」と田村先生。

「き、気にいるというか、こんなセリフ恥ずかしいです!『今日みんなにこの姿を見てもらえて、雅美はすごく嬉しいで~す』なんて、普段私は絶対こんなしゃべり方しないのに…。」


と、恥ずかしくて顔がまた赤くなるのを感じながら抗議します。しかし田村先生は


「ううーん。もう少し高めにしゃべれないかな?」


とこんな感じです。


「も、もう!は、恥ずかしいのに!…あ、あ~。こ、こんな感じですか?」

「そうね、だいぶましになったわね。じゃあ一行言ってみなさい。」

「え?…わ、分かりました。ご、ごほん。い、いきますよ。」

「どうぞ。」「がんばって!」

「み、みんなー…。こんにちはー…!2,3年生のみんなはた、「ただいま」だね…。私は『雅美』といいまーす。」


もう途中から恥ずかしくてもう無理です。


「雅美ちゃ―ん、もっとハイテンションで言わないとだめよ!はずかしがったら負けよ!」


と田村先生。


「ま、負けなんですか?」

「そうよ。雰囲気にのまれちゃうわよ。セリフは踊りが終わった後のあいさつみたいなもの。せっかく私も島ちゃんも、雅美ちゃんも頑張ってきたんだから、その思いを観客に短い言葉でもいいから伝えるのよ。」


なんだかいつもの横暴な田村先生らしからぬ、彼女の熱い気持ちが伝わります。


「ちょっと、失礼なこと考えてない?」

「え?い、いいえ!」

「まあいいわ。要するに大切なのは雅美ちゃんが私たち3人を代表して、気持ちを伝えることよ。だって一番努力をしたのが雅美ちゃんですもの。」

「?そ、そうなの?」

「そうですよ。だって、私と田村先生はもともと女ですから、踊りを覚えるだけでいいんですもの。でも雅美先生は踊りだけじゃなくて、性別の壁、そして生徒たち・保護者の皆さんの目にも耐えなくちゃいけないんですもの。さっきもすごく頑張ったじゃないですか。恥ずかしかったと思いますが、でもそのおかげで少し自信がつきませんでしたか?中には中傷する生徒もいましたが、大半の生徒は好意的な目を向けてくれていますよ。女子生徒も男子生徒も、です。だって、恥ずかしくって涙目で真っ赤になりながら私たちと一緒に並んでる雅美先生は、とっても女の子っぽかったですもの。」

「そうね。ちょっと荒療治だったのは認めるわ。でも、これで本番に向けて度胸はついたでしょう?素の雅美ちゃん自身はどう見ても外見はまさに男!って感じだけど、そうやってフル装備して雅美ちゃん自身の『女の子スイッチ』が入れば、ものすごく可愛く映るのよ。外見だけじゃなくて、全体の雰囲気がまさに可愛い女の子なのよ。」


田村先生もフォローしてくれます。…なんだか、女装なんてしてる教員なんて絶対馬鹿だし、変な目でしかみられない!って思ってたけど、こんな真剣な二人を見てると、後夜祭という特別な日だけは許されてもいいのかな、と思えてきました。


「…島先生、田村先生…。あ、ありがとうございます。」


私をからかっているのではない、二人の真剣な気持ちにふれ、つい声が震え、視界がぼやけてきます。


「もう、泣かないの、雅美ちゃん。まだ本番はこれからよ?」と田村先生がため息混じりに言います。

「ふふ、そこも雅美先生のチャームポイントですものね。涙腺ゆるいのって。」


それを聞いてまた顔がほてってしまいます。


「!チャ、チャームポイントって…それにな、泣いてなんかないですよぅ!」

と、必死にごまかします。鼻水も出て、我ながら誤魔化すどころかばればれですけど。


「うふふ、ほんとに可愛いなぁ。年上だけど、『妹』みたいね。」と田村先生。


「あ、私もそれ、同感です。ちょっと天然で、何もない場所でつまずいて転ぶような妹ですよね。」


とさらりと島先生がなんだかひどいことを。


「な!な、何もないところで転びません!そ、それにわ、私は天然じゃないです!」

「あ~、はいはい。天然の人ってみんなそう言うのよね。特に女の子スイッチが入って、一旦『雅美ちゃん』になったあとって、自分じゃ気づいてないでしょうけど、さらに天然っぽいわよ。放っておけない感じがするわ。」


と田村先生まで乗っかります。


「も、もう!知りません!は、はやく踊りのリハーサルやりましょう!」


と、恥ずかしくなってひとりで自分のパートを踊り始めます。その様子を島先生、田村先生がほほえみを浮かべて眺めています。さぁ、もうすぐ本番です。


 その後私たちは舞台袖で最後のリハーサルを行い、振付の最終チェックをします。その間に後夜祭が始まり、最初の出し物が始まりました。私たちの出番は一番最後です。


「ちょっと雅美ちゃん、足が違う!」

「え?あ、すいません!」

「雅美ちゃん、そこ、ターンが反対ですよ」

「は、はい!」


まだまだ完璧に踊りきれていませんが、刻一刻と私たちの出番が近づいています。二人に指摘された箇所を集中的に修正し、なんとか踊りきれるようになりました。



「じゃあ、そろそろ先生方のスタンバイお願いしま~…す?」


と、実行委員である生徒会役員の生徒が舞台袖に呼びに来ました。と、最後の言葉を言いきる時に私と目が合い、点になっています。


「え?だ、誰ですか?」

「ふふっ見事に騙されてるわね~。『山田先生』よ!」

「え~!?か、変わりすぎてて全く誰だかわからない…。」

「山田先生は、スイッチが入ると『最強』なのよ。ね、『雅美ちゃん』?」

「そ、そんな質問答えづらいです!」


と、生徒の前だけれど授業時のような冷静な様子ではない、スイッチが入ってしまった『雅美ちゃん』としての受け答えをしてしまいます。恥ずかしくてまたまた顔がほてって仕方ありません。


「イ、イメージが違いすぎる…。ま、まあいっか。じゃあ先生方、準備お願いします!」

「さて、行きましょうか。」

「ええ。雅美先生、行きましょう!」

「は、はい!」


本番スタートです。舞台は暗幕が下ろされており、その中を舞台中央に向かって進んでいきます。やがて舞台の向こう側にいる他の生徒会役員たちが私たち?いや、むしろ私?に対して一瞬息をのみ、そして歓声を上げるのが聞こえてきます。でも緊張しているのもあって、生徒たちに構っている心のゆとりはもはやありません。緊張と恥ずかしさでドキドキしながら位置につき、ステージに背を向けます。舞台に向かって左側が島先生、真ん中が私、右側が田村先生です。

一旦会場の照明が落ちると、後夜祭の司会役の生徒が暗幕の外から私たちの出番を告げるナレーションをし始めます。


「Ladies and gentlemen! お待たせしました。後夜祭最後の出し物は、田村先生、島先生、そして何と『あの』先生による、この曲だ~!」


言い終わるのと同時に暗幕が上がり始めます。私たちの足元、背中、そしてやがて全身を見ると、歓声はひときわ大きくなります。緊張でもう心臓が口から飛び出てきそう!いよいよです。


「いきましょう、田村先生、島先生!」

「ええ!」「はい!」

そしてついに曲がかかり、私たちの踊りが始まりました。



「ふ~、は、恥ずかしかったぁ…。」

「お疲れさま、雅美ちゃん」

「は~…お疲れさまでした、田村先生も島先生もありがとうございました。」


ここは舞台袖。踊り終わって、その後司会の生徒が私にマイクを渡し、何とか締めのあいさつを終えて戻ってきたところです。あいさつはどうだったかですって?恥ずかしかったですとも、もちろん!


「最後のあいさつ、よかったですよ、雅美ちゃん?」と島先生。

「え?あ、ありがとうございます。で、でも緊張して何がなんだかわからない内にマイクを手渡されて…あんなあいさつで良かったんでしょうか…?」


踊り終わった後、割れんばかりの拍手に続いて、教職員からでた「雅美ちゃーん」のコール。司会の生徒が私の正体を明かすと、さらに大きな歓声が上がりました。


「では、3人を代表して山田先生に挨拶をお願いします。」

「は、はい!」


マイクを手渡され、改めて会場を見渡しました。メガネを外しているためぼんやりとしていますが、みんなの視線が私に向けられているのがわかりました。緊張と恥ずかしさで顔が紅潮するのを感じながら、意を決してマイクを強く握り直し、話し始めました。


「こ、こほん!み、みなさん、こんにちは。先ほど紹介にもありましたが、わ、私は2学年の山田です。き、今日はこんな格好で失礼しました。みなさん楽しんでいただけましたか?実は私がこんな格好をするのは今回が初めてではなくてですね、ええっと、言いにくいんですけど、実はこれで3度目だったりするんですっ…そ、それでですね、前回は今年の春卒業した3年生を送る会で踊った時ですから、今の1年生以外は覚えていると思うんですね…。

また性懲りもなくそんな格好しやがって、とお思いの方が多いと思うのですが、ほんとにすみません。で、でもさすがに3度目となると少し慣れてきたというか、ウィッグを自分で買ってきたり、少しでも可愛く見せられるようにしたり、自分でも色々と変化があったのですよ…

って、え?ひょっとしてこれって墓穴を掘ってますよね?

…え~、一生秘密にしなければならないことを暴露してしまい、もうお婿に行けない感じです。こんな31歳でごめんさない。

で、ええっと…はいはい、挨拶ですね、ごめんなさい。私が参加するときはいつも周りに決められていて、今回も私が出ることを知ったのはすでにエントリーが終わってからだったんですよ。ひどいですよね。

でも、出るからには一生懸命頑張らなきゃですし、田村先生にも島先生も迷惑がかかりますから、毎日夜の7時頃から3人で頑張りました。二人共とても忙しいのに真剣に練習に付き合ってくれて、振り付けを一緒に覚えて、私のをよく直してくれたりしました。今日の衣装とメイクも田村先生と島先生がやってくれたんです。普段に考えて恥ずかしいというか、かなり常軌を逸した格好だとわかってるんですけど、でもやっぱり練習を一緒にやってきて楽しかったなって思えて…だから、精一杯可愛くなれるように、私なりに二人と一緒に今日まで練習してきました。会場の皆さんに楽しんでもらえるよう、踊りのクオリティで納得させられるように努力してきました。生徒に今日までバレないように秘密にしながらの練習はとても辛かったですけど、いろんな人たちのおかげて、今日ここで舞台に立てるくらいに自信をつけることができました…今日本番前に女装して人前に出たときはさすがに固まりましたが、でも田村先生も島先生も、ちゃんとフォローしてくれて、とても嬉しかったです…。踊りだけじゃなくて、『雅美』として『女の子』らしくすることに一番理解を示してくれたのは、やっぱりこの二人なんです。ホントは私のこの格好がみんなにどう映るか不安でしょうがなかったし、みんなが明日から私のことをどう思うのかと考えると足が震えちゃって…でも、今回田村先生と島先生が、いつも心を支えてくれたおかげで、何とかこの場に立つことができました。…ほ、ほんとに…田村先生、島先生、ありがとうございました!…ぐすっ、そ、そして会場のみなさん、本校の文化祭、後夜祭に足を運んでくださって、ありがとうございました!」


最後はやっぱり涙が出て、こらえてしゃべるのがとっても大変でしたが、最後にお辞儀をすると、本当に大きな拍手をもらえて…。その後、後ろに控えていた田村先生も島先生も私の隣にいて、二人で大泣きしている私を抱きしめてくれました。その瞬間、泣くのを必死に我慢していたものが一気に崩壊し、力いっぱい二人に抱きついて、大声を上げて泣いてしまいました。それからはうまく司会の生徒が処理し、後夜祭を閉会させてくれました。そしてわんわん泣く私を生徒会役員の生徒たちが舞台袖まで誘導してくれたのでした。


「大丈夫ですよ。ばっちり可愛かったですから。」と島先生。

「ええ。とっても。一生懸命でいじらしかったわ。あそこまであなたに思ってもらえるなんて、私たちも本当に嬉しかったわよ。」


田村先生の目が心なしか潤んでいるように…。


「そ、そんな…事実ですよ、本当に感謝してるんですもの。二人共とても頼りになって、今まで支えてくれたな、って実感できたんです。」

「雅美ちゃん、ありがとう。」「ありがとうございます、雅美先生。」

「でも雅美ちゃんのあいさつを聞いてて、やっぱりこの子は『私たちの妹だわ』って思わなかった、島ちゃん?」

「思いました!『手のかかる妹ですね~』って思いましたもの。」

「ええっ?ひ、ひどい!っていうか、わ、私の方が年上なんですけど…」

「ふふっ、あなた、最後私たちに抱きついてきたとき、何て言ったか自分で覚えてないのかしら?」

「そうですよ~?雅美先生、小さな声で私たちに言ってくれたじゃないですか~。」

「えぇ?う、嘘ですよ~。な、泣いててそれどころじゃなかった気がするんですけど…。」


私は慌てて視線をそらします。


「誤魔化してもだめよ~。聞こえてないと思ったかもしれないけど、ちゃーんと『…お姉さま…』って言ったの聞いちゃったもんね~!」

「…っ!…き、聞かれてた~!」


ボンッ!という音と共に湯気が顔から出てきそうなくらい、私の顔は一気に紅潮します。しょうがないじゃないですか!話しているうちに改めて頼りになったなって実感して、それから泣いてる私をギュって抱きしめてくれるんですから…そんな二人を形容する言葉は、もう私にとっては『お姉さま』以外の言葉は思いつかなかったのです。


「あらら~お顔が真っ赤っかよ~。照れなくてもいいのに~。」

「ふふふ…なんだか嬉しいですね、田村先生。私たちをこんなに慕ってくれるなんて。」

「ええ。『雅美ちゃん』であれば、私たちは喜んであなたの『お姉さま』になってあげるわ。」


二人とも私をからかいつつも、とても嬉しそうな表情です。聞かれていないと思ったのに…心の中だけで呼ぼうと思ったのに、つい口に出てしまったその言葉は、今後の私の人生に、少なからぬ影響を与えるのです。


「…あ、ありがとうございます!」

「でも、そう呼んでいいのは私と島ちゃんに対してだけよ。他の人は何があってもそう呼ばないこと!」

「は、はい。」

「いいえ、雅美先生、いえ。雅美ちゃん。『はい、お姉さま』ですよ?」

「えっっ!…は、はい!お、『お姉さま』!」

「うふふっ可愛いわ~。雅美ちゃん、私たちの妹…。」

「雅美ちゃん、これからもよろしくお願いしますね?」

「…は、はい!『お姉様』方!」


てっきり聞き流されて無視されると思ったのに、『お姉さま』と『妹』という設定は、この3人の中で今後も続くことになりました。嬉しくて、思わず語尾に力が入ります。職員室に帰る前にもう少しこの場に居たくて、私はついこう言いました。


「お、お姉さま方、お聞きしたいことがあるのですが…?」

「なぁに、雅美ちゃん?」

「言ってみてください、雅美ちゃん?」

「お、お姉さま方…き、今日の私は、か、可愛かったですか?」


…しまった…二人に『妹』として認識してもらって、改めて自分の「今日の出来」を聞いてみたいと思ったのですが…。思わず「よくできたかどうか」ではなく、「可愛かったかどうか」と聞いてしまいました。


こうして一度入った『「女の子(=雅美ちゃん)スイッチ』がなかなか切れないまま、職員室に戻り、そこでもさらにお姉さま方を始め、色んな先生にいじられることになったのでした。


結局その日はしばらく女装を解くことを許されず、いろんなポーズを要求されたり、もう一度踊ったり、さんざんこの格好のままいじられたのです。さらにお姉さま方が私を『妹』だと公表したものですから大変です。みんなの前で『お姉さま』と呼ばされ、私のことは『手のかかる妹』『天然系の妹』ということでさんざんからかわれました。男性教員からは「お兄さま」と呼ぶように言われましたが、これには「断固拒否!あり得ませんわ!」と強く言うと、その口調がさらにみんなのからかいの種になったのでした。


結局着替え終わるのは相当遅くなってからで、女装が解けてようやく俺も普段の自分に戻ってきたと実感できた。

はぁ…何だか自分でも相当大きな変化だなと認めざるを得ないくらい、今日の自分自身に驚いている。あそこまで女の子に『なりきれる』なんて…しかも『お姉さま』だなんて…過去2回とは比較できないくらい今日のことは影響が大きくて、「おっさんが女装してもどうよ?」と冷静に判断している面と、「それでも今日一日楽しかったな」と思う面がせめぎ合ってて、今日一日だけで普段の生活、普段の自分に『戻らなくてはならない』ことに、大きく落胆しているのも事実で…。


とりあえず明日からどんな顔をして他の先生や生徒に顔を合わせばいいのか、それを考えるだけでも胃が痛くなるのに、自分の中に芽生えた、もう『もう後戻りできそうにない』気持ちに気付いた今、この気持ちをどう処理したらいいのか、陰鬱な気持ちになりながら自転車を走らせ、自宅の玄関をくぐった。はぁ…。


「ただいま~…。」

「あら、おかえりなさい、『雅美ちゃん』?」

「!!…っな、なぜそれを…?」


出迎えた俺の嫁は、なぜか知らないはずの俺の女装時のニックネームで俺を呼び、さらにこう続けた。


「ずいぶんと可愛かったわねぇ、今日のこ・う・や・さ・い(ハート)」

「な!…っき、来てたのか!」

「ちゃっかり『女の子』になりきってたわね~。あなたにそんな趣味があったなんて…意外すぎるわよ。」

「ち、違う!あ、あれはもともと無理矢理にだな…。」

「それにしてはずいぶん楽しそうだったわね。」

「!た、楽しそうになんか…。」


すると妻は俺の耳元に息を吹きかけ、びくっと反応して真っ赤になった俺の顔を見ながらこう言う。


「うすうす感づいてたわよ。どこか女の子っぽいところがあるし、可愛らしい小物を買ってきたりするし、夜は『責められる方』が好きだしねぇ?」

「な!っそ、それは…そうだけど…」


にっこりと、いやむしろにやりと言った方がいいか、そんなほほ笑みを浮かべ、俺を見つめながら言う妻。


「まぁ私も『責める方』が好きだけど…愛撫してる時の貴方の反応って、まるっきり『女の子』だからね。ま、今日のあなたを見ても、妙に納得するわけよ。」

「な、な、な…!」


最も知られたくない者にすでに自分の全てを知られていた…!


「あなたは押しに弱いものねぇ。そういうところも女の子っぽいけど、無理矢理やらされるうちに、もともと自分の中にあった願望が顕在化した、ってところかしら?」


恥ずかしくて下を向いていたが、くぃっとあごを持ち上げられ、目と目を合わせられた。背は妻の方が高いのだ…。あぁ、く、唇が近い…!


「うふふ…心配しなくていいわ、こんなことであなたに愛想が尽きた、なんて言うわけないでしょ?むしろ『やっと目覚めたか』って感じよ?ありがたいわ!」

「…え?…はぁ?」

「わたしね、ずっとあなたを見てて思ってたのよ。『もっと自分に素直になればいいのに』って。でも変に真面目すぎるし頑固だし、そのくせ可愛いものが大好きだし…。だから今回あなたが女装してくれて、楽しく思ったみたいだし、私にとっては好都合なのよ。」

「…」

「だからね、素直になっていいのよ、ここは私たちだけの空間。恥ずかしがる必要はないの。毎日可愛く『変身』させてあげるわ。」

「…ほ、本当か?嫌いにならないか?だ、だっておかしいだろ、女装して楽しいって思うような夫だぞ?」

「いいえ。さっきも言ったけど、それで嫌いになんかなるわけないわ。いいじゃない、女装が好きでも。私もね、あなたをずっと見てて、『いつか完璧に女装させてみたい』って思ってたもの。あなたは絶対拒否すると思って言ってなかったけど。」

「え、恵梨…。」

「わたしはあなたを拒絶なんかしない。だってあなたという人全てを愛してるもの。」


言い終わると恵梨は俺のあごを持ち上げたまま、ゆっくりと唇を近付けてきた。俺もそれに応えると、キスの瞬間、ぎゅっと恵梨に抱き締められる。


「!…はぁ…恵梨…」

「…ふふっ可愛いわね、おめめがうるうるしてて、お顔も真っ赤よ」

「う、うるさい!ま、前から思ってたけど、絶対男女逆だと思うよ。キスは男からリードすると思うんだけど…。」

「いいのよ、私たちはこのほうが。あなただってあごを持ち上げるといつも応えてくれるじゃない。嬉しいんでしょ、女の子らしく扱ってくれるのが?」

「も、もう!知らないよ!あんっ!」


拗ねたように顔をそむけると、今度はわざと耳に息を吹きかけ、首筋に下を這わせるようにし、鎖骨に口づけをしてくる。弱い個所を狙った責めに反応してしまう。


「いい反応よ…あぁ…もう我慢できない、もっと見せてほしいわ…。」

その後たっぷりと(恥)可愛がられ、骨抜きにされてから夕食を囲んだ。


「ねぇ、恵梨…。」


食べ終わって箸を置き、妻に尋ねる。


「なあに、あなた?もう一度したいの?…続きは寝る時よ?」

「ち、ちがうよ!そうじゃなくて…その…い、いいの?」


俺のその言葉を聞くと、真剣なまなざしで俺を見つめ返す。


「ええ。あなたがしたいようにしてほしいの。あなたの気持ちに素直になってほしい。それが私の希望。だって、ここは私たちの家なんですもの。」


それを聞いて、すごく心が満たされていくのを感じて…。気がつくと泣いていて、恵梨に抱き締められていた。


「恵梨…俺…ずっと悩んでて…今日楽しかったんだ…でもやっぱり男だし…そんな感じで、だんだん自分の気持ちが処理しきれなくなってきて…でも、恵梨がもし受け止めてくれるなら…家の中で女の子になってもいい?」

「もちろんよ!私の可愛い雅道!」


すぅっと心のしこりが解けてゆく…恵梨に抱かれ、とても心地いい。なんだ、悩むことはなかったんだ。恵梨がいてくれる。


「じゃあ、私のお願い、聞いてくれるかしら?」

「いいよ、なあに?」


俺を抱きしめたまま恵梨が尋ねる。


「私ね、あなたにどうしても着てほしい服があるの。今までは遠慮してたけど、あなたに主体性があることが分かった以上、拒否権はないからね。」


と言って体を離し、二階に上がって取ってきた服を見て俺は絶句した。


「いいでしょ~。わたしね、ずっと言ってほしかったの。『ご主人さま~』って。」

「メ、メイドじゃね~か!」


こうして、三度目で終わると思った俺の女装は、どうやら私生活でも続くことになりそうだ。


お・わ・り

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山田先生(♂)は変身がお好き? さくら @sakura-miya

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