出家、美僧なるゆえ(巻第二「越前の国白鬼女のゆらいの事」)

 越前国の平泉寺に住んでいる出家が、若い頃に、京へ上っての見聞を思い立ち、彼方此方を見物した。

 その帰りがけに、「かいづのうら」に宿をとったのだが、そこで女旅人と泊まり合わせた。


 この出家は、美僧なるゆえ、件の女が彼の閨にやって来て、気がある素振りをする。

 僧は、よくないことだとは思いつつ、共に一夜を過ごしたのであった。


 夜が明けてみれば、この女は齢六十ばかりの巫女であった。

 髪は糟尾かすお(白髪交じりのごましお頭)で、いかにも興醒めする容姿であった。

 そして、

「どこまでも、お後をお慕い申し上げます」

と云って、ついてくるので、再び僧と同じ宿に泊まることになった。

 女を伴って寺に帰るのは、いかにも迷惑なことだと思ったので、

「ではここに逗留しましょう」

と云って僧は女を欺き、夜明け方に逃げ出して、「ひやきち」という所までやって来た。

 女は巫女であるので、数珠を弾いて、神降ろしを行い、占いをすることで僧を追跡し、ついに追いついて、彼方此方を尋ねて回れば、大きな木の洞に僧が屈んで隠れているのを見つけ出した。

「さてもさても非情なことではないですか。どうせいずれは貴方と死別する身であればこそ、この命があるかぎり、決して離れませぬ」

と女は云った。


「この上はどうすることもできない。そういうことであれば、同道しましょう」

 僧は女に云い、まだ夜が明けないうちに二人で立ち出でて、舟渡の途中の深みで、女を引き寄せると、そのまま淵に突き落として沈め、自分は平泉寺を目指して帰ったのだった。


 僧は寺に着くと、さすがにくたびれたので、なにはともあれ自分の寮へ入って昼寝を始めた。

 師匠の僧が、

「新発意が帰って来たのか。では会いに行こう」

 と寮へ行って見てみれば、身の丈二丈ばかりなる白い大蛇が、新発意を呑まんと飛びかかるところであった。

 その時、どうして持っていたのか、新発意の家に伝わるという吉光の脇差が、自ずから鞘より抜け出て、大蛇を斬り払ったので、大蛇はあれこれ考えるまでもなく、彼に近づくことができない。

 この様子を見た師匠の僧は、急いで引き返し、寺の人々を呼んで寮に戻ると新発意を起こして、都での物語りなどをさせた。


 師匠の僧は常日頃から彼の吉光を手に入れたいと思っていたが、先刻の不思議を目の当たりにして、ますます欲しくなったのだった。

 そこで、自分の持っている黄金作の脇差と、新発意の吉光の脇差を、彼に色々と云って交換させた。

 すると、あの大蛇が思うがままに寮へと押し入って、新発意を引き裂いて喰ってしまった。


 それより後、かの場所を「白鬼女はくきじょ」と呼ぶようになったのは、この謂れに因るということだ。

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