第6話 僕が童貞を捧げて百日で死ぬ理由

「ヰサヲちゃん、やっと呑み込めたみたいね。ヰサヲちゃんは何代にもわたり、聖杯・餐蔵得サングラールである私を通して生まれ変わって来たんだよ」

「じゃあ僕はママと結婚する運命なんだね。ところでママは六百年周期なのに、僕は十五年から三十年周期で生まれ変わるんだよね。どうして僕の寿命が短いの?」

「そうね。そこを納得できないと、安心して私と結婚できないわよね。あなたは毎回快く悟ってくれたわよ」

「どうせ死んでも、ママから生まれ変われるんだよね。ママと添い遂げられるなら、僕はいつ死んでも悔いはないな。もしも、添い遂げられないなら死んだ方がマシかもしれないね」

「ママ嬉しいわ。もう覚悟は出来ていたのね♡」

 ママは僕を強く抱きしめた。絞め殺されるかと思った。そしてキス責の嵐を浴びせてきた。


「ぼく覚悟できてるよ。でも寿命が短い理由が判らないよ」

「先代のヰサヲちゃんとの交合で恍惚としていたとき見えたのよ。昔々のヰサヲちゃんの記憶がね」

「どんな記憶?」

「あなたがね、むかしむかし私に向かってこう言ったのよ。


『喜びの女神さま、僕の初めてを奪ってください。願いが敵うなら死んでも好いです。あっでも、やっぱ永遠に女神さまとHしつづけたいな……』


 喜びの女神である私は、その全ての願いを叶えたのよ。

 だからね、Hすると、あなたの御魂が肉体から離れて私の聖杯・餐蔵得サングラールに戻るの。そしてまた聖杯・餐蔵得サングラールで受肉して復活する。そしてまた初めてのHをする。それを数え切れないほど繰り返してきたのよ」

「じゃ、それ僕の望みだったんだね。『死んでも好い』と『永遠のH』という矛盾した願いを叶えたから、そうなったんだ」

「そうなのよ。言霊の力って、そういうものなのよ」

「僕は自分に呪いを懸けてしまったのかな?」

「それは違うわね。呪いだなんて言っちゃダメよ。ママと輪廻を繰り返す関係が嫌なの。そんなこと言われたら間々悲しくて泣いちゃうぞ!」

「ごめんなさい。好い言い方が判らなくて。僕はママと輪廻を繰り返せて幸せだよ。泣かないでね」

「こういう時は言葉だけじゃダメ!」

「どうするの?」

「こういう所は毎回気が利かないのね。ママにお詫びのキスしなさい」

「ママどこでも好いの?」

 ママはこくりと頷いた。

 僕はママの唇を奪った。でも直ぐに奪い返された。

 ママは僕の頭に手を廻した。ママの舌が僕の唇の中に滑り込む。お互いに舌と舌を絡め合う。これがキスの味なんだ。


「ヰサヲちゃん、初めてのキスの味はどうだった?」

「ママって果物みたいな味がする。微かに甘く爽やかな味が口の広がるよ。もう一回好い?」

「何度で好いわよ♡」

 何度キスしても飽きなかったけど、やっぱ疲れた。


「ところでさー、僕このままママとHしたら死んじゃうの?」

「直ぐには死なないわよ。百日くらいHを楽しんでから、聖杯・餐蔵得サングラールの中に魂を吸われてしまうのよ」

「つまりママのお腹の中に出来た僕の赤ちゃんに僕の命が吸われるってことだよね」

「そうよ」

「ねぇ一つ聞いて好い」

「何でも聞いて好いわよ」

「あのさー、僕は毎回死ぬんだよね。ママ悲しいよね?」

「あなたと初めての時のこと、はっきりとは覚えてないわ。でもね、とっても悲しくて苦しくて辛かった気持ちだけは今でも覚えているわよ」

「やっぱりそうなんだ」

「それでね。私の悲しみと苦しみと辛さで、空は曇って日は遮られ、大地は闇に閉ざされ、米や麦は実らず、大勢の人々が飢えや病で亡くなってしまったわ」

「天照大神様が天の岩戸に隠れたときみたいだね」

「そのお話も、大昔の私がモデルに成っているのかもね」

「ママを悲しませたら、大変なことになるんだね」

「あなたにも同じ力があるのよ。あなたの悲しみは人々に災いし、あなたの怒りは世界を亡ぼしてしまうのよ。だからね、私はヰサヲちゃんがいつも楽しく心安らかに暮らせるように愛して愛して愛してるのよ」

「じゃ、ママの愛が無くなったら、僕は魔王になっちゃうの?」

「そうね。人は時として、あなたのことを魔王と呼んだり、救世主と呼んだり、神と呼んだりするわね」

「じゃ、僕は神にも魔王にもなるの?」

「そうよ。それが私たちの力よ。それこそが、あなたが死と再生を繰り返す原因なのよ」

「あれ、僕がそれを望んだから、死と再生を繰り返すんじゃないの?」

「それもそうよ。でもね、物事って一つの原因だけで成り立ってる訳じゃないのよ。色んな要因が絡み合ってるのよ。私たちは人間が知らないことを知っている。でも、私たちにも知らないことは沢山ある。それにね人間も、私たちの知らないことを突き止めるのよ」

「それで僕が死と再生を繰り返す、もう一つの原因って?」

「毎日、お日様が昇って沈んでいくわ。毎夜、お月様が現れて消えていくわ。そして毎年、春夏秋冬と季節が巡るでしょ。あなたの死と再生はね、春に芽吹いた緑が、夏に生い茂り、秋に実を実らせ、冬には枯れ果て、また春に芽吹く。それと同じことなのよ。この世と大自然の真理と法則そのものなの。かつて、私がイヴ、イシュタル、キュベレー、マリアと呼ばれたように、あなたはアダム、タンムーズ、アッティス、イエスと呼ばれてきたのよ。あなたと私は、神と呼ばれる者、大自然そのものなのです。私たちが喜べば世に幸を齎し、私たちが怒れば世に災いを怒るのです。……ごめんね、ママにもこんな説明しかできないのよ」

「じゃあ僕がママとHして死ぬってことは、夜寝て朝に起きるようなもんなんだね」

「そうなのよ。ヰサヲちゃん納得してくれた?」

「うん、判ったよ。ところでさー、今度も僕死んだら悲しい?」

「初めの頃はね、あなたの御魂が抜けるたびに、悲しくて悲しくて堪らなかったわ。お蔭で人類を何度か滅ぼしかけちゃった。でもごめんね。そのうち慣れてきちゃったの。あなたの抜け殻を悲しむよりも、あなたが私の中に居る喜びに気付いたのね」

「じゃ、僕もママのこと心配しないで死ねるんだね」

「でもね、あなたの抜け殻もね、臍の緒のように大切の取ってあるかわね」

「まさか、歴代の僕の遺体が家の床下とかに埋められてるとか?」

「そんなことしないわよ。クリトリスチャンが莫迦珍寺に埋葬してるわよ。こんど一緒にお参りに行く?」

「それは、なんだか覚悟が出来ません」

「そう、まぁ好いわ」


 

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