母と子

 それをすると、自分たちにも必ず待っているだろう結末のことを、蓮介は話さなかったが、別にそんなこと教えてもらうまでもなく、他の三人もはなから承知していた。そもそもそんな覚悟なら、一緒に隠れ里に飛ばされてくることを決めた時からある。それよりも前、エネルギーシールドの中に閉じ込められた時に、蓮介とまだ旅を続ける決意をした時から三人共決まっている。


 四人はダイダラボッチから逃げて、大御殿へと向かった。本来は長たちが集まりの場としている球体の施設。さすがに頑丈な作り、それの素材のことを蓮介は知らないが、もしかしたらシャミールやダイダラボッチ、ジンギと同じようなものなのかもしれない。おそらく、空国遺跡のアナリシスシステム内の記録に「オリハルコン」とあった、理論的には最も硬いらしい金属。だがもうそんなことも結構どうでもよかった。その球体は、ボロボロとなった周囲と違って、以前の見た目そのままだったが、そうだろうと思っていた。もう知っていたから。その球体はもともと、人が中に集まるためのものとかではなく、核だったのだ。昔誰かが、賀陽親王かもわからない、誰かが人の生きる場へと変えて、隠れ里という名前を与えた、おそらく本来は方舟だったのだろうこの巨大カラクリの。


 球体の中で、その機能を停止させるのは簡単なことだった。長たちもその方法を知っていた。だが、どんな立場だったら実際にそれを止めるのか。

 隠れ里そのものは、ジンギから供給され、それ自体にも大量に保存されているエネルギーによる制御で成り立つ。問題はその莫大すぎる保存エネルギー。核からは全機能の停止が行える。そんな機能が絶対的に必要だったのかどうかは蓮介にもわからない。だが、考えてみればこの巨大構造が作られたのは、そんなものを作れたような時代だったのだから、管理の止まった余分なエネルギーを一時的に、あるいは完全にどこか安全な領域に移動させるシステムとかも可能だったのかもしれない。

 しかし実際はどうあれ、現在はどうなるか、起こりうることはひとつだけだ。全機能停止は、その巨大構造そのものを動かす全エネルギーを、内部に一気にばらまく。そういうことになることを防ぐための停止機能も止まるからだ。本来は少しずつ内部の各動作を実現するはずのエネルギーが全く方向の制御もなしに全体にばらまかれる。そうしたエネルギー放出を利用したシャミールやダイダラボッチの光線攻撃の威力から考えて、今やどんな結果を招くのか、想像だけならそれほど難しくもない。

 間違いなく、二度と修復不可能なほどに何もかも壊れてしまうだろう。だがまだその内部にいる、あの、ほっておけば外にまで出て、さらに犠牲を増やすだろうテクノロジーの怪物を、おそらく、いや間違いなく破壊することもできる。


 それがカラクリ隠れ里の最期。古い時代の知恵の力を継承した最後の者たちの最期。

 蓮介たちが球体を止めるのを止める者ももういなかった。


ーー


 嘉永五年閏二月四日(1852年3月24日)


「夢を見ていた訳じゃない。俺は、生きてるの?」

 目覚めた時の蓮介の最初の言葉。

「スズウラマル、じゃない」

 スズウラマルではないが、おそらく同じような、しかしそれよりもかなり大きいカラクリ船の一室にいることを、体をおこし、丸い窓から揺れる海が見えることで理解する。

「お友達も無事よ。むしろあなたが一番最後のお目覚め。三人とも心配してるわ」

 最初からいて気づかなかっただけなのか、それとも、普通に気配を消して入ってきたのか、ドアを開ける音もさせずに、いつのまにか一緒の部屋にいた雪菜。

「お母さん」

「海燕のやつに感謝するのね。あいつはね、自分たちで止めなくても、いつか里が機能を停止することを恐れててね。結局あなたたちは、彼が球体に置いていた防御カラクリに守られたわけよ。下は海だから、潜水艇で脱出はできるけど、神気の錯乱だけはどうしようもないから」

 そして海に落ちた後は、避難民を乗せた潜水艇に助けられ、それに雪菜と繋がりのあった由梨もいて、彼女のところに、意識のない息子とその仲間三人も預けられたのだった。

「海燕様は」

「行方知れずだけどね、ほぼ確実に生きてはいないと思う。聞かれる前に言っておくけど、伽留羅は死んだわ。それにあなたと同じ任務を受けた天光のやつは、あなたと違って神気カラクリを突破するための無茶がすぎてね、生きてはいるけど結構大きな怪我した」

 そういうことだろうとは思っていた。天光は、まだ運がよかったろう。

「麻央は、あれがカラクリ人間だったこと、お母さんならもう知ってるでしょう」

「ええ、あれは私が潰しておいたわ」

「やっぱりそうだったのか。お母さんはいつからあいつのことを?」

 里に実は生きていた麻央がいなくて、雪菜もいないことから、そうだろうとは推測できていた。

「あなたより遅いかもしれないわね。ただ、空国の誰かが復讐のために何かをしようとしているなら、まだそんな昔の人が生きてるなら、そうかもしれないとは思ったけど」

 それにカラクリ人間というものが理論上ありえることは知っていたし、雪菜は、そういう存在とまではわかってなかったが、そうかもしれない、麻央を名乗る以前の麻央も知っていたのだから。

「復讐。それって、俺たちが彼らのテクノロジーを奪ったから」

 それも、空国に関するいくつもの曖昧な記録、妙にはっきりしているいくらかの記録から、簡単に連想できる可能性ではある。

「わからないことだけどね。だけど彼は隠れ里のことは最初知らなかったと思うわ。それに私たちが受け継いだものの中にもともと武器はほとんどなかったでしょう。ほとんどはむしろ何かから隠れるためのものだった」

 しかしそのことについては、もうそれ以上二人は話さなかった。空国の最後の生き残りであるカラクリ人間。彼の目的、いったい彼が何に対して怒りを感じていたのか、おそらく永遠にわからないこと。空国の記録と共に、その孤独な戦いの記録も失われていくことだろう。


「蓮介。私は、海燕がやり残したであろう仕事に、これから片をつけていこうと考えてる。残ってるジンギも見つけて、停止させるわ。空国遺跡もそうだけど、もう"祖カラクリ"を棄てるなら、何も残さない方がいい。こうなってしまったら、さすがに伽留羅もわかってくれると思ってる。それで」

 誘われている気がした。"祖カラクリ"を知る最後のカラクリ師の一人として。

「あなたはどうする?」

「俺は……」



 その後、琉球の港で、蓮介と三人の旅の仲間だけが船から降りたのが嘉永五年閏二月六日(1852年3月26日)。


 ある記録によると、蓮介はそれぞれの道を行く三人と別れたが、嘉永六年六月三日(1853年7月8日)、黒塗りの外国船が停泊した浦賀うらが沖で、三人全員と一年以上ぶりに再会した。

 蓮介には、その船がどこの国から来たのかも、何のために来たのかもよくわかっていた。アメリカが日本を開国させる計画は、あの隠れ里崩壊の戦いよりも以前からあったのだから当然であろう。

 まだ動くギタイセンを使って、同じ海上から、仲間たちとそれを見ながら、もう蓮介は何もしようとも考えなかった。隠れ里が、"祖カラクリ"がなくなればどうなるのかなんてわかっていたことだ。

 加速するテクノロジーの発展。それまで誰も想像しなかったような未来へと向かい始めた人々。しかし、繋がり始めたこの惑星上の世界に、遅れながらもようやく溶け込み始めた、その閉鎖的な島国で、蓮介はもう、ただ静かに生きていた。



 自然の理を理解し、それを越えようとする者は、やがて必ず強大な武器を得る。だけどその武器を実際に使うかは、それを持つ者の心次第。

 人はきっと迷い続けるだろう。それでも未来はくる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

和ノ空国のカラクリ機械 猫隼 @Siifrankoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ