第17話 さっそくフラグです

「ここで構いませんので手短に」


 王子と二人でガゼボにいるところなど見つかったらあとで何を言われるかわかったものではない。なぜかいつもシャロンが加害者扱いをうける。そう、例え相手が男性であっても……。


「ならば、単刀直入に。媚薬を盛った犯人を捜したい」

 本当に単刀直入でどきりとした。


「ええっと、それは……つまり」

「人を動かすとなると、何人かに事情を話さなければならないことになる。事情を話さずに私が動かせる人数は限られているからね」


「限られた人間で調査するわけにはいきませんか?」

 シャロンは食い下がる。


「時間がかかるし、せっかく調べても、それでは無為に終わるかもしれない」

「王族に薬が盛られたのは重大事件だと思いますが、出来れば秘匿にして欲しいです。そうでなければ私はどう生きていけばいいのですか?」


 いや、断罪されなければ、生きて行ける自信はある。だいたいシャロンの評判はもう落ちようがないだろう。だが、ソレイユ家としてはどうなのだろう。父と弟が心配だ。


「お前が、私と婚約してしまえば話が早い。速やかに犯人を捜すことができる」


 なるほど、ユリウスなりに計算していたようだ。


「嫌です。もし、殿下と婚約してしまったら、絶対に私が媚薬を盛った犯人にされるパターンですよね」


 それだけははっきりわかる。こうやって悪役令嬢は冤罪の罠に落ちて行くのだ。


「まさか! そんなふうには思っていない。その、ことが起こってからのお前の対処を思うと……。だから事前に相談している。それに調査に関わるものには必要最低限しか話さないし、噂が広がらないように口止めするつもりだ」


 やはり隠し通すことは無理のようだ。王族が薬を盛られたのだから、ことは重大だ。


 しかもユリウスは優秀で兄を抑えて次期国王になるのではと噂されている。


 犯人を野放しにしておくわけにはいかないのだろう。だがしかし、なぜか真犯人は捕まらず、シャロンが犯人になり処刑される予定。そんな無駄な捜査に付き合わされるなどごめんだ。


 だが、王子が言いだしたからには仕方がない。父に恥をかかせたり、家がとり潰しの憂き目に会う前に修道院に入った方がよさそうだ。


 確かバッドエンドの一つにあった。隣国の戒律の厳しい修道院に送られる途中で暴漢に襲われ殴り殺されるのだ。魔法省に入るという希望が湧いて来ていたのに本当に残念だ。


 早速、家に帰り慎重にことを運ばねば。途中で暴漢に会って殺されるなどあってはならない。修道院選びは慎重に。


「わかりました。人の口には戸が立てられません。他の方に話す前にお知らせください。父や弟、ひいては家名に泥を塗りたくないので、私は修道院にいきます。ではこれから急ぎ準備しますので、これにて失礼いたします」


 修道院に入るのなら、もう社交の必要はないし、噂が広まるなら体面をかんがえることもない。したがって、嫌な王妃の顔色を窺う必要もないのだ。

 

 それどころか初めて被害者面が出来るかもしれない。そう思うと、なんだか逆に気分がすっきりしてきた。


 幸い今世の体はとても丈夫に出来ている。修道女になって野菜をそだてるのもいい。良い修道院をえらべば、楽しい修道女生活をおくれるかもしれない。


 しかし王子が行く手を遮る。


「なぜ、そんな話になる。大丈夫だ。私はシャロンの意見を尊重する。それほど嫌ならば、絶対に公けにはしない!」


 といってシャロンを帰そうとしない。


「いや、別にそれほど……。幸せは人それぞれですので。ちょっとはなしてくださいよ」


 腕を掴んではなさないユリウスとなんとなくもみ合いになってしまった。


 すると

「ユリウス様!」


 後ろから声がかかる。

 びっくりして振り返ると、ララとそのそばに赤髪美丈夫のニックが立っていた。


 そしてララのその手にはなぜか紅茶。これは、どう考えてもイベントフラグ。


「シャロン様! 殿下とお二人でこんなところで何をしているんですか?」


 ララが不審そうに言いながら近づいて来る。


(え? ちょっとおかしいでしょ? ティーカップはテーブルに置いて?)


 なぜ持ち歩くと言いたい。


「そうだ。貴様、なんのつもりだ!」


 ニックが怒りに頬を染め、シャロンの元にずかずかと近寄ってくる。これはとてもやばい状況だ。


 ついこの間まで王子をストーキングしていたから、ユリウスを襲っていると誤解されたのだろう。


 するとララがなぜか突然ぐらりと揺れた。


「バンクロフト様!」


 シャロンが慌てて駆け寄ると、ララがそのまま転んで紅茶を被ってしまった。慌ててシャロンがハンカチを渡そうとすると、騒ぎを聞きつけた者たちがわらわら集まって来る。


「まあ、シャロン様! ララ様どうなさったの? まさか、紅茶をかけられたのですか!」


 イザベラがララを庇うように彼女の元に駆けよる。やはりイザベラは裏切り者だ。ララに乗り換えたらしい。


「ララに紅茶が! ソレイユ嬢これはやりすぎではないか?」

 いつの間にか来てたパトリックが現場も見ていないのにきつい口調で言う。


「いえ、私は何も!」


 そばに駆け寄っただけなのにあんまりだと思う。なぜ、加害者になるのかさっぱりわからない。


「……いいんです。私は大丈夫です。ぜんぶ私が悪いのです」

 

 といってララがはらはらと大粒の涙を流す。


 まったくもって彼女の言っている通りなのだが、まるで苛められた健気な被害者に見え、状況はさらに悪化した。


 勝手にララが紅茶を持って転んだだけなのに。さながら悲劇のヒロインだ。


「なんてことを! 貴様どうしてララを泣かせた」


 といっていきなりニックに乱暴に腕を捩じ上げられる。近くでララが自ら紅茶をかぶるのをみていて、どうしてシャロンがやったと思うのか本当に不思議だ。


「痛い!」


 肘と肩に激痛がはしり体勢を崩した瞬間足をひねって膝をつく。

 皆の前でクリティカルに冤罪が決まる。腕をひねり上げられる苦しさと痛みにシャロンは口をぱくぱくさせた。


「ナニコレ・・・」


 思考が追い付かなくて呆然と呟く。シャロンは何もしていない。というか、なぜララが歩きながら紅茶を持っていたのか誰か説明して欲しい。



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