第6話⁂差別!⁂
緑(静子・小百合)はふっと過去に思いを馳せている。
あの時は{どんな事をしても日本有数の企業、ベターの社長夫人になってやる、そして私達を差別して侮辱した連中を見返してやる!……がむしゃらに突っ走って来たが?・・・・まさかこんな時代が訪れようとは?あの時、何故あんなに結婚にこだわったのだろう?}
◇◇◇◇◇◇◇◇
緑(静子・小百合)の母親町子は女の子ばかりの3姉妹の末っ子。
次女の知子は運良く玉の輿に乗りパチンコ店キングの社長夫人に収まる事が出来たが、長女の貞子は不幸続きで、娘の明美は嫁ぎ先で自殺をしている。
あの時は家族全員が、この世の中をどれだけ恨んだ事か?
ましてや緑のお姉さん的存在の、優しい明美ちゃんをあんな形で死に追いやるなんて絶対に許せない!今尚恨み冷めやらぬ緑なのだ。
時は1960年代―――
明美は、正義感溢れる、優しい努力家の緑の従妹。
将来の夢は看護婦さんになる事。
だが、家が貧乏で到底看護専門学校に行けそうにない。
【2001年に改正・看護師に統一された】
そんな時に同じ被差別部落の友達から「明美がそんなに看護婦の夢が諦め切れないんだったら、橋を越えた小倉南区の民間病院山本整形外科医院で、住み込みで働きながら看護婦資格を取らせてくれる病院があるらしいよ」と教えてもらった。
明美はその時、もう直ぐ中学卒業を控えている。
どっちみち中学を卒業して働くつもりだった明美は、{もしかしたら看護婦になれるかも知れない}
一抹の不安を感じながらも面接に出掛けた明美。
だが、案ずるより産むが易しということわざがあるように、行動を起こさないと何も始まらない。
{きっと部落出身者と分かれば落とされる確率は高いだろう}とさして期待もしなくて書類提出と面接を行なった。
あいにく器量の良かった明美は、その時代では考えられない事だが、運よく合格した。
院長先生が余りの器量良しにビックリしてOKを出したのだ。
それはそうだ。
田舎から出て来た中卒の看護婦の卵を何人も見てきた院長は、明美を見たその驚きときたら、心臓が止まるかと思う程の衝撃を受けた。
大概の住み込みの田舎娘さんは、ずんぐりとした真っ黒に日焼けした顔に、リンゴのような赤いほっぺの健康だけが取り柄の、美人とは程遠い娘さん達が殆ど。
その中に一際目立つ薔薇の花の様な華やかなお嬢さん。
まさに掃き溜めに鶴とはこの事。
この様な状態だった事から見事採用となった明美なのだ。
勤務先の山本整形外科医院では、若い男の患者さんも多く明美は若い入院患者さんの憧れの的。
それというのも丁度その頃、1960年代後半は勤労世帯、自営業者にも自動車が普及して車社会の幕開けとなった時代―――
それと同時に交通事故も多発の一途を辿っていた。
連日、入院患者でごった返す山本整形外科医院。
器量良しの明美は、若い患者さん達から連日連夜熱いラブコ-ルの嵐。
そこにある日入院して来たのが、大手自動車メーカーに勤務する田中謙介という男。
{優しさの滲み出た、どんな事も包み込んでくれそうな、この男だったら私の秘密も受け止めてくれるに違いない}
そう思い、付き合い出したのだ。
やがて2人は、1970年に結婚式を挙げ、挙式後は会社の社宅で新婚生活を送っていた。
しかし、謙介の親戚が興信所に依頼した報告書が届くと、事態は一変。
明美に対する差別が行われ、最終的に明美を自死に追い詰めたのだ。
調査報告書には、明美の経歴、現状、趣味、思想及び友人関係、宗教信仰、勤務先、家庭、家柄、親族関係まで書かれてあった。
謙介の父親はこの報告書を入手すると謙介と明美に突き付けた。
「オヤジもう俺達は結婚したんだし、今更そんな事言ったって遅いよ」
「お前達は今の内に離婚しなさい!さもなければ勘当だ!」
「アア~良いさ!そんな何の根拠もない差別する親なんか、こっちから縁を切ってやる!」
だが、事態は一変。
実は謙介の叔父は、日興自動車八幡工場の工場長。
謙介は大学卒業後、能力不足で大手企業はことごとく不採用、そこで父親が叔父に頼み込んでやっとのこと、コネ入社で日興自動車に入社する事が出来たのだ。
やがて頼みの綱の叔父からも「もうお前の事は知らん!離婚しないのだったら会社にも居られなくしてやる!」
行き場を失った謙介は等々離婚を決意。
だが、その時には、既にお腹に赤ちゃんが宿っていた。
「あなたそんな事言ったって、もうお腹には赤ちゃんがいるのよ~?」
「……仕方ない中絶しろ!」
「あなたな~んて事言うの~?そんな残酷な事出来ない」
「アアアアア~!お前のせいで俺は全てを失ってしまう。だからお願いだ。赤ちゃんは下ろしてくれ!」
やがて謙介は家にお金を一切入れなくなった。
准看護婦として働いている明美だが、まだ「お礼奉公」の身の上、収入など殆どないに等しい。
食肉工場に勤務していた父親は、寒さが祟り心筋梗塞を患い寝たきり状態。
母親の稼ぎなどたかが知れている。
明美は電話も引いていない両親宅に、この報告書を添えて、両親へ手紙と一緒に送った。
この間の差別の現状は、父母に寄せた、涙で綴られた手紙に記されている。
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お父さんお母さん最近は、あんなに優しかった謙介までが、お前なんか汚らわしい出ていけ!身重の私を容赦なく殴り蹴りするのです。
お父さんお母さん私は、このお腹の赤ちゃんをどんな事をしても生みたい!
家に戻っても良いですか?・・・・・・・・・・延々と続く文面
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両親からの手紙⋆⋆
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可哀想に‥本当にどうしたら良いのか……?でもあんなに優しい謙介さんの事だから、もう少し辛抱して頂戴!
本当だったら家に戻って来てと言いたい所だけれど、まだ中学生の弟もいるし、お父さんは寝たきりだから……もう少し、もう少し待ってね――――
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手紙で慰める日々が続いた。
明美からの手紙。
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お義父さんお義母さんからも、散々罵られて、出ていけ!赤ちゃんを下ろせ!と罵倒されています。
私はどうしたら良いの?お家に帰りたい!・・・・・・・・・・・・・・・・・ 延々と嘆きの文面が続く。
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母からの手紙
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もう少しだけ辛抱しておくれ!弟が中学卒業まで待っておくれ!・・・・・・・
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明美からの最後の手紙
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お母さんタスケテ――――ッ!
私もう生きる事が苦しい!辛い!
何故?何故?何故?私が何をしたって言うの……?
どうしてこんな目に合わなくてはならないの~?
何も悪い事していないのに……
こんな苦しい人生を送るくらいなら生まれなかった方が、よっぽど幸せだった!
何故私をこんな場所に産んだの?お父さんが悪い!お母さんが悪い!
もう生きる事に疲れた―――
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最後の便せんは涙で字がにじみ、どれだけ涙したのか……?絶望と死に行く無念で便箋が涙で膨張して原型を留めていなかった。
それから数日後、警察からの連絡で明美が海に身を投げた事を知った家族は、悔しさと無念で、絶望に打ちひしがれている。
「どうしてこんな目に、合わなくてはならないの?」
家族全員、この世の中をどれだけ恨んだ事か⁈
それは緑も一緒だ。
{あんな優しい明美ちゃんを許せない!}
【民間病院では、昭和50年代くらいまで、「中卒の女の子を地方などから連れてきて、学校に行かせて自分の病院や自宅で女中的に使い、資格を取ったら住み込み准看護師として働かせる。学費や生活費を返済するために、10年働かないと辞められない」その病院で働いて返す准看護師養成があった。
資格を取ってから働いて返す期間を「お礼奉公」と呼んだ】
【結婚差別:一昔前までは、部落出身者と結婚すると血縁関係が生ずるため、「自分の家系(息子、娘)の血がけがれるから」と反対する家族(親戚なども)が多くいた。内密に身元調査や聞き合わせを行い、被差別部落出身者と分かると結婚を許さない例や、好きな人と一緒になることに妨げがあった。そのため被差別部落民は被差別部落民同士で結婚することや、仮に被差別部落外の人と結婚できたとしても、駆け落ちであるなどのことが多かった。
それから結婚差別に遭い、自ら命を絶つ者も多くいた。】
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