ペネロペと出会えば

 リュミエンヌは素足に素っ裸の格好で仁王立ちして、ペネロペと名乗る妙齢の貴婦人と対している。憮然とした表情で腕を組みキッと睨んでいたが、そのうちに耐え切れずにその華奢な小首をかしげため息をついた。とほほという様に情けない渋面に変わる。


 ペネロペはそんなリュミエンヌなど意に介さないといった風情で穏やかな笑みを浮かべ、いかがなさいますといった風にリュミエンヌにさりげなく着衣を促した。準備は整ってございます、と。


 リュミエンヌの瞳には、わたくしは気にしませんけど”お嬢様”はそうではありませんよね。と慇懃無礼な皮肉など、人当たりの良さそうなペネロペが、優し気な口調で今にも言い出しそう。


 お願いだから黙ってて!と、リュミエンヌは内心はおろおろと心で叫ぶ。


 ペネロペがいつまでそんな恰好でお過ごすつもりなんですかと悪気はないにしても”笑わない”その目で見つめられると、”その”視線がリュミエンヌの「乙女のハート」にもぐさりと突き刺さる。


 なんといってもまだ16歳の「恥じらう乙女」(うそつけ)な彼女にとってはとっても痛い、そして恥ずかしいうえ、相手がまっとうな格好で正装しているだけにその”正論”を覆せない自分がみじめになってきた。私は何しているんだろう?バカみたい。


 それはまるでコントのような二人のやり取りだが、ある意味では舞台上の出来事のような象徴的な場所で行われているのも或いは皮肉の極みでもあった。滑稽だが笑えないという意味で。


 大広間を思わせる高さの天井と広さを持ち、そのくせ音がまるで反響しないことが却って得体のしれない雰囲気を醸し出す灰色の薄暮の空間。部屋の中央に先ほどまでリュミエンヌが寝かされていた大きな円形のベッド。簡素な作りの舞台の上で繰り広げられる滑稽な二人の寸劇にはおかしみの中にも一抹の”狂気”をはらんでいた。それはリュミエンヌが終わりを告げる。


「わかったわよ、ペネロペ。言うとおりにするから用意した服を着させてよ」


 もうこれ以上は時間の無駄だわとリュミエンヌは観念して言う。


 最初からそう素直におっしゃっていれば…と、ペネロペが言いかけるのを彼女は遮った。もう結構、と手振りで示す。


 二人にはもっと言うべきことや、やるべきことがあったやも知れぬ。しかしリュミエンヌはただ意味のない駄々をこねているわけではない、ペネロペとのやり取りにおいての彼女はペネロペと名乗る女の”一挙手一投足”に細心の注意を払っていた。


 何より”魔法”の世界では不条理が大きなウエイトを占める。あるはずのない事、出来るはずのない事が簡単(そう)に実現してしまう。だから、であった。何が常識なのか、何が出来てできないのかがここでは重要だ。現実と夢想の境目を探る、生きているのは、そして死んでいるのはどれかなど分かりきっていることなど何もない。


 ”それ”が魔導士の”端くれ”であるリュミエンヌにはこの世界で生き残るための「常識」だった。「常識は世界の数だけある」とかつての師匠は口を酸っぱくして言っていた。そして”現実”はいつもそうだった。


 リュミエンヌの少女めいた(実際少女だが)その口ぶりや身振り手振りはその手掛かりを探るためのフェイク(はったり)とも言えた。しかしそれは「嘘」ではない、確かに少女の一面が彼女にもある。だからそれを利用する。それは仮面にも似ている。面の表と裏を使いこなし、隠された真相に迫る。それは善意や悪意の問題ではないのだ。


 無邪気さを演出して振舞う事と、無心な心を使い分ける。計算高い奴らと揶揄する連中もいる。それは至極当然のことだがリュミエンヌや彼女の同類たちはペテン師ではない。”術者”なのだ。


 心を奏でる。そう師匠は語っていた。魔導士が唱えるのは呪文だけではない。「知識」だけなら誰でも言える。呪文の文言の中の「真なる言葉」を読み取るのが魔導士だ。扉を開くためのカギに例えられるそれを先達たちは尊重する。究明は救命に通ずと師匠の一人は言っていた。それが俺たちの仕事であり使命だ、とも。


 人の心はいくつもの層で成り立っている。それぞれは真実でありウソでもある。それらを平等に評価する、公正な世界とは絶対的なものを否定する。それぞれが正しいだけだ。それを否定するな。それが魔道の世界への第一歩なのだと…。


「本心は”ひとつ”ではない」なかなか世間には受け入れられない考え方だ。神官など宗教者はそれを目の敵にしていたりもする。魂の所在を問うという訳だが、そんなものはないと魔導士は返す。その突き放したした言い回しがさらなる誤解を呼ぶのだが…。


 分からぬものに道理を説くな、とは魔導士の処世術でもある。「宗教家」とはそこが違う。殉教者を侮蔑する事もやぶさかではない。信念をバカにしているわけではない、選択肢を見出せない融通の利かない”無知”をコケにするだけだ。(また、これで世間の嫌われ者だ)


 リュミエンヌは「少女」を振舞って相手の反応を推し量る。ペネロペとは何なのか?である。人間以外の何かというのがリュミエンヌの得た結論だ。ヒトを良く真似ているのか単に”狡猾”な人なのか。彼女からはヒトの持つエゴが感じられない。悪意のない人間はいない。邪気のない人間もそう。ウソのないペネロペからは善意ではなく、”作為”を感じた。


 ペテン師ではなく魔導士でもない何か、それはヒトではないし、そもそも生き物ではないだろう。ノワールのような霊的なトーテムというのとも少し違うが、その範疇の存在かもしれない。


 だからペネロペに従うことにした。もうこれ以上は無意味だ。というのはこういう意味なのだ。ペネロペの背後にいる存在はじっとこちらを見ている。監視だか観察だかは知らないが悪意があるならそいつだろう。リュミエンヌは状況の駒を進めることにする。こうしていてもノワールと合流できないことが気がかりだ…。

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