第16話 茶会

 翌日いつもの地下食堂で、ジーナやレイチェルに聞いてみると彼女たちには届いていないという。


「おそらくお妃候補として目されているかたや、家格の高いご子息ご息女だけが呼ばれたのだと思います。イザベラ様やバーバラ様にも届いたようですから。集団でのお見合いのようなものかもしれません」


 確かに王室の開く茶会や夜会にはそういう側面もある。物凄く行きたくない。


 しかし、ジーナの話によると殿方も含め三十名ほど招待されるらしい。それならば、目立たないようにしておけばよいだけだ。


 前は王子の婚約者になろうと必死で、無視されようが嫌味を言われようが恥をかかされようが、王妃の隣に必死で陣取っていたが、今回はそんな真似をする必要もない。


 そのうえ、最近では高位貴族が集まる茶会にララも参加するようになっていた。きっと話題の中心はララだ。


 それならば美味しいものだけ食べ、余った時間はどこかに隠れていよう。



 当日は麗らかな天気で、茶会はバラ園で行われることになった。


 これは隠れるのに好都合だ。バラを見ているふりをしてさり気なく集団から離れればいい。


 今日はバラの葉と同化するため深緑のドレスにした。やっと前世チートを発揮できる。保護色と言うやつだ。髪の銀色もおろしていると目立つので、アップにして深緑のベルベットのリボンで編み込んでもらった。


 地味な色だからといって黒とか紺色とか茶色を着ると艶やかな芝とバラに囲まれた庭園では目立ってしまう。

 

 王宮に行くとあって、メイドのミモザがはりきって準備してくれた。最近シャロンが令嬢達を呼んで茶会も開かないので、心配していたようだ。


 全身緑でアマガエルのようになるかと思っていたが、鏡で見る姿は

綺麗に仕上がっていた。さすがミモザだ。これで庭園に溶け込めそう。

 準備を手伝ってくれたメイド達に礼を言って馬車へ乗り込む。




 城に着いて馬車を降りるとなぜかブラットが駆けてきて馬車から降りるのに手を貸してくれた。家柄もよく父親が要職についている彼も呼ばれたのだろう。


「やっぱり君はエスコートもなしに一人で来たんだね」

「ありがとう、ブラット」

「シャロン、今日は見違えたよ。いや、もちろん君はいつも美しいけれど。素敵なドレスだね。似合っているよ」


 そんなふうに言われてちょっとドキリとする。しかし、ブラットは紳士なので、褒め言葉がさらりと出るタイプだったと思い出した。


「ねえ、ブラット、私、庭園から浮いていない?」

 ここは最重要だ。


「いや、バラの妖精のようだよ」

「やあね、褒め過ぎ」


 シャロンは褒められてまんざらでもない。頬を赤く染めながら、保護色作戦は成功だと喜んだ。

 


 ブラットと一緒に来たわけではないが、まるでエスコートされるようにバラ園に連れて行かれた。


 見ると王妃とユリウスが並んで客を出迎えている。王妃には嫌われているのでつい体がこわばってしまう。


 するとブラットが察したように「一緒に挨拶に行く?」と言ってくれた。

 なんて優しいのだろう。願ってもないことで、本当に心強い。


 王妃と王子のそばに挨拶に行くといつものメンバーのパトリック、ニック、ロイに加えなぜかララもいる。


 高位貴族がいるなかに男爵令嬢がこの茶会に呼ばれ、このメンバーのなかにいるということは異例のことというより、一種異様だ。

 

 しかもユリウスのそばにいて微笑んでいるので、まるで婚約者のよう。少し前まではシャロンがその場所を死守していたのに。


 一瞬嫉妬にかられそうになり、これがゲームのイベントだったと唐突に思いだす。


 危ないところだったとほっと胸をなでおろす。ヒロインと王子が一緒に並んでいる姿を見るとつい条件反射的に嫉妬してしまう。

 なんというかララとユリウスが寄り添う姿は、一枚の名画のようにぴったりなのだ。


 確かこのイベントは、王妃と王子のそばから離れないララに腹を立てたシャロンがバラ園の影に呼び出して、紅茶をぶっかけるという身もふたもないくらいにベタな展開だった気がする。


 それを王子がたまたま見ていて、シャロンは叱責され、ヒロインが綺麗なドレスに着替え、それを王子が褒めたたえ二人の愛がふかまるというイベントが発生する。


 悪役令嬢はまるで二人の恋のスパイスのようだ。ついでのように処刑され、家がとり潰されるとはいくら何でもひどすぎる。



 一通り挨拶が終わって、ブラットと菓子をつまみ茶を飲んでいると、ララがやって来た。


 二人は談笑し始め魔法実践のアドバンスクラスの話を始めてしまった。シャロンは選択していない科目なので、二人の会話はさっぱり分からない。


 ララは攻略対象以外も優秀で顔のよい殿方を自分のとりこにするつもりなのか。


 そんな疑問を抱きつつ、お菓子をつまみながら、シャロンはさり気なく会場からフェードアウトしていく。


 バラ園の茂みに入り込むとほっとした。緑のドレスがきちんと役割を果たしている。自分で自分をほめてやりたい。


 後はここで適当に時間を潰して早めに帰る予定。

 

 きっと王子の妃になりたいもの達は、王妃との茶会でマウントの取り合いに夢中だろう。


 徒労だとわかっていたら、あのような不快な場で戦ったりしなかったものを……。シャロンは悔しさにぐっと拳を握る。



 辺りはバラの香りに満ち満ちていて爽やかな春の風が吹き抜ける。


 茶会で庭園に来るといつも王妃に嫌味をいわれたり、令嬢達との王子の取り合いで、くつろいだことも美しいバラを楽しむこともなかったので、今日はゆっくり散策することにした。


「シャロン」


 一人になってから、半時間もたっていないだろう。後ろから声をかけられた。


 振り返ると王子だ。なぜ見つかった? シャロンがぎょっとしていると王子が言う。


「この先のガゼボで、少し話さないか?」


 そう言われても相手が彼だと警戒してしまう。ちなみに今日も金髪は光り輝き、涼やかなサファイヤブルーの瞳は美しく、形の良い唇が品よく弧を描いている。



「そんなに警戒しないでくれないか?」


 といってユリウスが苦笑する。


(いや、ちょっと、警戒するなとか、それ無理だから)


 それよりなにより、彼がどうやってご学友と取り巻きの包囲網を抜けたのか知りたい。




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