第39話⁂殺害動機!⁂


 実はこの初美の家庭は過去に諸々の事情があり、父の勇と離れ離れになっていた。

 それはどういう事かというと、勇はミンダナオ島では農園長を父に持つ裕福な家庭に育ったので、あの当時ではまだ少ないフィリピン大学を卒業していた。


 それもフィリピン大学農学部を卒業していた為、年齢が高かったが、布地を取り扱う紡績工場大手に運良く就職出来た。


 その時既に35歳。

 幾ら国立大学と言えども、フィリピン大学卒業という未知の大学という事も有り、又年齢も高い事も有り、現場監督代行として採用された。


 ミンダナオ島でマニラ麻の栽培に携わっていた勇は、不当な扱いに{納得出来ない!}という思いもあったが、それでも……その経験を遺憾なく発揮して、やがて現場監督に昇進して充実した日々を送っていたのだが、時代は急速に発展を遂げようとしている。


 1952年頃の事だが、課長に誘われて仕事の打ち合わせで〔♥バー美紀〕に誘われたのだ。

 元来、女好きな課長は美紀ママによっぽど御執心なようで、何だかんだ口実を付けて、部下を必要経費で仕事の打ち合わせがてら誘い出していた。


 そんな時に高身長でイケメンだった勇は、店の女の子でマリという娘に言い寄られて、深い関係になってしまった。


 そこでお酒も入り気の緩んだ勇は、すっかり酒の力も借りて自分の事を話し出してしまった。


「俺は新潟で一~二を争う柳田酒造の息子だったが、長岡大空襲で跡形もなく燃え尽きたんだ…それで仕方なく横浜に出て来たんだ」


 マリは、仕事と戦争に明け暮れた、まだ女をそんなに知らない、このうぶな男を騙して今の現状から逃げ出したいばかり。


 マリは小さい頃に、その当時はA氏の両親が経営していた相川楼に売られたのだが、お客とのいざこざが有り同じA氏経営の、このバーで働かされている。


 バーと言っても売春宿と何ら変わらない、借金のカタに売られた身の上、ただ同然でスケベなオヤジに毎日毎日良いように弄ばれて地獄のような、こんな場所から一刻も早く逃げ出したいばかりなのだ。


 そこに大手企業に勤務する仕事人間でまだ初心な、ましてや相当なイケメンを騙して一緒に逃げ出して欲しいと考えたマリ。


 勇のイケメンぶりは、この店でも評判で話題に上る事も日常茶飯事で、実は美紀ママもこの勇に興味津々。


 そんな時にマリが、得意げに「あの人、新潟の造り酒屋の息子さんなんだって?」

 寝物語に聞いていた話を酒の勢いも手伝って、うっかり美紀ママに話してしまった。


 実は美紀ママはA氏の愛人という事も有り、この店の雇われママになっている人物。


 当然の事ながらA氏は古女房を放ったらかして、女盛りの妖艶な35歳の美紀ママにぞっこん。

 頻繫に会って逢瀬を楽しんでいる。


「・💛ケンちゃん愛してる~‥あなた無しでは⋆*✰*・ああ~💋*・。*・♥生きてはいけないわ~*・⋆✰。」


「…俺だって~💛」


 こんな愛欲の日々の中、仕事の話も抜かりなく行う2人。

 そんな時に勇の話が出た。


「あなた新潟県長岡から横浜に家族で引っ越して来たと言っていたけど、お客様で長岡市の柳田酒造の息子さんが居るのよ、新潟で一~二を争う酒蔵らしいけど?…あなた知っている?」


「ああああ!知っている!」


 こうしてA氏は懐かしさ半分、あのイケメン勇に愛する女美紀ママを取られるかも知れない不安から、頻繫にバーに顏を出すようになっているのだ。


 すると案外早くその日は訪れた。

 A氏が店に入って来るや否や、美紀ママがウインクで知らせてくれた。


{エエエエエエ―――――――――――ッ?全然違う?俺がもう大人になって横浜に引っ越しているので、あの時既に勇は21歳だったから身長はもう伸びない筈だ。確か勇は男前だったが、顔も全然違うし身長は普通だった……こんな高身長の似ても似つかないこの男は一体誰だ?}


 そこでお店が終わるや否やA氏は、美紀ママに伝えた。

「美紀!あの勇を名乗る男は、俺の知っている勇とは全く別人だ!……そんな男が一流企業に就職しているとはどういう事だ?……怪しい男だ!何かあるに違いない?」


 その話をコッソリ店の隅で聞いているマリがいる。 

 マリは仕事のできるイケメンで、とんでもない秘密を持ったこの勇を、これ幸いに助けるフリをして2人で逃げる事に成功したのだ。


「勇さん、あなたが本当の柳田勇では無いと言って社長が大騒ぎしていたわよ~?

もし大騒動になる様だったら、私良い隠れ場所知っているのよ~?一緒に逃げ出しましょう」

 こうして、この店で異常なまでに扱き使われ爆発寸前のマリと、全てを暴かれてしまった勇は、利害が一致して2人で逃げてしまったのだ。


 妻の和子には「過去が全て分かってしまった。暫く家には帰れない!今住んでいる家は直ぐに出なさい……住所を変えて待っていてくれ!」


 この時既に初美は高校3年生で、あの【ATホ-ム】の内定も決まっていた為に、名前の変更は出来なかった。


 こんな事件が起きるとは思いもしなかった初美は、最終面接で出自を聞かれて「祖父母が新潟県長岡市で柳田酒造を経営していましたが、長岡大空襲で丸焼けになり命辛々横浜にやって来たのです。そして父は現在大手企業○○に勤務しています」


 親からはっきりとした事情も聞かされていない初美は、偽造の経歴を正直に話したのだ。


 無国籍なのに他人の戸籍を乗っ取り、全く別人に成り済まして生きて行く事は犯罪なのだ。

 公文書偽造や諸々の罪に問われ、折角娘が大企業に就職も決まって一安心したにも拘らず、こんな事が白日の下に晒されれば娘の将来には、計り知れない暗雲が立ち込める。

 こうして父勇とは離れ離れになってしまった。


 A氏は美紀ママから突然失踪してしまったマリの事を聞き啞然とする。

「なんだと~?許せん!どんな事をしても探し出してやる!」


 こうして水商売は、みかじめ料(用心棒代)等諸々の裏社会とは切っても切れない関係。

 ましてや水商売にどっぷり浸かっているA氏は裏社会とは、ずぶずぶの関係。


 ありとあらゆる手段を使って、とうとう潜伏先も追及されてしまったマリ。


「嫌よ!死んでも帰らない!」


 勇も黙っちゃいない。助けてくれたマリを命の恩人と思い大切にしているのだ。「何するんですか?ヤメテ下さい!」


「テメエ!容赦しないからな!マリを渡しな!」


「ナニを~⁈」


 ””ボコン〷バタン///ガツン〷///””


 こうしてマリの手を引いて一目散に逃げた。


 だが……蛇の道は蛇ということわざ通り、足を踏み外した者が行き付く先には、その筋の怪しい輩がウロウロしているものなのだ。


 こうして探し当てられたマリは、A氏の差し金で散々殴る蹴るされ、原形も留めない程の暴力を受けて真っ裸にされて、潜伏先の横浜〷地区からほど近い河原で変わり果てた姿で発見された。



「クウウ(´;ω;`)ウッ…俺を助ける為にクウウ!何もこんな酷い目に合わす事は無いだろう!クッソ――――――――ッ‼許せない!」


 この様な経緯があり勇は、A氏を恨み続け殺しても尚、腹の虫が治まらないのだ。

 それと柳田姓に成り済ましている妻和子と娘初美を守る為なのだ。


 あの深夜、山あいの相模湖に着いた勇は、斜面に面した場所で車を停めてハンドブレ-キを外して崖から突き落とした。


 勇は手袋をしていたが、初美の指紋は付いている。

 勢い良く水が浸入すれば指紋も判別付かなくなる場合もあるらしいが、万が一の為に指紋もふき取っておいたのだ。


 人相の悪い目付きの鋭い男。

 それは当然の事。

 あれだけ自分の為に親身になってくれた大切な女が、あんな残酷な殺され方をしたので致し方ない。

 恨みで鬼の形相になっていたのだ。


 これから事件の真相が、徐々に露呈してくる。

 そこには計り知れない恐ろしい結末が???















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