魔王に惚れられた

二歳児

第1話 序章

 何かが心臓を貫く音を聞いた気がした。


 矢が突き刺さったような生易しい音などではなく、心臓の奥に根を張ってもう二度と引き抜けなくなったかのような、重い音だった。


 おかしい。こんな思いを今まで経験したことがない。魔族のために必死に努力してきたはずだ。何事にも耐えてきたはずだ。


 でも今は、耐えられる気がしない。


「………あなたが勇者ですか」


 恋は障害があるほどに燃え上がると聞いたことがあるが。


「ああ、そうだ。………気乗りはしないが貴女と戦うことになっている」


 障害などなくとも最高潮に燃え上がっているような気がする。


 一目惚れだ。疑いようがない。間違えるはずもない。少し息が震える。


「決めました」


 私の唐突な宣言に、勇者が困惑顔をする。ああ、困惑した顔も良い。俗に言う格好の良い顔ではない。庇護欲を擽られるような顔でもない。形容しがたい愛しさがそこにはあった。


「今日からあなたは私の旦那さんです」

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