山奥の屍食愛好家(巻第三「山居のこと」)

 世を憂きものと悟り澄ました僧がいた。

 都は東の鳥辺野に、柴の庵を結んで、年月暮らしていた。


 そこへ、彼が俗人であった頃の友人何某が訪れた。

 年久しく顔を見ていなかったので、大層懇ろに語り合っているうち、秋の夜も深く更けて、色々な獣の鳴き声が庵のすぐ近くから聞こえてくるので、ぞっとするほど物寂しい。

「このようなところにただ一人で、どうやって耐え忍んでいるのだろうか」

 友人がそう思っていたところに、どこぞの遣いの者がやって来た。

「今宵、どこそこの誰それが亡くなったので、日頃からのお約束のとおり、御坊にお越しいただき、弔っていただきたい」

 そう云われて、

「今夜は大事な客人がおりますので、参ることはできません」

 僧は断ったのだが、

「どうしてそのようなことをおっしゃるのですか。殊に、今回は日頃からのお約束だと云うではありませんか。私の事には構わず、お行きなさいませ」

 友人は僧に約束を果たすよう促した。

「そこまでおっしゃるなら、参りましょう。大層恐ろしいことがあったとしても、決して騒がずに待っていてください。そのうち帰りますから」

 僧は友人に言い残して出かけていった。


 何某は日頃から剛胆な心根ではあったが、ただ一人残されると流石に心細い気持ちもしてきた。

「そろそろ寅の刻(午前四時)ぐらいかな」

 そう思った時、どこからともなく光る物が飛んできて、庵の内へ入ってきた。

 何某は刀の柄を砕けんばかりに握りしめて待ち構えていたが、魂はどこかへ抜けてしまったようで、夢心地で、庵室の戸口を見つめていると、今度はそこから、絵に描いた鬼のような顔をしたものが一人押し入ってきて、庵主の寝室に入ると、何やら物を喰う音を立て始めた。

 しばらく物を喰う音がしていたが、ややあって、それは寝室から出てきた。

 そして、飛んできた光に包まれると、どこへやら消え去った。

 何某はそこでやっと、少し人心地がして、

「それにしても彼の寝室には何があったというのだろう?」

 不思議に思い、垣の隙間から部屋の中を覗いてみれば、人の死骸の山がうず高く積まれていた。

「喰っていたのはこれか!」

 何某は恐れ戦いた。


 夜が明けて、庵主が帰ってきた。

 何某は、

「さてさて、不思議にも命が助かりました。昨晩はこんな恐ろしい目にあったのですが、どういうことでしょうか」

 質したのだが、

「そのようなことは日頃からあるものですよ」

と事も無げに答えて、庵主は何でもない顔で友人を饗応したのだった。


 よくよくこれを思案してみると、いつの頃からか、人間を喰うことを覚え、その罪が凝り固まって、一つの鬼になったのだろう。

 夜に現れた鬼のようなものは、きっとこの庵主だったに違いない。

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