岩橋さんが実は美少女だと発覚してしまった件

第23話 プールの授業で

 とある暑い日。いつもの様に授業が始まった。だが、今日は特別な事がある。夏ならではの授業と言えばわかるだろう。そう、今日の四時間目、体育の授業は、今年初めてのプールなのだ!


 三時間目が終わると男子生徒はさっさと着替えを済ませて教室を出る事を女子に強要された。

 男子生徒全員が教室を出たのを確認した上で女子は窓のカーテンをしっかりと閉めた。


 そう、今から女子が水着に着替えるのだ。もうすぐ教室は女の子の裸が百花繚乱、覗きたい気持ちは山々だが、バレたらそれはもう大変な事に。バカな欲望を抑え、俺達はさっさとプールに向かった。


 プールサイドに居ると気分はもうすっかり夏だ。蒸し暑い空気の中待つこと数分、女の子の声が聞こえてきた。水着に着替え終わった女の子達がやって来たのだ。

健康な男子としては目が行ってしまうのは皆同じな様で、プールの入り口に男子達の視線が集まった。

 見慣れた顔でも水着姿となるといつもとは違って見える。ウチの学校の水着は紺の普通のスクール水着だ。それでもやはりいつもと違う女の子の姿にドキドキしてしまうのは悲しい男の性というモノなのだろう。まあ、世間にはスク水愛好家なんてのも存在するらしいが、俺としては見慣れたスクール水着なんかよりも市販の可愛い水着とかグラビアアイドルが着ている様な布地の少ない水着の方が……って、俺の趣味なんて誰も興味無いよな。


「おい、誰だよ、あの子」


 一人の男子生徒から声が上がった。わいわい言いながら入ってきた女の子達の中に見慣れない顔があったのだ。その子は一人だけ真面目にも水泳帽を眉毛を隠すほどまでに深く被っていたのだが、その下には少しタレ気味の丸く大きな目が。もちろん俺はその子が誰なのか一目でわかったが、周りでは男子達がガヤガヤと騒ぎ出している。


「おい、あんな可愛い子、クラスに居たか?」


「いや、知らない顔だよな」


「『眼鏡っ子が眼鏡外したら実は可愛かった』ってヤツじゃねぇか?」


 そこへ体育の先生がやって来た。


「みんな揃ってるかー? んじゃ出席取るぞー」


 先生が言うと男子生徒の目はその女の子に注がれた。ヤツ等が気になるのは『あの可愛い子が何と呼ばれたら返事をするのか?』の一点。もちろんその時はすぐにやって来た。だって、うちの学校の出席番号は「あいうえお順」だからな。


「岩橋」


「はい」


「ええっ!?」


 岩橋さんが返事をすると同時に男子生徒達にどよめきが起こった。


「マジか……」


「岩橋って、あんな可愛かったんだ」


「くそっ、もっと早く気付いていれば……」


 何言ってんだよ。お前等、岩橋さんの事、散々『暗い』とか『不気味だ』とか言ってたじゃねぇか。まあ、前髪で顔がほとんど見えないからしょうがないと言えばしょうがないのかもしれないけどな。この間、一緒にGSJに行った三人なんか思いっきり後悔しているだろう、岩橋さんを邪険に扱った事を。


 男という生き物は現金なもので、その時から男子生徒が岩橋さんを見る目が変わってしまったのは言うまでも無い。プールの授業が終わると、さっきとは逆に女子が先に教室に戻り、着替えを済ませて男子に教室を明け渡すのだが、入れ替わりの際にほとんどの男子は岩橋さんをチェックしてがっかりしていた。理由は簡単、着替えを終えた岩橋さんは元通り、前髪で顔を隠してしまっていたからだ。


 四時間目が終わると昼休みだ。今日は岩橋さんと一緒に弁当を食べれるんだろうか? なんて思ってた時の事だった。


「岩橋さん、もっと顔見せてよ」


「そうそう。せっかく可愛い顔してるんだからさ」


 バカな男子共の声が聞こえてきた。見ると、調子に乗った数人の男子に岩橋さんが囲まれているではないか! アイツ等、何やってやがるんだ。岩橋さん、きっとが困ってるぞ。

 そう思った瞬間、俺の身体は勝手に動いていた。


「岩橋さん、一緒にお弁当食べようよ」


 群がる男子共を退け、弁当に誘ったのだ。我ながら大胆な事をしたものだが、俺が岩橋さんと一緒に登校したり、何度も一緒に弁当を食べたりしているのは皆知ってる事だからな。


「加藤君」


 岩橋さんのほっとした声に、群がっていた野郎共はすごすごと引き下がった。俺は悪い竜からお姫様を救った騎士さながら岩橋さんを和彦と由美ちゃんが待つ席へとエスコートした。いや、そんな大したモンじゃ無いか。せいぜい雑魚モンスターの群れから救出したぐらいか。

 だが、和彦がそんな俺に称賛の拍手を送った。


「やるじゃん」


 和彦が手を叩きながら笑うと由美ちゃんも不愉快そうに言った。


「まったく、男って嫌よね。可愛いってわかったらアレだもの……」


 いやいや、和彦だって『最初は見た目が可愛かったから由美ちゃんと付き合った』って言ってたんだけどな。だがまあそれは言うべき事じゃ無いよな。あっ、言ったら言ったで由美ちゃんの事だ、『私、可愛いって思われてたんだー』って喜ぶかもしれないな。


 なんて思ってると由美ちゃんが堂々と言い放った。


「まあ、私にはカズ君意外は興味無いけどね」


「なーに言ってんだか」


 和彦は照れた様に言うと由美ちゃんは不満そうな顔で言った。


「え~、カズ君そんな事言うんだ」


「わかった、わかったよ」


「何がわかったのよ?」


 突然始まった和彦と由美ちゃんの痴話喧嘩の様な展開に岩橋さんはおろおろした。まあ無理も無いだろうな。友達関係すら今まで上手く構築出来なかったんだ、彼氏彼女の関係の奥深さなど計り知れないだろう。でも大丈夫、和彦が上手く収める事を俺はわかってるから。


「お前の気持ちだよ」


 ほらな、和彦が事態の収拾に入ったぞ。しかし由美ちゃんの気持ちは収まらないらしく不満そうな声で和彦に食ってかかった。


「じゃあ、カズ君はどうなのよ?」


 平然と成り行きを見守る俺と、更におろおろする岩橋さんの前で和彦は照れもせず堂々と言い切った。


「俺? 由美の事? そんなもん、好きに決まってるじゃないか」


 さすが和彦。いつもながら由美ちゃんが初めての彼女で、しかも付き合い始めてからまだ半年も経って無いとは思えない。そんな和彦の言葉に由美ちゃんは無邪気に喜んだ。


「そうよね! カズ君も私の事、好きだよね! まあ、わかってる事なんだけど、やっぱりたまにはそう言って欲しいんだから」


『たまには』って……はっきり言って俺にとっては見慣れた風景、聞きなれた会話なんだけどな。しかし正直羨ましい。俺もいつかは岩橋さんと……って、この二人、俺の前ならともかく今は岩橋さんも一緒なんだぞ。よく堂々とこんな会話が出来るもんだ。


「二人って、ラブラブなんですね」


 岩橋さんが口元に笑みを浮かべた。それを聞いて気を良くした由美ちゃんは、俺も知らない二人のラブラブっぷりを岩橋さんに話し出した。


「そうなんだ、羨ましいなぁ」


 初めて聞くであろう恋愛の話、所謂『恋ばな』に、憧れる様な口ぶりの岩橋さん。すると由美ちゃんが凄い事を言い出した。


「沙織ちゃん、可愛いんだから彼氏なんかすぐ出来るわよ」


 はーい、ここに彼氏希望者が居ますよー! 俺は心の中で思いっきり手を挙げた。しかし、岩橋さんは悲しそうに一言呟いた。


「私……可愛くなんか無いから……」


 本当は自分の事を可愛いと思っているにも関わらず、『私なんか可愛く無いしー』などと言う風潮が女の子にはあるが、口振りからすると、岩橋さんは本当に自分の事を可愛く無いと思っている様だ。プールの時、あれだけ男子が騒いでいたというのに……岩橋さんは何か心に闇でも抱えているのだろうか? 






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