第52話⁂最終話⁂


 2021年6月25日満月のストロベリームーン✰。*🍓

 今年の赤い月は例年にも増して赤く淀んだ不気味な光を放っている。


 まるで静子を呪い、あのどす黒い天から真っ逆さまに今にも落ちて来そうな、そんなどんより濁った赤い月・✯。🌑⋆✰*・


 私は死にゆく鎌倉の父が人知れず、入院先のベッドで涙していた事を知っている。

 父は何も知らないフリをしていたけれど、本当は全てを知っていたのではないだろうか?

 博多の父と寸分変わらない、娘を思う深い愛情で包んでくれた、あんなに優しい父を、地獄の責め苦に合わせてしまった。


 あんなに元気だった父が、私が小百合となって高々10年余りで、見る見るうちにやせ細り、精神的に追い詰められて病に伏せってしまった。


 それはそうだろう、一時は愛した貴美子と命を賭けて愛した女初美との争い。

 その果てに身を裂かれる思いで、初美と娘万里子の2人と別れるしかなかった辛い過去。


 更にはあんなに仲の良かった姉妹を鬼に変えてしまった、一連の貴美子夫婦の陰謀に翻弄された小百合と万里子の継承者問題。

悔やんでも悔やみきれない。


 そしてもっとも有って欲しくない出来事。

 あんなに優しかった万里子が小百合を(手は下していないが間接的に)殺してしまった出来事は生き地獄そのものだったに違いない。


 父は全てお見通しだったのかもしれない……?

 あれだけ賢い父の事だから、調べなくても全て分かっていたに違いない。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 路地(被差別部落)や朝鮮部落の生活は決して豊かではなかった。

 けれど、そこには確実に真実の愛があった。夢があった。


 私は何としてもここから抜け出したい。

そして上り詰めて、父や母をこんな生活から抜け出させてやりたいと必死に頑張って来た。


 貧乏で食べる事にも事欠く毎日だったが、夢に向かって気持ちだけはキラキラ輝いていた。

 また例えどんな些細な事でも、家族で喜び合う事が出来て、その喜びは三倍にも四倍にも膨れ上がる事が出来た。


 あんな母でも祖父母共々団結力だけは半端なかった。

 それはきっと日常生活に、余りにも酷い差別が横行していたからに違いない。


{例えば、仕事場で物がなくなった時、盗んだ証拠も無いのに、真っ先に部落出身者と言うだけで疑われた事や、田んぼの手伝いで行った時に、昼間は自分達だけは土間で食べなければいけなかったうえに、ご飯を貰う際に部落の人には「自分の茶碗を持ってきて!」わざわざ茶碗を持って行き、それに欠けた茶碗からうつされたことがあった}


『そんな惨めな生活を、娘にだけは絶対に一生させたくない』


 だからといって人を犠牲にして得ることの出来た『砂の城』など誰が欲しいと言ったの?

 とっくの昔に自分の運命など分かっていたのに………。


 確かに今の私にはひれ伏す人達が殆どだ。

それは『BETTER・ベタ―』社長夫人であり、白崎緑で有るからに他ならない。


 過去を抹消した私には、もう二度と足を踏み入れることの出来ない懐かしいあの路地に……たまには帰りたい!

 虫けら同然の生活だったかもしれないが、心は今の何倍も、何十倍も、豊かだった!


 優しかったコロッケ屋のおばあちゃんは、もう死んでしまったかな~?

 虐められて泣きながら店の前を通ると、いつも『可哀想に~!ゆるせね~!」と優しく抱きしめて、ひび割れで荒れたごっついボロボロの手で、涙を拭っい取ってくれた。


 また体格の良かった近所の同級生ハナちゃんは、もうとっくに結婚して幸せに暮らしているだろうか?

 虐められて泣いていると、いつも「何する—―――――ッ!」と言って、いじめっ子を退治してくれた唯一の心強い友達ハナちゃん。


 その後、集団でハナちゃんはコテンパンに殴られ、顏をボンボンに腫らして学校を休んだ事を私は知っている。

 同じ痛みを共有できた唯一の友達ハナちゃんに会いたい!

 嗚呼~!そんな事など出来る訳がない!グウウウウ( ノД`)シクシク…



 貧困と差別、それでも…それを補う余りにも大きな団結力と愛に満ち溢れた毎日。

 皆は分からないだろうが、向こう三軒両隣、普通の現実社会には想像も出来ないほどの、助け合いと真実の強い愛情で溢れ、心だけは今の何十倍も豊かだった。


 全てを抹消して、やっと掴む事が出来た虚構の生活。

 愛する夫勉と2人の息子に囲まれて確かに幸せだ。


 それでも、あの時のほとばしる程の熱い情熱は何処に消え失せたのか?

『どんな事をしても上り詰めて見せる!』


 只々がむしゃらだった。

 もう引き返すことの出来ない、懐かしいあの頃の事を思うと、人知れず涙が溢れ出す静子なのだ。


『只々虚しい!』多くの人々を闇に葬るだけの価値がどこにあったの?

 私はこんな虚構の人生など望んでいなかった。


『お父さん、私はスタ-として輝いてお金を稼いで、余りにも荒んだ家族を幸せにしたかっただけなの。その為に頑張って来たのに……いつ殺害されるか分からない、そんな極道の世界からサッサと足を洗ってのんびりして欲しかったのに…それなのにクウウッ!( ノД`)シクシク…なんで…なんで死んだの(´;ω;`)ウゥゥ…』


 吉川会組長の父忠は、抗争の挙句、組員に刺されてこの世を去っていた。

 あれだけ武闘派で知られた父の余りにもあっけない死。


 きっと、娘を守り通す事が出来た安堵感で気が緩み、監視がおろそかになった所を不意打ちされたに違いない。




 そして、万里子お嬢様の言動は、全て護衛の滝に入れ知恵されての事だったのだが、滝にしてみれば命がけで愛した女性初美の忘れ形見を守るために、必死だったのだ。


 ところで……今現在、万里子お嬢様は………?


 1973年5月7日あの事件でショックを受けたのは、誰有ろう国鉄(現JR)勤務の満夫婦。

 あの後、ショックから立ち直れない夫婦に、思いがけない栄転の話が舞い込み東京本社に戻って来ていた。



 それから、滝の弟が若干知恵遅れと心臓に疾患があり、重い病気を患っていたのだが、悪化してしまい専門病院のある東京に移って来たのだ。


 滝も愛する弟の為に、致し方なく万里子お嬢様共々、東京に移って万里子お嬢様の面倒を見る事になったのだ。



 小百合が国内最大手の電機メ-カ-『BETTER・ベタ―』元『山下電機』社長の長男山下勉と結婚した事によって、小百合の母貴美子も万里子お嬢様が【ATホ-ム】の跡継ぎになる事を認めざる負えない。

 快く思わないが、致し方のない事。


 こうして万里子お嬢様は事実上の跡継ぎとなり、木村直樹と結婚して幸せを掴んでいた。


 余りにも代償の大き過ぎた継承者問題と直樹との結婚だったが、万里子お嬢様も自分の余りにも幼過ぎた過ちを今尚反省している。

悔やんでも悔やみきれない。


 償いと言っては、はばかられるが、小百合の義妹、玉枝の縁談にも力を注ぎ、若干役不足の義弟光男を【ATホ-ム】常務取締役営業本部長に据えている。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆


『赤い月それは、不吉な事が起こる前触れだ』と聞いたことがある。

 また女性の象徴とも言われている。

 

 赤い月光が輝く夜に誕生した私は、人々をあの赤い月のように赤い血に染めてしまう

そんな悪魔の使いだったのではないだろうか⋆★。・


 静子は毎日自問自答の繰り返し―――

 挙句には、自分を責めて責めて神に許しを請うている。


 多くの人の犠牲で勝ち得た幸せ。

 静子(小百合)は優しい夫と息子達に恵まれて日本一の幸せ者だが、

 ただその代償は余りにも大き過ぎて………。


 血のように赤い月光を眺めながら……「あなた……わたし?」

 涙する静子(小百合)の傍らで⋆*✰*。・


 全てを知ってか知らずか?

 優しく微笑む勉「小百合もういいんだよ!」


 夫の勉はきっと………。



おわり






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赤い月光! あのね! @tsukc55384

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