第14話 夜市にて

 翌朝目覚めると、さっそく朝市へと向かった。明け始めた太陽が、空と海とを反射させてまぶしいほどである。     

どの港のそれと同じく、朝市は活気づいていた。パニャーニャやビエイ以外にも、青い魚や黄色い魚、様々な色の二枚貝が売りに出されている。それらの説明を聞きながら、キリルは仕入れを済ませた。

「今日はどこに行くのよ」

 空を飛んでいる時、ラナは尋ねた。

「昨日の旅人が言っていたニェリーの町が気になってるかな」

「と、遠いわね」

「大丈夫。オリヴァーの仕切るギルドの町だから」

「だから……」

そう言う問題じゃない、そう言いかけ、ラナは口をつぐんだ。

ニェリーの町の門は木で組まれた物であり、門番すら存在しないようであった。町と言うよりも、村と表記した方が良いであろうか。

「あら、こんな町に魚屋さん?」

 門近くを通りすがった初老の女が首をかたむけた。

「そうそう。港町から新鮮な魚介類を届けに来たよ」

 と、キリルが言うと、

「そうなのね。市場は町の中心部で開かれてるわ」

 女は答えた。

「ありがと」

「私もあとで買わせてもらうからね!」

 キリルの背に、女の言葉が投げられた。

 市場は少数であれ、収穫月であるためか、農夫やエルフたちが育てた沢山の季節の野菜が並ぶ。その中で特質するのが、やはりキリルの開いた店の魚介類であった。

「あなた、珍しいわね」

 たまたまとなり合ったエルフの女が声をかけてきた。

「まだまだ生で食べられる魚や貝さ。良かったら買っていってよ」

 背後の視線を感じつつ、キリルは白い歯を見せた。

「魚なんて何年食べてないかしら──じゃあ、そこの青い魚、三尾頂戴」

「毎度あり。あ、これは焼いた方が美味しいかもしれないな」

 すると彼女は、

「そうなのね。教えてくれてありがとうね」

 と、微笑んだ。その笑みはどこかシエラに似ていて、故郷を思い起こさせた。

「そんなこと訳ないさ」

 キリルが答えていると、

「お、昨日の商人さん」上から声が降ってきた。「商売に来たのかい? レン・ベンダーからは離れてるぞ」

 声の主は、昨日出逢った片眼鏡の旅人であった。

「あんたが言ってたから、気になって来てみたんだ。ギルドの範囲もぎりぎりだけど大丈夫だったから」

「それは嬉しいな」旅人は言った。そして、「奇遇だから、良かったら名乗りあわないか?」

 と、提案した。キリルはうなづき、

「キリルだ。後ろのはラナ。よろしく」

「俺はロイ。相棒は今はここにいないがキャスパーって言うオスのドラゴンさ」

 ロイと名乗った男は、笑ってみせた。

「あんたはどんな仕事してるんだ?」

 キリルは尋ねた。

「鑑定士さ。家々に眠ってるお宝を鑑定して、知り合いの骨董品屋に買い取ってもらってその仲介料をもらうんだ」

 ロイが気さくに言った。

「面白そうな仕事だな」

「中々面倒な事もあるんだぞ? 予想と違う値段だからって激怒されたりな」

「へぇ」

「でもそんな時にはこれ」と、ロイは芝居がかったように片眼鏡を外し、「代々鑑定士であるわが家に伝わる魔法のレンズ! 二重構造になっていて中には魔法の種から絞られたエキスが入ってるんだ。これにかかればどんな骨董品の価値も一発さ」

「面白いなぁ」

 キリルは感心するように、何度もこうべを上下させた。

その時、

「あぁ、間に合った間に合った」町の入口で話した女が、息をきらせて小走りにやって来た。「まだ残ってる?」

「あと少しだけどね」

 既にほとんどの箱に入れた商品は売り切れ、あとは一箱のみであった。彼女は魚の入った箱を見ると、

「良かったわ……全部頂戴」

 買い物袋から財布を取り出し、言った。

「全部で1200オーロになるよ」

「はい、お釣りはあるかしら?」

 金貨を手渡しながら、女は尋ねる。

「大丈夫」

キリルは笑い、釣り銭を返した。

全ての品物を売り終えると、彼はラナの胸かけカバンへ箱を入れた。そうして、

「またな!」

ロイと、となりのエルフへ手をふり、町を飛び立った。

「なんだかエルフさんと仲が良かったみたいね」

 すねたようにラナがぼやくと、

「そうすねるなよ。故郷のシエラ先生にどこか雰囲気が似ていたんだ」

 キリルはラナの頭を撫でた。

「シエラって誰よ……」

 ラナが静かに問う。

「リ──いや、俺に読み書きとかを教えてくれたエルフだよ。俺が小さい頃から全く変わらない」

「そうなのね」

 思わずリーザの名が口からこぼれかけ、キリルは内心あわてて言葉を取りつくろった。妻の存在、まして子供がいるなどと知ったら、どうなるかわからないのである。ここは秘密にしておいた方が、お互いの為なのである。と、キリルは勝手に納得した。

「さあ、町に帰ろう」

 正面を向き、彼は言った。

 太陽は西にかたむき始めている。今度はラナを宿に残し、ギルドに向かおうとキリルは思った。

まず宿への道のりをたどろうと門から町に入ると、ちょうど収穫祭の最中であった。家々の扉には華やかな花のリースが飾られ、宵闇にきらめくランプの中を、着飾った娘たちが花びらをまきながら、町をねり歩いていた。海へ続く坂道には出店が並び、異国の良い匂いが旅人を誘う。この分では、ギルドは開いてはいないであろう。

「ねぇキリル、これ食べてみたいわ」

 肉の串焼きを前足で指差し、ラナは言った。香辛料で味付けされた香りは、食欲をそそられるものであった。

「俺も食べたいな──肉の串焼き二つ」

と、キリルは注文した。

「はいよ、兄ちゃん。200オーロになるぜ」

 店主は金と交換に、串焼きをうすい木の皿に乗せ、キリルへと差し出す。

「ありがと」

 キリルは皿を受け取ると、店の横にできたすき間に入りこんだ。

「美味しそうね……」

 ラナは唾液をこぼし出し気に肉を見る。そうしてキリルから受け取ると、喜んで食べ始めた。

「美味しい……」

 うっとりとラナが言葉を吐き出す。

「ん、中々だな」

肉を咀嚼し、キリルはつぶやいた。食感からして鶏肉のようで、香辛料の柔らかな辛みとあいまって美味である。

「収穫祭様々だわ。美味しいものが沢山あるなんて」

「食べ過ぎるなよ」

「あ、あっちも美味しそう!」

 キリルの忠告を聞かず、ラナは彼の腕を前足でつかみ、次の出店へと引きずって行った。

「まったく。太ったら飛べなくなるぞ……」

 呆れたように、キリルはひとりごちた。

その時であった。

「おい聞いたか? この近所に隠れ魔道士の村があるらしいぜ……」

 それは男の声のようであった。

「こんなご時世に?」

 返されたのも男のそれである。

「──あぁ、なんでも気に入られれば魔法の種を分けて貰えるらしい。村に入るには森をわけ行った大樹の前で合言葉代わりの詩を詠唱するみたいだ」

「その言葉って?」

 男は声をひそめる。

「たしか……誓いの神子よ悪魔の声を聞け、罪人は甦らん。だったかな」

「なんだって?!」

 そう言ってキリルが振り返った時には、男たちの声は闇にかき消されていた。

「なによ、キリル」

 八本足のコーダの串焼きを食べていたラナが、首をかしげた。

「い、いや……なんでもない」

 上がる鼓動を隠すように、キリルは答えた。隠れ魔道士の村──魔法の種をわけて貰える……男の言葉が、耳にこだましていた。

 満腹のラナをともない、宿の部屋へと戻ると、疲れたように彼は直ぐ寝床に身を横たえた。間もなく寝息が聞こえてくる。今日は結構な長距離を飛んだのである。疲労がたまっていても、無理もないのかもしれない。

「──お疲れ、ラナ。お休み」

 ラナの額にねぎらいの口づけを落とすと、キリルは部屋のランプを吹き消し、ベッドにもぐり込んだ。


翌日、キリルは朝食をとると、もう一寝入りすると言うラナを残して商人ギルドへ足を向けた。町はいまだ道に花びらが散り、祭の余韻を残している。彼方に、掃除人がほうきとチリ取り片手に片付けに追われている。収穫祭が終われば、年の瀬も近くなるのである。片付けの応援に駆けつけた青年を横目で見つつ、キリルはギルドへと入った。

 オリヴァーはカウンターに向かい、なにやら書きものをしていた。声をかけるのも悪いかと、キリルはギルド全体を見回した。広いカウンターの他には目立つもののない一階より上を見上げると、高い天井に天窓が設けられ、太陽がふりそそいでいる。その為、昼間は太陽光だけで過ごせるのであろう。

まさに、太陽と海の大陸と言い評されるだけの事はある。リーザとわが子に見せてやりたい──そう、思いを浮かばせていたが、それはすぐにオリヴァーの声にさえぎられてしまった。

「すまんすまん、キリル」

「──ん、あぁ。大丈夫」

売り上げ票を渡し、キリルはうなづいた。

「すぐに終わるからな」そう言って計算器を持ち出し、オリヴァーは計算を始める。珠を弾く心地好い音色が、二人の間を響いていた。「なぁキリル」顔を上げないまま、オリヴァーは言った。「もう行っちまうのか?」

「な、なんだよいきなり」

 キリルは目を見開いた。

「あ、すまん。忘れてくれ」

己の発言におどろいたのか、オリヴァーが顔の前で手を振った。

「残念だけど、一つの場所にあまり留まらないつもりなんだ」

「そうだよな」

「また来るさ。今度は観光目的でね。この町は結構気に入っているから」

と、キリルは言った。

「そうか、気が向いたらまた顔を見せてくれ」

請求書をカウンターの上に置くと、オリヴァーは小さく笑ってみせた。

「そうさせてもらう」

キリルは手を差し出す。出逢った時と同じく彼らは手を握りあい、やがて離した。

ギルドの扉を開けると、潮風が舞い込んでくる。それに逆らい、キリルは商人ギルドを後にした。

そのまま、郵便局へと向かう。受付の娘に、500オーロと手紙を預ける。家を建てるだけの金も、そろそろ貯まり始めた頃だろうか。旅も、終わりに近づきつつある。そんな、予感がした。

それに、昨日聞いた隠れ魔道士の村についても気になっていた。もし魔法の種をこの手にできたのならば、パナシーが使えるかもしれないのである。

宿に戻り、主人に今日中に発つという旨を伝える。そうして、一階に位置する宿泊部屋へと向かった。

「ただいま」

「お帰りなさい」

 ラナが顔を上げる。

「今日中に旅立とうと思う。大丈夫か?」

 肩掛けカバンを持ち、キリルは言った。

「大丈夫よ」

ラナは起き上がる。そしてキリルに続き、部屋を出た。

「今日は少し探すものがあるんだ」廊下を歩きながら、隠れ魔道士の村について説明する。それから、意を決して言葉を吐き出した。「多分これが、お前との最後の旅になると思う」

「──え、」一言発し、ラナは口をつぐんだ。彼にとっては衝撃的な事であろう。しかし、もう心に決めてしまった事は変えられないのである。そして、「あなたの決意は変わらないのね……」

 ラナは立ち止まった。

「──あぁ。ごめん、”ライナス”」

 首へと回されたラナの頭を撫で、キリルは言った。

「……馬鹿」

 耳元で、ラナの声が聞こえた。


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