第20話 健一郎くんがこわい

「なんか複雑だよねー」


 あーだ、こーだ、どーだ、そーだと、集会所でカスミと駄弁りに近い議論をかわした。

 時間はあっという間にすぎて夕方。

 文芸部室の鍵を閉めながらカスミが言った。


「んー?」

「恋愛って複雑だなーって思って」

「あー。まぁ……。言葉にすれば簡単だな。好きになる。告白する。付き合う。みたいな感じに。でも、実際に行動に移すとその過程は大変だな」


 カチャリと鍵を閉めたカスミが難しい顔をする。


「だね。好きになったら、ドキドキして、その人のことしか考えられなくなって、告白する勇気が必要で──」

「恋愛経験がなかったのでは?」

「恋愛経験はあるけど、片思いなら私にもあるよ」

「ほう。カスミに思われる羨まけしからん奴は誰だい?」


 言うと、チラリと見てくる。あれ? もしかして俺?


 ──なわけない目で見てくる。物凄い眼圧だ。ビームでも出るんですか?


「教えるはずないでしょ。ばーか」

「す、すみません。もう聞きません」


 平謝りをすると「ええ!?」と驚かれる。


「なんでそんなに謝るの!?」

「いや……。ほんと、すみませんでした。だから、その目をやめてください。怖いです」

「目!? 普通だよ!?」

「怖いです。ええ。怒らないで……。ぽく、怒られるの苦手なの」

「おーよしよし。怒ってない。怒ってないから。ね? 帰ろ?」

「うん」


 カスミになだめられながら俺たちは帰ることにする。




   ※




「なぁ? カスミ」

「ん?」

「あれって俺たち見てるよな?」

「間違いないね。めっちゃ見てる」


 校舎を出て校門に向かっている最中。


 校門前にサッカー部の眼鏡イケメンくんが突っ立っていた。

 遠くから見えていたので、その存在に気がついてはいた。でも、そんなにこちらをガン見してくるとは思いもしなかった。


「なにしたんだよカスミ」

「私!?」

「美人局でもしたか?」

「そんなことするはずないでしょ!」

「じゃあ、なんでやたらとこっち見てくんの? 近づいて行くたびに、はっきりと俺たち見てるってわかるぞ。めっちゃ怖いんですけど」

「だ、だねー。──レンレンこそなにかしたんじゃない?」

「バカやろ! 俺はノーマルだ! 穴掘りは苦手だ」

「レンレンの脳内はそっちにしかいかないのね」


 肩を落としながら言われてしまう。


「カスミ。開幕謝罪でいこう」

「え!? なにそれ!?」

「ばかやろう。あんだけ見てんだ。絶対なんかしたんだって。普通あんな見てこないって。やばいもん。眼鏡光ってるもん。あれは怒ってる光り方だって」

「夕日で光ってるだけだよ。でも、確かに眼鏡がめっちゃ怖いよね」

「だろー? だから、二人で開幕さーせんかましてダッシュで逃げよう」

「戦略的撤退。ガッテンだよ」


 彼の前を横切ろうとして俺たちは立ち止まり同じ角度で頭を下げる。


「さーせんした!!」


 重なるさーせんをして俺たちはダッシュでその場を立ち去ろうとする。


「待て」


 眼鏡イケメンの声と共に──俺の手が握られる。


「きゃー。は、離してー」

「レンレンー!」

「カスミー! 俺のことは良い! 先に行けっ!」

「怖いから行くねー」

「あ! ばか! まじで!? え? うそ!?」


 あいつ、まじで俺を置いて行きやがった。


「薄情者おおお!」

「おい」

「ごめんなさいすみません。私は女の子が好きなんです! だからごめんなさい。あなたの彼氏にはなれません」

「いや、意味わかんないから」

「だって、私の手握ってるもん」

「──噂通りのチョケた奴だな」


 乱暴に俺の手を腕を解く。


「きゃ」

「安心しろ。Cまではしない。良くてAだ」

「キス!? え!? まじで!? まじで俺狙ってんの!?」


 焦っていると眼鏡を、スチャっとかけ直す。


「冗談だよ」

「まじで? 本当に大丈夫?」

「安心しろ。俺もノーマルだ」

「──ほんとに?」

「疑り深いな。──まぁ良い。ちょっと付き合え」

「ごめんなさい。私、好きな人がいるので」

「マジな話しだ」


 良い加減にしろと言いたげに俺を睨んでくる。こわー。


「えっと……。なんで俺?」

「お前、高槻だろ?」

「そういうあんたは──健一郎くんだよな?」

「誰だよ。島屋純(じまやじゅん)四組だ」

「あ、あー。あの。あの島屋くん。島屋健一郎くんね」

「だから島屋純だっつってんだろ。おちょくってんのか?」

「最近耳が遠くて。ほら聞こえない? 今も鳥の囀りが」


 カーカー。


「聞こえたな。カラスの鳴き声が」

「カラスも鳥っしょ? ほな、カラスが鳴いたらかーえっろ」


 そう言って口笛吹きながら帰ろうとすると、ガシッと肩を掴まれる。


「逃げれると思うなよ」

「いや、怖い怖い。初対面の男がいきなり怖いわ。逃げたくもなるわ」

「──それもそうだな。すまない」


 意外とあっさり謝ってくる。


 こんだけふざけてるのに怒って帰らない。普通萎えるだろ? ってことは本気で話しがあるんだな。


「話しってなに?」

「ここじゃなんだし、店入らないか?」

「結構ガッツリな感じ?」

「まぁ……だな」


 心の中で壮大なため息を吐いて意を決する。


「いいよ」


 ポジティブに考えれば彼もサッカー部だ。なにか進展になる情報をもらえるかもしれない。

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