第8話 岩橋さんへの試練? ~女の子だけで弁当を~

「沙織ちゃんってさー、どうして前髪、そんな伸ばしてるの? 顔を出したら良いのに」


 歩きながら由美ちゃんが岩橋さんに言った。さすがは女の子同士、男の俺が言難い事をあっさり言ってくれた。まさにグッジョブ! ついでに言うと俺は残念ながらまだ岩橋さんの事を『沙織ちゃん』と呼ぶ根性は無い。


「そんな……私……」


 過去に何があったのだろうか? 岩橋さんは頑なに顔を出すのを拒んだ。


「まずは見た目からって言うじゃない。だいたい、そんな前髪じゃ目が悪くなっちゃうわよ」


 お母さんみたいな事を言いながら由美ちゃんは岩橋さんの前髪をさっと左右に分けた。すると、岩橋さんの目が露わになり、俺は初めて岩橋さんの顔をはっきりと見ることが出来たのだった。


 初めて見た岩橋さんの目は、少しタレ気味で丸くて大きくて……期待通り、いや、はっきり言って期待以上だった。まさか、ここまでの美少女だったとは……しかし岩橋さんはすぐに前髪を下ろし、また顔を隠してしまった。


「ごめんなさい。私……」


 別に岩橋さんが謝る事では無いと思うんだが、そんなに顔を出すのが嫌なのだろうか? あんなに可愛い目をしているのにもったいない。だがしかし、大事なのは岩橋さんの可愛さをアピールする事じゃ無い。第一、岩橋さんが実は可愛いと知れてしまったら、岩橋さんに近付こうとする不届き者が出てくる事間違い無しではないか……なんて思う俺はやっぱり小者なんだろうな。


 そんなやり取りをしているうちに学校に着いてしまった。いや、別に学校が嫌いな訳では無い。教室に入ってしまえば岩橋さんと離れなければならないのだ。あんまりベタベタ付き纏う訳にもいかないからな。ただでさえ昨日弁当を一緒に食べようって誘って妙な噂が立ちかねないんだから……って、そうなればそれはそれで俺は嬉しいが、岩橋さんにとっては迷惑かもしれないからな。


 教室の扉を開け、自然な感じでそれぞれの席に着く。大丈夫、俺達が四人で登校した事なんて誰も気にしてないみたいだな。俺はさり気なく岩橋さんの方をチラッと見た。女の子達が何やら楽しそうに喋っている中、ポツンと一人座っている岩橋さん。ああ、俺の席と岩橋さんの席が近かったら……次の席替えでは隣とまでは言わないが、せめて近くの席になる事を祈るばかりだ。


 午前中の授業が終わり、昼休みになった。さて、どうする? 昨日みたいに俺が誘いに行くか? だが、二日続けてそんな事をしたらそれこそ妙な噂が……俺的にはむしろウェルカムなんだが、岩橋さんにとっては……なあ。

 俺が動くに動けずにいると、由美ちゃんが席から立ち、岩橋さんに近付いていった。もちろん手には弁当を持っている。


「沙織ちゃん、お弁当食べよ」


 なんと由美ちゃんが岩橋さんを弁当に誘ってくれているではないか。さすがは和彦の彼女、気が利いてるぜ。グッジョブ! 俺は心の中で由美ちゃんに拍手を送りながら俺と和彦のところに岩橋さんを連れて来る事を期待していたのだが、その期待は良い意味で裏切られた。


「あれっ、由美、今日は谷本君と食べないの?」


「うん。今日はね、あ、この子沙織ちゃん……って、知ってるよね。今朝、仲良くなったんだ」


 なんと由美ちゃんは、自分の友達のグループが弁当を食べようとしているところに岩橋さんを連れていったのだ。


「ふーん、岩橋さんって、いっつも一人だよねー。ウチ等の事嫌いなんじゃ無かったの?」


「私もそう思ってたー。だって岩橋さんって、あんまり喋んないもんね」


 由美ちゃんの友達が口々に言うのが聞こえた。女の子のグループって結構面相臭いらしいからな。大丈夫か? 岩橋さん。だが、岩橋さんには由美ちゃんが付いてくれている。


「私もそう思ってたんだけどね、単に引っ込み思案なだけみたいなのよ」


 さすがは由美ちゃん。友達の偏見を一度は聞き入れてから、しっかりと否定してくれた。だが、ここで女の子ならではの厭らしい発言が飛び出した。


「それって、谷本君の友達の加藤君から頼まれたんじゃなくって?」


 うわっ、思いき入り読まれてるよ。まあ確かに「昨日まで口も聞かなかった子といきなり友達になりました」だなんて不自然と言えば不自然だもんな。さて、由美ちゃんはどう出る事やら。ドキドキしながら耳をそばだてていると、由美ちゃんは恐ろしい事を言い出した。


「まあ、ぶっちゃけそうなんだけどね」


 うわっ、何て事を! ここでそんな事を言う必要がありますか? って言うか、それ、言ったらダメな事でしょ! ほら、岩橋さんが下向いちゃってるよ……


 俺が絶望感に打ち拉がれ、涙目で和彦を見ると、和彦は余裕に満ちた目で自分の彼女である由美ちゃんの言動を見守っている。そんな和彦を見て、俺は急に自分が恥ずかしくなった。由美ちゃんに頼んだのは俺だ。俺が由美ちゃんを信じなくてどうするってんだよ。何か考えがあるんだ、きっと。


 俺は更にドキドキしながらチラ見し、耳をそばだてていると由美ちゃんはそこから話を展開し出した。


「初めはね。でもまあ、話してみれば話しベタなだけみたいだし、悪い子じゃ無いから大丈夫かなって」


 フォローになってるんだかなってないんだか。だが、変に言い訳するよりは潔くて良いのかもしれない。すると由美ちゃんの友達が口々に言った。


「そっかー。由美が良いって言うなら良いんじゃない?」


「そうね、別に拒否る理由も無いし。じゃあ座りなよ」


 良かった、なんとか無事に仲間に入れてもらったみたいだ。ほっとした俺に和彦が余裕の顔から一転、ニヤニヤしながら言った。


「今日は岩橋さんと一緒に弁当食べれないな。残念」


 コイツ、エスパーかよ。しかし俺は平静を装って答えた。


「まあ、今は岩橋さんに友達を作るのが最優先事項だからな」


 それを聞いた和彦はククっと笑った。


「否定はしないのな」


 しまった……でもまあ、今更和彦に格好付けてもしょうがない。


「ああ、残念な事この上無しだ。でもしゃーねーじゃん」


 俺が素直に和彦の言葉を認め、弁当箱の蓋を開けると和彦は弁当のおかずの唐揚げを頬張りながら言った。


「そうだな。まあ女子の事は女子。暫く由美に任せて様子を見るとしようや」


 確かに和彦の言う通り、女の子同士の事については男の俺がどうこう出来る筈が無い。岩橋さんが上手く由美ちゃんの友達に溶け込むのを願いながらチラチラ様子を伺っていると、岩橋さんは大人数(と言っても五人ぐらいなのだが)相手に気圧されそうになりながらも時折り口元に笑みを浮かべている。とりあえずは一安心といったところだな。



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