第15話 隠れ魔道士の村

 町を出ると、すぐに空へ飛び立つ。地上にある森を見下ろすと、どれも大樹に見えてくる。

「難しいなぁ、」

 キリルがぼやくと、

「そう簡単に見つけられないから隠れ里なんでしょ?」

 ラナが冷静に答えた。

 そして、ある木の上を通った時、ずっしりとなにかに押し潰されるような感覚に襲われたのである。体重がすべて下へと引きずられる。そんな感覚であった。

「ラナ、これ、は……」

苦し気に、キリルはラナへと話しかけた。息がつまり、言葉もうまく紡ぐ事ができない。それはラナも同じようで、だんだんと地上が近付いてくるのがわかった。

「──っ、離れる、わよ」

 しっかり捕まっていて、と前方から答えが返ってくる。ラナは翼をはためかせ、弧を描き、その空間から抜け出た。

「結界、か?」

 見える青空に心を落ち着けながら、キリルは言った。ガルガニア図書館を包む霧と同じものであると考えるならば、この下に魔道士の村があるのであろうか。案外、探し物は早く見つかりそうである。

「どうする? 近くに降りられるわよ」

 ラナは振り向く。

「そうだな、降りてみようか」

 キリルはうなづいた。

 降りたのは、小規模な、草むらが広がる泉の近くであった。すき通った水は、一角獣が白いひづめで舞い降りる姿が目に浮かぶようである。

 その泉の向こう側に、大樹がそびえていた。幹ははち切れんばかりに膨らみ、根はうねり、大地から大きく姿をあらわしている。葉のすき間より、太陽が差し込んでいた。

 キリルは大樹の下まで歩くと、手を伸ばした。やはり結界かなにかが張られているのか、近付き過ぎると先ほどのように手が重くなるような気がした。

 彼は目を閉じると、収穫祭の夜に聞いた詩を口にした。

「──誓いの神子よ悪魔の声を聞け、罪人は甦らん」

 目を開ければ、目前がぐるりと歪み、やがて赤い尖り屋根の集まる村が姿をあらわした。

「すごいわね!」

 背後にしがみついていたラナが弾んだ声で言った。その声に、一番近くの家の扉が開き、マント姿の青年があらわれた。

「お前たち……どうやって来たんだ。今すぐに立ち去れ!」

「まてまて、話を聞いてくれよ」青年の剣幕に恐れを抱きつつ、キリルはこわごわと言葉を継いだ。「レン・ベンダーの町で噂を聞いたんだ」

「それで?」

 青年は更に顔を近付けてくる。

「言っちまえば、最終的な目的は魔法の種をわけて欲しい。救いたい人がいるんだ」

「救いたい人?」

「あぁ。一番大事な人なんだ。頼む、村長にあわせてくれ」

 キリルの願いに青年は腕を組み、

「悪いやつじゃあなさそうだな。わかった。案内してやるよ」

 と、背中を向けた。

 彼に続き、村の中に入る。野草月のように、花が咲き乱れる村の中は、時が止まっているように見えた。

「ドラゴンだ……」

 彼方から声が聞こえる。見れば、久方ぶりの来客なのか、村人たちは遠巻きにキリルたちを見ていた。

「初めて見た……」

 ひそひそと聞こえてくる声に、青年は手を叩き、

「来客相手に、こそこそしてんじゃねぇよ!」

 と、声を張り上げた。

「ありがと、えぇと……」

「ドークンだ。お前は?」

「俺はキリル。ドラゴンがラナだ」

「そうか」

 ドークンと名乗った青年は、歩きながらうなづいていた。

 やがて村の一番奥、高台になった場所に、一つ佇む家があった。

「ここが、村長の家なのか?」

 と、キリルは問うた。

「そうだ。ドラゴンが入ったら扉が壊れるからついてくるなよ──マナ様、外からの来客です」

「お入りなさい」

 優しげな声が返される。ドークンが扉を開けると、暖かな日差しの中で、女が一人、揺り椅子に座っている。その膝に乗った猫が、小さく鳴いた。

「ちょっと行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 軽くあくびをするラナを外に残し、キリルはドークンにうながされ中へ足を踏み入れた。

「あなたは?」

マナと呼ばれた女──娘と表記した方が良いであろうか──は、首をかしげた。その愛らしさは小動物のようで、年齢を感じさせないものである。

「東の大陸のガルド地方から来ました。キリル・ヴェロスと言います」

 緊張ぎみに、キリルは名乗った。

「まぁ、そんな遠くから──二人きりで話がしたいわ。ドークン、出ていって」

「はい!」

 従僕のようにドークンは一礼すると、外へ出ていった。

「さて、キリルって言うのね。ガルド地方は本で読んだ事があるの。とても素敵な場所よね。行きたいと思ったけど、私たちは存在しない筈の一族だから、外に出られないのよ」猫を撫でながら、マナは言った。「それで、種はなんの為に使うの?」

「なぜ俺が種目的という事を?」

 マナの言葉に、キリルはおどろいた。

「今までにここを訪れた旅人はみなそれが目的だったから。金持ちになりたいとか、英雄のように強くなりたいとか……」と、マナの瞳がきらめいた。「私が気に入らなければ鍋で煮て魔法の花の肥料にしてしまったけれど」

 キリルは思わず身を抱きしめていた。しかし、ここは言わねばならない事である。

「パナシーで、妻の壊れた心を治したいのです」

「妻?」

マナがおうむ返しに尋ねた。

キリルは今までの経緯を話すと、膝を付きマナと改めて向き合った。

「そうなのね。良く頑張ったわ」

「がんば、った?」

 猫が膝より降りると、マナは椅子に座ったまま身をかがめ、キリルの頬へ指をそえた。そこで初めて、キリルは己が涙を流していた事に気がついたのである。

頑張ったなど、今までに言われた事のない言葉であった。己は罪人であるから、その報いを受けているのだと、言い聞かせてきたのである。

「わかったわ。種をわけてあげる。パナシーの詩は覚えている?」

「汝、星の数より選ばれし娘。雪のように舞い、月のように歌え。闇の中も迷わぬように……」

「そう、その詩を唱えて、魔法の種を一つ割って出た果汁を飲ませるの」マナは背後にあった瓶より黒く柔らかい種を取り出した。「はい。これがあなたの求めていた魔法の種よ」

「ありがとうございます!」

 キリルは深く頭を下げた。

 外に出ると、家の壁に寄りかかっていたドークンが顔を上げ、キリルを見た。

「その顔は無事手に入れられたらしいな」

「あぁ。本当にありがとう」キリルはラナに近付き、「さあ、行こう。ラナ」

 と、言ったが、ラナは顔を上げようとしない。

「どうしたんだ?」

「また、あなたが遠ざかってしまうわ……」

 その声は悲痛なもので、キリルは胸が痛んだ。しかし、元々はドラゴンの派遣仲介業者を通した関係なのである。人と古竜──いつか来る別れは、必ず存在するのである。

「まだ働いてもらうんだからな。誰が俺を故郷に運ぶんだ?」

「……そうね」

 鼻水をすすり、ラナはやっと顔を上げ立ち上がった。銀の毛を撫でてやると、心地好さげに目を細めた。

 魔道士の村から出ると、村では真昼であった筈であるのに、森は既に夕闇が近づきつつあった。キリルはラナに飛び乗ると、空へ舞い上がった。

「またレン・ベンダーの町に戻るか。マリヤ・ゴルドーの町であの変な少年にあっても嫌だし」

 キリルは提案する。

「そうね」

 ラナが答えた。

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