第45話 ユリウスの秘密

 誓約魔法の後に連れてこられたのは、さきほどの部屋と続き部屋になっている小さめのサロンだった。


「ようこそ、王家へ」

「ええっと……よろしくお願いします」


 床には不思議な文様が刻まれた絨毯が敷かれ、壁の四隅には輝く宝石がはめ込まれてある。この部屋には特別な処置を施してあって盗み聞きされることはないという。



 二人で茶を飲み、シャロンは時折質問を挟みながら、ユリウスの話を聞いた。


 結局、毒や媚薬の製造にバンクロフト家がかかわっていたことが判明し、違法でもあるそれらの材料は王妃が持つ貿易コネクションを利用して手に入れたのだった。


 ユリウスや父ダリルの捜査のもとで今回それに関わった者たちが芋づる式に捕まった。


「なぜ、私にも手伝わせてくれなかったのですか?」

 

 協力して欲しいと言われた割にはデートしたり、食事をしたりしただけだ。


「いや、付き合っているふりをしている方が守りやすいかと思ったんだが、結局危険な目に合わせてしまったね。その、申し訳なかった。今回の文書偽造の件だが、これからの書簡のやり取りには何か二人だけに分かる暗号を入れよう」


「私と付き合わない方がよかったんじゃないですか? 結局王妃陛下は私も父もうらんでいたんですよね。だったら、刺激しない方が」


 思いもよらない理由で悪役令嬢は冤罪をかけられたようだ。


「いや、君は第一の婚約者候補だったから、どのみちあの人にねらわれていた。執念深いひとだからね。さすがに、毒まで使うとはおもわなかった」


「そうですね……」


 息子が飲んでいたかもしれないのに、ユリウスはそれをどう受け止めているのだろう。察するに余りある。


「それで、どうしてシャロンはあの時毒に気づいたの?」

「それは……」

 野生の勘?


「先に真実に到達していたんだね」

「ただの勘ですよ。嫌な予感がしたんです」

 長年王妃に嫌われ続けたお陰だ。

  

「それから、今回の事はソレイユ卿のお陰だよ。ほとんどの証拠は彼が押収してくれた。バンクロフト卿を締め上げた時の姿は圧巻だったよ。私一人では言い抜けられていたかもしれない」


 ダリルは連日出かけていたので、疲れているだろう。帰ったら労ってあげなければ。


「まあ、父がそんなに活躍したのですね。というか殿下も行ったんですか?」

「そうだね、一緒に製造元も摘発した」


 二人揃って危ない真似を……。それで「引くに引けなくなった」わけか。彼らが後手に回っていたらそれこそ恐ろしい結末になっていたかもしれない。


「それにしても殿下も良く気付きましたね。媚薬の入っていた瓶の破片が割れたグラスにまざっているなんて」


 シャロンが事後に慌てて馬車に乗って帰った後、彼はそんなことをして証拠の品を押収していたのだ。一時期はポンコツとか思って申し訳ないことをした。


「たまたまだよ。使用人達の持ち物チェックは徹底しているからね。もし、母かララ嬢が捨てずに持ち帰っていたら、証拠を押さえられなかったよ。まあ、早めに証拠品を処分したかったのだろうね」


「でも、その、いいのですか? 王妃陛下がそれほど嫌ったソレイユの人間と結婚して」


「関係ないよ。母の行動は異常だ。自分が受け入れられなかったからと、ずっとソレイユ卿を恨み続けるだなんて。そのうえ、シャロンにまで」

 という、ユリウスの顔は青ざめていた。


「あの、無理しないでくださいね。殿下にとっては大切なお母様なのだし」

 と言ってシャロンは俯く。きっと彼が一番つらいはずだ。王妃がどれほどの罪に問われるか分からないが、これでソレイユ家の危機は去った。


「もしかして、罪悪感を持ってる?」

 ユリウスが俯いたシャロンを覗き込む。


「そういうわけではありません。王妃陛下のなさったことは許せません。ただ、殿下のお相手が私では無かったら、こんなことにはならなかったのではと……」

 やはり心苦しい。


「あの人は独自の毒入手ルートを持っていた。毒殺の常習者だよ」

「え?」


「今回のことがなくてもいずれは捕まっていた。邪魔だと思えばそれが息子であっても消す人だからね。それとあと一つ、私はあの人の子ではないよ」

「え?」

 驚いて目を瞬いた。


「これが誓約を急いでいた理由。王族のトップシークレットだよ。この国では王の庶子は後継者になれない。つまり本来私は王子ですらない。国王の子であることは確かだが、産みの母がだれなのか知らされていない。だが、スペアは必要だから、私は第二王子の座にいる。この先もずっと兄ヘンリーの代わりだよ」

「……」


 ユリウスはシャロンが情報を処理しきれるまで待ってから話をはじめた。


「まず兄と私が異母兄弟であるのは知っているよね? 兄は前王妃の子で、彼女は亡くなった。後妻に入った母が私の実母となっているが、彼女は父の子ではなく別の男性の子を産んだ」

「え?」


「魔力を持つ者は、親兄弟が自然と分かることがあるだろう? 王族の場合はそれが顕著で、血族が分かるんだ。

 そのうえ、母の産んだ子が、実家からつれて来た護衛騎士にそっくりだった。以来父が母と閨を共にするのを拒絶してね。父も自分の事は棚に上げて勝手なものだ。まあ、本来王妃の浮気は許されないことだが、母の実家は他国とのつながりもあり、かなり強いからね」


 ユリウスは淡々と語るが、壮絶な話だ。


「あの、私はそんなことまで聞いてよいのでしょうか?」

 王室のとんでもない醜聞だ。


「不快な話で申し訳ないと思う。やはり王族の仲間入りをするのは嫌になった?」


「嫌になったも何も誓約しちゃったじゃないですか」

 シャロンが呆れたようにいう。


「王族は離縁できないけれど、婚約は解消できる。シャロンが拒否すれば、私と結婚しなくて済むし、今話したことも君が生涯口外しなければいい」


 そのために彼は正式な婚約の前に誓約魔法を申し出たのだ。いきなりそんなことを言われても混乱していて上手く考えは整理できないが……。

「私は別に気にしません。殿下が誰の子であっても。もしも王家で居心地が悪いなら、うちに来ますか?」


 シャロンがそう答えると、ユリウスが笑った。


「ちなみに婚姻の後にも一族と誓約を交わすのだけれど、君とは絶対誓約させないから。この誓約が最初で最後だ」

「それって可能なんですか?」

 

 ユリウスが力強く頷く。


「大丈夫、今回の事件でいろいろと私は人の弱みを握ったし、君の御父上も助けてくれる。それから、さんざん求婚しておいておかしな話だが、今話したことをよく考えてから婚姻を決めて欲しい。母のように後悔して欲しくないからね」


 といって淡く微笑んだ。消えてしまいそうなほど、儚く見えた。




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