02:校内探検


「とりあえず、リアルと同じで23時くらいの設定にしてきたから結構暗いし、各自アイテムに懐中電灯入ってるだろ。それ使って照らしてくれ」


 勝行の指示に従って、アイテムボックスを開いてみると、確かに懐中電灯だけが入れられている。それを選択して試しにスイッチを入れてみると、より臨場感が増したように思える。


 裸眼で見える校舎の中は、窓から射し込む月明かりのみが頼りとなっている。ある程度は目視することができるが、やはり明かりがある方が安心感は段違いだ。何より本当に廃校を訪れているようで、リアリティが増すようにも感じられた。



「勝行、コレってマップは使えない設定?」


 洋司が問いかけると、勝行が頷いたのが見える。春人の方でも確かめてみるが、確かにこのゲームで使用できるはずのマップを開くボタンは反応を見せない。


「おう、その方がリアルっぽいだろ。実際に廃校探検行ったとしたら、マップなんかねえんだしよ」


 確かに勝行の言う通り、リアルの世界ならマップを見ながら肝試しはしないだろう。

 どこに何があるかわからない、その不明瞭さが肝試しの恐怖を引き立たせてくれるのだ。


「んじゃ行くぞ、遅れんなよ」


 そうして勝行は、教室の出口へと向かっていく。その後ろに洋司、怖がる一穂をぴたりと腕に張り付かせた惠美が続いていく。

 必然的に最後尾となった春人は、歩くたびに軋む床の音のリアルさに、恐怖と感動を覚えていた。


 VRの世界では、リアリティを追及するのであれば、映像のほかには音にこだわるしかない。商業施設などで体験できるVRであれば、揺れや匂いなども追加されるのだが、さすがに自宅で体験できる範囲には限界がある。

 それでも教室の引き戸を開ける音や、時折どこからか吹き付けてくる隙間風の音は、まるで本物そっくりのものだった。


 ゲームパッドを伝って、繊細な振動も感じられる。そんな技術の進歩に感心していると、先頭を歩く勝行が廊下の突き当りにあった教室の扉を開けていく。

 一穂の小さな悲鳴に、室名札に明かりを向けると、そこには『理科室』と書かれていた。

 入室していく彼らに続いて中を覗いた春人は、入り口のすぐ傍に人体模型が置かれていたことに驚く。それと同時に、一穂が悲鳴を上げた理由も理解できた。


(これは西村じゃなくてもビビる)


 口には出さなかったが、より一層密着して歩く女子二人の姿を見て、春人は少し同情してしまう。──正確には、一方の女子は特に怖がっている様子はないのだが。


「理科室もスゲーな、ホルマリンとか中身まできっちり入ってんじゃん」


 そういう勝行は、手近なホルマリンの瓶を手に取ってしげしげと眺めている。マップ内には触れられないものもあったりするが、基本的にはどのオブジェクトも触れることができるように作られている。

 蛙らしきものが入ったホルマリンの瓶は、埃で汚れていて中身をはっきりと視認することはできない。勝行が腕を振る動きに合わせて水音まで聞こえてきた。


「ウチの学校にもあるけどさ、あんまこういうのマジマジ見たりしねえもんな。キッモ」


 瓶をライトで照らす洋司は、渋い表情をしながらも瓶にその顔を近づけている。

 春人も棚に置かれたホルマリンのひとつを覗いてみるが、あまり見ていて気持ちのいいものではない。どこからともなく、薬品の匂いすらしてくるような気がした。


「学校の中だとさ、やっぱ理科室と音楽室とかがホラーの定番だよね」


 ホルマリンの瓶には特に興味が無いのか、惠美は周囲をライトで照らして新しい何かを探している。一穂はどこを見ても怖いのだろう、もはや惠美の二の腕に顔面を押し付けたような状態だった。


「あとトイレ! 花子さんとか出てきたりしねえかな」


「そこまでプログラムされてたら凄いな」


 怪談話の定番ともいえる名前が挙がると、春人はホルマリンの瓶から洋司へと視線を移動させる。肝試し用のソフトではないとはいえ、これだけのリアリティがあるゲームならば、そういったサプライズも仕込まれているかもしれない。

 とはいえ、そんなサプライズが本当にあるとすれば、とっくにネット上で広まっているのだろうが。


「…………」


「……? 勝行、どうかしたか?」


 この話の流れで、次はトイレに行ってみようと真っ先に提案してきそうな勝行が、なぜか黙ったまま瓶を見つめている。それを不思議に思った春人は、彼に声をかけてみた。

 他のメンバーも同じだったようで、自然と勝行に視線が集まる。


「……なあ、いいこと思いついたわ」


 手にしたままだった瓶を棚に戻した勝行は、ニヤリとした笑みを浮かべる。それはろくでもないことを考えている時の彼の顔だと、春人は直感した。


「肝試しもいいけどよ、固まって動いてちゃ怖さ半減だろ」


「確かに……」


 雰囲気で恐怖を味わうことができるとはいえ、五人ならば十分な団体行動だ。この場所へ一人で来ていたらと想像すると、バーチャルの世界と理解していても、より恐怖を感じていたかもしれない。


「かくれんぼしようぜ」


 その予想外の発言に、目を丸くしたのは春人だけではなかった。

 怖いもの知らずで男らしくもある勝行の口から出るには、到底似つかわしくない単語が飛び出したのだ。


「い……いや、かくれんぼって……!」


 思わず笑いだしたのは洋司だが、その頭はすぐに勝行によって叩かれる。実際には叩く動作をしただけなので洋司にダメージはないのだが、視界は揺れたのだろう。現実世界でも同様のツッコミを受けることのある洋司は、その動作だけで笑いを飲み込む。


「マップ自体そこまで広くはねえが、一人で歩き回るには結構雰囲気あるだろ。隠れる側も探す側もよ」


「……うん、みんなで歩き回るより面白そうかも」


 それに賛同したのは、惠美だった。その横では、可哀想なほど顔面蒼白になっている一穂の姿もある。彼女には五人固まって歩くだけでも精一杯だったのだ、当然だろう。


「や……無理、私……ホント無理……」


 嫌々と首を振る一穂は、今にも泣き出しそうだ。ただでさえ怖がりな彼女を一人ぼっちにするような真似は、さすがに可哀想に思えて意見しようと口を開きかける。

 けれど、そんな春人よりも先に惠美が彼女の説得に入ってしまう。


「大丈夫だよ、一穂。リアルならともかく、ここはバーチャル。ゲームの世界なんだよ?」


「そうそう、リアルだったら俺だってココでかくれんぼとかヤだし」


 洋司も加わり、ここはあくまでもゲームの世界であるのだと強調する。現実世界なら危険が伴うこともあるかもしれないが、どうしても怖くなったらゲーム自体から逃げ出してしまえばいいのだ。


「どうしても無理ってなったらゴーグル外しちゃえばいいし、チャットしてくれたらアタシが迎えに行くし!」


 二人からの説得に、悩むように一穂が俯く。ここで彼女がリタイアしたとしても、それは仕方のないことだ。そもそもが乗り気ではなかったのだから。

 けれど、説得に応じた彼女は小さく頷いてから顔を上げた。


「……わかった。怖いけど、ゲームだもんね。私もやるよ」


「さすが一穂、そうこなくっちゃ!」



 そうして、五人でかくれんぼをすることが決まった。

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