第12話 打ち合わせ

「本題に移りますが」


 アナスタシアに促されて、部屋の中央の机に備え付けられたソファに腰を下ろした。反対側にアナスタシアも座る。机の上にはいつの間にか紅茶が用意されていた。


「婚約を発表することにしました」

「あー、この時期タイミングっていうのは理由があるんだよな?」

「そうですね。人族と魔族の条約が無事正式に締結されたので、友好の証として魔王と勇者の婚約を発表しようと思っています」

「なるほど。了解」


 確かにそれが一番敵を作らない自然なやり方かもしれない。普通は人族と魔族の婚約、それも魔王と勇者など到底認められないことだ。しかしそれが友好の証と銘打たれているのであれば表立って反発することは出来ない。


「既に人族側に話は通してあります。もともとあまり対等とは言えない条約の結び方だったので、今回正式に書面にしたのは彼方あちらにとってはかなり好都合だったらしいです。婚約の件も抵抗なく受け入れられました」

「………まあ、俺を切り捨てる程度で落ち着くんだったら、それ以上に楽なことはないよな」

「………ウィルに価値がないという言い方はあまり好きではありませんが、向こうからしたらそうなのかもしれませんね」


 魔族の人々に対しても近日中に正式に公表するらしい。今まで知っていたのはアナスタシアの側近程度だったが、その状況も大きく変わってくる。


 これから向けられる視線を考えると荷が重い。人族が、しかも勇者がここにいる時点でかなり反感を食らうだろうに、その上アナスタシアとの婚約だ。誰が敵に回るか分かったものではない。


「これからは、自由に二人でいられますね」


 普段は無表情であるアナスタシアが、若干頬を緩めてそう言った。俺の物珍し気な視線に気が付いたのか、直ぐに笑みはなくなってしまったが。


「そうだな」


 今のような密会は居た堪れない部分があったから、そこに関しては嬉しかった。それは間違いない。


「それで、私の父に挨拶をしようかと思うのですが」


 危うく口に含んだ紅茶を吹き出しそうになった。


「ターシャの父っていうことは先代魔王ってことだよな?」

「ええ、その通りです」


 先代魔王の話は少ししか聞いたことがない。それこそ先代勇者との闘いしか耳にしたことがないかもしれなかった。


 ただ、こちらに伝わっている内容が実際の先代魔王の様子とは違っている可能性もある。むしろその可能性が高いだろう。冷酷無慈悲で酷薄だという話を聞くが、実際にはあったことはないのだからそれが真実かどうかは分からない。


「…………先代魔王と先代勇者の話はどう伝わってるんだ?」

「父上と先代勇者の話、ですか………。それなら父上に直接聞いた方が早いと思います」

「いや、実際に会う前に聞いておいた方が色々と危険を避けられるかと思ったんだが」

「確かにそうですね。父上に報告するだけなのに、何かあったら困りますし」


 アナスタシアは軽く見ているが、婚約中の両親への挨拶は一大事業だ。色々と状況が特殊だとはいえ、緊張しないでいることは出来ない。


「私の父上は───………」





 アナスタシアの父親の名は、ルカといった。魔王の血を継ぐ一族であるため、名字はない。


 彼は生まれながらにして完成した人物だった。この一族に生まれるものは大概が生まれてすぐ才能を発揮するものだが、彼の場合は段違いだった。


 まず生まれた直ぐ後に、赤子の体では喋りづらいからという理由で自分の体を成長させた。それだけにとどまらず、言語を学ぶために生まれてから生後一年になるまでの間ずっと書斎に籠っていた。一年後、彼が書斎から外に出るようになった時には、魔族の中の重鎮とさえ引けを取らない存在となっていた。


 彼が魔王に就任したのは直ぐだった。もともと第一子が魔王となるだけの素質を持ち合わせていたらその座を譲らなくてはならないという規則があったものの、それにしても早すぎる魔王就任だった。


 ルカの父親もれっきとした魔王ではあったため、ルカはあまり抵抗なく受け入れられた。そして約百年間の間、魔王としてその辣腕を振るった。勇者と戦ったのも一度や二度ではない。そしてその全てを、魔族側の完封勝利で終えていた。


 そんな彼にも弱みができた。それが、現在の彼の妻であるパトリシアだ。長く恋愛を経験しなかった彼は、恋愛というものに振り回されることとなるのだが───、話が長くなるので割愛する。


 そしてパトリシアとルカの間に子供ができた。それが、現在の魔王アナスタシアだ。





「………───そして、父上は魔王の座を私に引き継いで、今代の勇者であるウィラード───貴方が魔族領を訪れました。これが私たち魔族側から見たここ百年ほどの情勢の変遷です」

「………まあ、色々と改変はあったが人族側と流れの筋は大体同じだった」


 アナスタシアの話は上手かった。普段の話し方と同様に、順序だてられていて簡潔だ。聞いた話の内容と自分が人族の歴史として聞いていた話を、頭の中で照らし合わせてく。


「改変、ですか」


 俺の言葉を聞いてアナスタシアが不思議そうに首を傾げた。


「ああ、人族側の勇者が完敗していたという話は今まで聞いたことがない」


 人族側としては魔族に敗北したことがあるという事実は知られたくないことなのだろう。この調子で隠蔽されていると思うと、今まで自分が教わってきた知識は活用できないと思って良さそうだ。特に、魔族のことを貶めるような内容である場合は。


「…………歴史を改変して伝えていくのはあまり褒められた行動ではないですね」

「ああ。ターシャの言葉を聞いてる限り魔族はそうではなさそうだが、違うか?」

「歴史は正しいものを伝えるのが常識ですね。私たち魔族の間では。私たちの罪も敗北も、すべて伝えていくのが歴史というものです」

「素晴らしいな」


 正しき歴史を伝えることは、なかなかできることではない。歴史を文章に起こすのは人だ。どうしても主観が入り込む。


 ふとアナスタシアを見ると、嬉しそうに頬を緩ませていた。


「嬉しそうだな。どうした?」

「いえ、魔族の事を褒められるのは嬉しいです。忌憚のない意見を伝えてくれるウィルからの意見であれば、特に」

「………そうか」


 忌憚のない意見は、まあ確かに魔族から得られるものではないかもしれないが。今まで人族と表立って交流できる機会などなかっただろうから、物珍しいのも当然か。


「………私の事を直接褒められることはあまりないですが。少しは褒めてくれてもいいのですよ?」


 唐突に差し込まれる私事プライベートに思わず吹き出す。


「素晴らしい女性ひとだとは思っている」


 その言葉を聞いて、あからさまに嬉しそうな顔をする。であった頃の無表情が信じられないほどのはっきりとした笑みだった。


「取り敢えずそれで我慢してあげます」

「…………ああ、助かる」


 満足げなアナスタシアは、鷹揚に頷いた。

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