第13話 因縁でしょうか?

 

 休み明けは、さっぱり、すっきりした気分だった。弟のショーンに癒され、ミモザに大事にされ、髪も肌もお手入ればっちりで、気分はすっかりリフレッシュされていた。



 しかし、登校する早々、ブラットとララが仲良さそうに学園内の庭園を散歩している姿を目撃してしまう。


「はあ、ブラットもバンクロフト様と仲良くなったのね。悪役令嬢をやめるってことは一人になるってことなのかしら……」


 そんな切ない独り言がこぼれ出た。別にブラットに恋慕を抱いていたわけではないが、これで魔法省のコネは消えたと思った。


 確かララも魔法省に就職することを希望していたはずだ。がっかりして嘆息する。やはりコネではなく努力でなんとかしなくては。


「シャロン」


 いきなり後ろから声をかけられて飛び上がった。


「きゃあーー!」

「おい、いきなり大きな声を出すな。私だ」


 振り返るとユリウスだった。思わず身構える。昨日は物凄く怖い顔をしていたが、何か因縁をつけにきたのだろうか?


「お前、いつから、ブラットと付き合い始めたんだ?」

「は?」


 予想外の質問にシャロンは目を瞬いた。


「昨日、ブラットと二人きりでカフェにいたではないか」

 なぜか詰問口調でシャロンに聞いてくる。


「殿下もララ様といらっしゃったじゃないですか」


 自分のことは棚に上げているユリウスに、そこはかとなく腹が立つ。


「あれは、たまには市井を見るのもいいんじゃないかとパトリックやロイに誘われたんだ」

「休みの日にわざわざですか?」

 わざわざを強調していう。


 ララより、シャロンの方がユリウスとの付き合いは長いのに、休日の街歩きにお供したことはない。


「お前こそ休みの日にわざわざブラットとデートしていたんだろう?」

「デートではありません。たまたまあったんです。ブラットはフレンドリーな方ですから。ほら、今もあちらでララ様と散歩しておいでですよ」


 ユリウスの気をそらすようにいうと、彼はそちらにチラリと目を向けたかと思うと、すぐに鋭い目でシャロンを見据えた。


「だから、何だというんだ。ここに隠れてブラットを見ていたのか? それで、お前はブラットとは……」

「付き合ってません」


 別にもったいぶるようなことでもないので、はっきりといった。


「そうかならば、私と婚約しよう」

「はい?」


 一瞬、聞き間違いかと思った。前もはっきり断っているのに同じ申し出を繰り返す。第二王子ユリウスのハイスペック設定はどこに行ってしまったのだろう?


「まさか、なんてこと。ゲームの強制力……?」

 小さな呟きが聞こえたのか王子が首を傾げる。


「お前が何を言っているのかは分からんが、このまま何もなかったことにするというのは無理がある」


「無理も何も本当に何もなかったんです!」

 そこはしっかりと釘を刺す。


「その、母から聞いたのだが、以前から私と婚約を結びたいとたびたびソレイユ家から話があったそうだな」


 なぜこの人は、忘れたい過去をわざわざ掘り起こすのだろうと思う。


「そうですね。この間の半年以上放置以外は、すべて即お断りされましたが」


 さすがに笑顔で繕うのが難しく、ちょっとやけ気味に答える。人の傷口にざりざりと塩をぬりたくるとか、本当にやめて欲しい。


「私はそのことを知らなかった。君も知っているとおり、私には降るように釣書が届いている。私の手元に直接来ることは無いんだ」

「そのようですね。でも、どうして今更?」

 

 シャロンは「掘り返すなよ」という言葉を言外に滲ませる。

 

「この間も言ったと思うが、母上が気にしている。ずっと釣書を送り続けてきたソレイユ家が突然取り下げたと」


 この話題早く終わって欲しいとシャロンは切に思う。というか、わりと「母上」ということばが彼の口から飛び出す頻度が高い。もしかしてマザコン?


「はい、父も業を煮やしていたそうです」


 しゃべりながらもシャロンは後退りする。顔も良く人望もあり、友情に篤い彼が、まさかのマザコン? 


 そういえば、この王子すべてを母親に取り仕切られているような気がする。ご学友を決めたのも王妃だと聞いたことがある。当然のようにシャロンは外されたが……。


「いや、だから、それに関しては申し訳なかったと思っている。知っていたら、私もちゃんと考えていた」


 今更言われても……。話がどんどん面倒な方向に転がっていく。


「別に気にしないでください。私もまったく気にしていません!」


 彼といま婚約しようものなら、王妃にいびられた挙句、冤罪からの断罪、ソレイユ家お取り潰しの未来しか見えない。

 

 シャロンが、きっぱりと言い切るとユリウスのサファイヤの瞳が揺れ、傷ついたような表情を浮かべる。

 

 やめて欲しい。そんな顔をされると罪悪感で押しつぶされそうになるし、愛されているのかと勘違いしてしまいそう。


 そう彼は人から拒絶されることになれていないだけとシャロンは必死に自分に言い聞かせた。


「……それで、シャロンはどうしてブラットの事を名前呼びしているのだ? いつからそんなに親しくなった」


 今度は何をいいだすのだろうとシャロンは目を瞬いた。


「別に特別親しくしているわけではありません。ただ、魔法実践が苦手なので、ブラットに迷惑をかけていて。それから試験の時はいろいろと相談したりしているうちに気安く話すようになっただけです。それに子供の頃から、茶会で顔を合わすこともありましたしね」


「へえ、子供の頃からの付き合いで、世話になっているわけだ」


 とユリウスが軽く目を眇め冷めた様子で言う。


「はい、そういえば、迷惑をかけっぱなしで、今度何かお礼をしなくては……」


 最後の方は独り言。

 あれだけ世話になっているのに、ブラットに何も贈ったことがなかった。


「シャロン。二人きりでデートをしてお礼にプレゼントを渡したりしたらそれは付き合っていることにならないか?」


 意外に王子は古い考え方をする。父親の世代ならば、そうかもしれないが、昨今では男女の友人同士で気軽に昼間のカフェに行くこともある。


「いやですわ。あの日偶然店の前でであっただけですし、プレゼントは日頃のお礼というかお詫びです。この間は私のせいでけがを負われましたから。それに贈るとしたら、お菓子です」


 一応誤解のないように言っておく。


「もしかして、お前が私に昔くれたクッキーを作るのか?」


 本当にさっきから嫌なことばかり思い出させてくれる。


 純粋な子供の頃、大好きな彼に贈り物をしようと屋敷の台所に出入りしてシェフにクッキーの作り方を教わった。


 やっと満足のいくものが焼けて喜び勇んで王子に渡そうとすると、その場で王妃に取り上げられて、庭にばら撒かれ鳥の餌となった。


「毒は入っていないようね」


 と王妃に言われ軽くトラウマだ。


 その後王族は毒見したものしか口にしないと王妃に酷く叱責されたが、やはり昨日のようにお忍びでお店に入る姿をみるとくすぶるものがある。まあ、誰かがお毒見をするのだと思うが……。


 余談だが、それ以降シャロンはユリウスに直接プレゼントを渡すことを禁じられ、いつも侍従を通してわたすことになり、ユリウスとあまり会えなくなった。


 そのときちょうどチャイムが鳴った。助かったとばかり王子の前からそそくさと去った。


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