第23話 拓三の出逢い

 名門私立中学の制服に身を包んだ拓三が家に帰宅すると、中学生らしい女子と赤いランドセルを背負った女の子が、加瀬家の前でモジモジとしていた。


「あの~ 俺の家に用事ですか?」

 背後から拓三に声を掛けられた女の子二人は、ハッとして振り向く。

「すみません。あの、今日から母がここで働いていると思うのです。学校の帰りに来いと言われて」

「あっ、もしかして新しいお手伝いさん?」

「はい」

「ドアのベル押せばいいのに。どうぞ入って」

 拓三は、家の門を開け玄関に向かうと、女子二人も彼に続いた。


「只今」

 拓三の声で、お手伝いの小野玲子おのれいこが玄関に現れた。

「拓三さんお帰りなさい。あらま、私の娘まで勝手口じゃなくて玄関からなんて、済みません」

 いつも働いて貰っている田村美津子が産休のため、臨時で雇われたのが、美津子の友人である小野玲子だったのだ。

 加勢家へは小野の住まいから電車一本で来れるため、玲子や彼女の夫の帰りが遅くなる日は、娘二人に加瀬家に来るように伝えてあったのだ。


「何言ってるんですか、玄関からでいいですよ。ね、母さん」

 拓三は、家に上がるとリビングから出て来た、母、亮子に同意を得るように尋ねた。

「拓三、お帰り。え―と、確か渚沙なぎさちゃんと彩乃あやのちゃん、だったわね。いらっしゃい。勿論よ、玄関のベルを鳴らしてくれていいからね。さっさっ、お腹空いたでしょ。玲子さんが作ってくれたお菓子を食べましょう」

「母さん、夏樹はリビング?」

「否、今日は部屋に居るわ。さっき見に行った時は寝てたけど、拓三の声を聞いたら起きたかもね」

「じゃ、俺は先に夏樹を見て来る」

 拓三はそう母に応えると、目線を女の子二人に向けた。

「・・え―と・・ごめん、名前何だっけ?」

「小野渚沙です。こっちが妹の彩乃」

「そうだ。渚沙ちゃんと彩乃ちゃん、だったね。俺、拓三。これから宜しくな。俺、弟の様子見て来るから、じゃ後で」


 これが、拓三と小野渚沙そして小野彩乃、後の五百蔵綾乃が、初めて出会った瞬間だった。

 拓三と渚沙は同じ歳で、好きなスポーツがバレーボール、ギターにも興味があり、他にも複数の共通点がある事から、急速に惹かれ合い直ぐに付き合うようになった。

 だが、この事が原因で渚沙は、中学校で他の女性徒から妬みをかい、虐めに合うようになって行く。特に渚沙をターゲットにしたのが、彼女の近所に住む付き合いの薄い不良じみた幼馴染だったのだ。時々、拓三と近所をデートしているのを目撃され、拓三の制服から自分達とは違いお金持ちだと知られたからだ。

 最初の内は、執拗に質問攻めにあっただけだったが、少しずつエスカレートしていき、やがて金銭を求められるようになる。

 妹の彩乃が、中学に入学してくると彼女へ危害を与えると脅され、要求される金額も釣り上がり、それは渚沙が幼馴染とは異なる高校に入学しても続いたのだ。

 拓三に会う時間を割き、新聞配達などのバイトを始めるが、そんなはした金では賄えなくなって来た頃、渚沙は久し振りに週末加瀬家に遊びに来ていた。

 家族全員で訪れていた弟の見舞を早めに切り上げ、病院から帰宅した拓三と一緒に、誰も居ない加瀬家のリビングで寛いでいた渚沙は、喉が渇き台所へ向かった。

 すると、流し台の横に拓三の母亮子が外したと思われる、宝石の付いた指輪に目が留まる。渚沙は、心に魔が差したように咄嗟に服のポケットに入れてしまう。

 これ以降、渚沙はバイトを辞め、加瀬家では紛失物が多くなっていく。だが、この時点では、拓三の家族や家政婦に復帰した美津子も、忘れ物の多い母には、よくある事だと皆考えていたのだ。

 一方、渚沙は加瀬家のお人好しを利用して、盗みが徐々に出来心では無く計画的になってしまう。持ち去る物を少額に絞り、紛失しても目立たない高級グラスや小さな置物等にしたのだ。 

 だが、拓三が高校三年になり大学受験の勉強で忙しく、渚沙と会う時間が減った頃、久し振りに拓三は渚沙を家に泊めた。その翌日、高額な父の時計が加瀬家から消えたのだ。

 この頃には、加瀬家の皆は口にせずとも薄々誰が犯人なのか気付いていた。だが、警察沙汰にはせずに、渚沙が正直に話してくれるのを待っていたのだ。拓三以外は。


 ある日、拓三が、渚沙を自身の部屋に呼んだ。

「渚沙に見せたい物があるんだけど、多分リビングだと思うから取って来るよ。ついでにお茶とか貰って来る」

 拓三は、時計を腕から外すと、壁面クローゼット内にある小さな引き出しに収め、部屋を出た。

 先程の引き出しには、高級な時計やネックレスなどが収納されているのが渚沙の目に留まる。

 一人拓三の部屋に残された渚沙は、拓三が部屋を出ると同時に引き出しを開けると、最近拓三が身に付けていない時計を選び、左手に持っていた鞄に入れようとした。

 その時、背後から時計を持つ手を掴まれたのだ。

「何してるの?」

 拓三の問いかけに青ざめるた渚沙は、拓三を突き飛ばすと部屋を飛び出して行った。

 突き飛ばされ床に倒れ込んだ拓三は、ショックのあまり暫く立ち上がれず、渚沙を追いかける事も出来なかったのだ。

「ちくしょう。何でだよ」

 頭を両手で抱え蹲ったまま時が経ってしまい、その夜は渚沙との連絡を控えてしまう。


 翌日の早朝、渚沙は、彼女を虐めていた幼馴染が住む団地の非常階段から、飛び降り自殺をした。

 彼女の部屋には遺書が残されており、恐喝をされ続けていた事が記してあった。また、渚沙の家族への謝罪と、盗みを犯した事を加瀬家に心から詫びていた。そして、最後には、拓三への想いと失望させた自分への戒めの言葉で閉じられていたのだ。

 渚沙が虐めに苦しんでいたのを誰も知らなかったのだ。その後、虐めていた幼馴染は、虐めについては罰せられたが、渚沙が盗んだ加瀬家の数々の品は、既に人手に渡っており、恐喝の証拠は見つけられなかった。

 また、渚沙への窃盗罪は加瀬家が訴えなかったため、ただ渚沙が虐めを苦に自殺した事になってしまう。

 拓三は、渚沙の苦悩に気付いてやれなかった事を悔やみ、暫くの間、自身の殻に閉じこもってしまうが、家族や当時仲良しだった佐野のお蔭で、何とか自身を取り戻す事が出来たのだ。




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