第14話 皆さん、気軽に声をかけてきます

 王子と遭遇した後、気もそぞろに授業を受け、放課後にひっそりと廊下の端を歩いていると


「シャロン」

 

 と名を呼ばれた。


 おかしい。目立たないようにしているはずなのに、今日もやたらと声がかかる。悪役令嬢なのに人気者なのかと勘違いしてしまいそう。


 振り返るとブラットだったので、ちょっとほっとする


「あの、ララ嬢の事なんだけれど」

「はい、何でしょう?」

 突然ヒロインのことを切りだされて、言葉遣いがついよそよそしくなってしまう。


「仲良くしてみたらどうかな?」

「は?」

「話してみるととてもいいこだよ。昨日カフェで君が帰ってしまったから、とても気にしていたよ」


 どうやらあの後ララ達と楽しい時間を過ごしたようだ。やはり彼もララの魅力に取り込まれてしまったようだ。ヒロイン恐るべし。


 シャロンにとってブラットは学園での心のオアシス的な人だったのだけれど、こんなことで失うのは無念だがヒロインララの魅力には勝てない。


「いいえ、私はやめておくわ。別にララ様が嫌なわけではないのよ。目立つのがいやなの」


「わかった。確かに彼女たちと一緒にいると目立ってしまうよね。最近の君はどこかひっそりとしているし」

 といいながら、なぜかブラットが「ふふふ」と笑う。


「ええ、そういう事なの」


 とりあえずブラットは分かってくれたようなのでほっとした。ちょっと寂しいけれど、後は勝手にララと仲良くやって欲しい。


「ところでもう帰るの?」

「いいえ、図書館に寄って行こうかと思って」


「そう、なら僕も返す本があるから一緒に行かないか」

 と言ってついてくる。


 ブラットは優しくて頭もよく攻略対象並みに顔がいい。考えてみたら、彼と一緒にいたら、結構目立ってしまうのだろうか? それとも攻略キャラではないから大丈夫だろうか。




 ♢




 今日も地下食堂で一人で食べていると見覚えのある令嬢が目の前に座った。


「シャロン様ったら、こちらで食べていたんですね。教えてくださればよかったのに、水臭いですわ」

 見るとレイチェルだった。


「そうですよ。私達も誘ってくださればよかったのに」

 と言ってジーナが微笑む。


「あなた達どうして?」


 シャロンは驚きに目を見張る。彼女たちが地下食堂に来るとは思わなかった。二人は伯爵家の令嬢で寄付も十分にしているはずだ。


「だって、シャロン様がいないとつまらないんですもの。あら、この本もしかしてお好きなのですか?」


 レイチェルがシャロンの持っているロマンス小説を目ざとく見つける。食事が済んだら、読もうかと思い持ってきたものだ。


「ええ、最近よく読むの」

「私たちもですわ」

 ジーナが目をきらきらと輝かせる。


「え? そうだったの?」

 意外なところに同好の士がいた。


「ええ、でもあまり公に出来なくて」

 レイチェルとジーナが困ったように顔を見合わせる。


「どうして?」


 一般に流通している本で別に禁書の類ではない。シャロンは不思議に思い首を傾げた。


「イザベラ様とバーバラ様が……」


「お二人がどうかしたの?」

「お二人ともロマンス小説を低俗なものと馬鹿にされるのです」

「まあ、どうしてでしょう。美形の王子様と町娘が結ばれる話なんて素敵じゃないですか」


 驚いてシャロンが言う。しかし、言いながらもまるで王子とララのようだと思った。そのロマンス本に自分がどっぷりつかってしまうなど、皮肉だ。


「そうですよね」

 とレイチェルが力強く同意する。


「シャロン様、あの戻って来てくれませんか? シャロン様がいないと私達……」

 とジーナが縋るような眼差しを向けてくる。


「何かもめごとでも?」

 二人は同時に黙り込み、それからおもむろにジーナが話し始めた。


「実は、イザベラ様とバーバラ様が揉めていて」

「どうして二人はうまくやっていたじゃない?」

 シャロンが不思議そうに首を傾げる。


「それが、シャロン様がいなくなった途端。どちらが上かと……」


 二人の場合家格にそれほど差がない。家格が図抜けて高いシャロンがいなくなったため、マウントの取り合いが始まったのだろう。


「せっかくだけれど。私しばらく目立たないようにしたいの」

 するとぎょっとしたようにジーナもレイチェルも目を見開く。


「え? あの……でも、シャロン様とても目立っています」


 シャロンが顔を上げると、地下食堂で食べている生徒たちが一斉に目をそらした。


 何となく気付いてはいた。彼らはいつでも見て見ぬふりをしてくれている。一度、シャロンがここにいるのは迷惑かどうか彼らに尋ねてみた方がいいのだろうか……。ちょっとドキドキする。ここを追い出されたら、昼休みに居場所がなくなってしまう。


「そうよね。ここで食べていたことがすでにあなた達にバレてしまっているものね」

 と苦笑交じりに言う。


「あの、ときどきここでお食事一緒にしていいですか?」

 思いがけない申し出に驚いた。ランチの友達が出来るとは思っていなかった。


「ええ、もちろん」


 その日から、地下食堂仲間が増えた。何だかんだと二人は時間が合えば地下にやって来る。


 それに最初は二人だったのに、いつの間にか今まで付き合いのなかった令嬢までロマンス小説を語るためだけに地下までくることもあった。


 シャロンは、このままひっそりと一年が過ぎて断罪されませんようにと祈った。




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